避暑地
商談が終わり、俺たちは商館を後にする。
「みなさまはスプリング家の本邸でお寛ぎください。わたしはこの町にいる商会の者たちや親族に挨拶してから向かいますので」
トウカは申し訳なさそうな顔をしているが、彼女を責める者はいない。
遠方に旅立つ前に親しい人たちに挨拶しておくのは当然だと思うからだ。
「なんか、王都を出発する直前を思い出しちゃった」
「うん……」
ミレナの言葉を聞いて、少ししんみりした気分になる。
ただ、俺たちは失意の中にいたのに対し、トウカは夢への第一歩を踏み出そうとしているのだ。彼女の足取りや表情は、当時の俺たちとは全く違う。
「……夢、かぁ」
「ミレナ?」
去っていくトウカの後ろ姿を、ミレナが羨ましそうに見つめていた。
約15分後、海の目の前に建つスプリング家の本邸に到着した。
先ほどの商館の大きさにも驚いたが、こちらはもっと大きい。
そして何より、屋敷のすぐ奥に広がるのは一面の大海原。
町の入り口や商館前で見た時も凄いと思ったが、目の前で見ると迫力が段違いだ。
「これが海……」
「なんというか、すごいね……」
リリアとミレナの語彙力が消失しているが、俺も人のことは言えない。
俺たちは海を見るのが初めてなので、あまりの大きさに圧倒されてしまう。
「ほほっ、気に入ってもらえましたかな?」
そんな俺たちのもとに、好々爺然とした男性が声をかけてきた。
服装から察するに、スプリング家の執事だろうか。
男性は左手を胸に当て、右手を背中の後ろに回して一礼した。
「初めまして。私はトウカ様の執事を務めているセバスチャンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「セバスチャンさん! 素敵なお名前ですね!」
リリアが目を輝かせてそう言うと、セバスチャンさんは「ほっほ」と笑った。
「実は、セバスチャンは私の本名ではないのです。トウカ様にお仕えし始めた日に『執事の名前といえばセバスチャンですよね。あなたはこれからセバスチャンと名乗りなさい』と言われ、それ以来、私はセバスチャンを名乗っています」
俺たちは「えっ……」と引きつった笑みを浮かべるが、セバスチャンさんは懐かしさに浸るような優しい笑みを浮かべている。
彼にとって、トウカとの出会いは幸せな思い出の一つなのだろう。
「まあ、トウカ様は『長くて呼びづらい』ということで“セバス”という愛称で呼ぶようになられましたが……。みなさまもどうぞ“セバス”とお呼びください」
「はぁ……」
トウカの変わった一面を知ることとなったが、俺たちは触れないことにした。
翌朝。朝食を終えた俺たち――特に女性陣が浮き足立っていた。
それを見たトウカが微笑みを携えて提案する。
「カティア様、せっかくですので今日は海を満喫されてはいかがでしょうか。明日の朝、ここを出発するという形で」
「そうですわね。リリアやグラシアも楽しみにしているみたいですし……」
カティア様は二人をだしに使ったが、どう見ても一番ソワソワしているのは彼女自身だ。
リリアとグラシアさんもそれに気づいているので、温かい目で見つめていた。
「ふふっ。このあたりは水深も浅いですから、海に入っていただくこともできますよ。屋敷の裏手は当家の人間しか入れないようになっていますので、部外者に見られることもありません」
トウカがそう言った途端、女性陣の目の輝きが増す。しかし、ミレナが眉を下げた。
「でも私、服がローブしか持ってきていません……。下着で入るわけにもいきませんし……」
ミレナが頬を染め、チラリと俺の方を見る。その表情とそのワードの組み合わせは反則だと思う。
だが、トウカは「ふっふっふ、心配ご無用ですよ」と不敵に笑った。
トウカが『スカッ』と指を鳴らす――パチンと鳴らそうとして失敗したようだ。当然、彼女は赤面した――と、セバスさんが「みなさん、どうぞこちらをご覧ください」と言いながら食堂に入ってきた。数人の家政婦も一緒だ。
彼らは全員、面積が様々な布(衣服?)を手にしている。
やはり、セバスさんは優秀な人だ!
自分たちに注意を引きつけて主君が辱めを受けないようにしたこともさすがだが、一番は彼が持ってきた健康的な衣服!
恐ろしいことに、下着と全く同じ形をしている! 健全な男子たちにとって、刺激が強すぎるのではないだろうか。はっきり言って、最高!
「グレインの変態」
「何でバレた――はっ!?」
俺がそう言った途端、リリアがニマニマと笑い、ミレナの視線の温度が下がる。
リリアにカマを掛けられたと気づいたときには既に手遅れだった。




