商談
「そもそも、『良い商人』とは何でしょうか。わたしはお客様が満足し、商人が潤い、そして天下が良くなる――そんな物を売るのが『良い商人』だと思います。では『商人としての成功』とは何か。わたしは後世に名を遺すほどの『良い商人』になり、天下に貢献することだと思います」
父親であるオオガさんですら彼女の持論を聴くのは初めてだったようで、目を見開いている。カティア様は笑みを携えて小さく頷き、トウカに続きを促した。
「確かに、志さえあればどこであっても商売はできます。安全圏で商いをする方がわたし自身は潤うかもしれません。しかし、天下の利を最大にしようと思えば、やはり未開拓地でないといけないのです。聞くところによると、未開拓地における人類の到達範囲は随分広がり、レイヴェルクから十日以上離れているそうですね。言い換えると、冒険者たちは移動だけのために十日以上を浪費している。わたしが未開拓地で商売することによってこの浪費を減らせるならば、人類にとって大きな利益になると思いませんか?」
トウカの言葉を聴いて、今のシステムには多くの無駄があること、そしてそのことに疑問を持っていなかったということに気づかされた。
それはミレナたちも同じだったようで、パーティの仲間たちは頭をおもいっきり殴られたような衝撃を受けている。
唯一、カティア様だけは口元の笑みを深めた。
「トウカさんの熱い気持ちは理解いたしました。ですが、どれほど立派な志も実現できなければ意味がありません。あなたはどのようにして実現させる予定ですか?」
「隠さずに申し上げますと、現状、わたし一人にできることは多くないでしょう。せいぜい、日持ちする食材や薬を前線に届け、冒険者たちから毛皮などの素材を買い取るぐらいしかできません。ですので、未開拓地に町を造っていただきたいのです」
「町ですか。随分大きく出ましたね」
そう言いつつも、カティア様は上体を前に傾け、楽しげな笑みを浮かべている。
彼女がトウカの話に興味を持っているのは、誰の目にも明らかだ。
その一方で、トウカは浮足立つことなく淡々と理想の世界を語る。
「町には商人のほか、食肉や素材加工の経験者を誘致します。そうすればモンスターの肉や素材を町で加工し、訪れる冒険者や他の都市に売ることができます。また、鍛冶職人がいれば、冒険者たちの装備や住民が普段使いする道具もメンテナンスできるでしょう」
「そんなに簡単に人が集まりますかね? レイヴェルクや周辺都市でそれらの仕事を生業としている方々は、今の生活を捨てようとは思わないでしょうし……」
「今その職に就いている方々を集めるのは無理でしょうね。ですので、育てれば良いのです」
「ほう?」
予想外の答えが返ってきたのか、カティア様が目を丸くする。
「みなさんもご存じの通り、町というのは一日二日で造れるものではありません。ですので、町造りと並行して人材を育成すれば良いのです」
「なるほど、考えましたね。ですが、彼らの当面の生活はどうしますか? まさか弟子入り先の職人たちに賃金を払わせるつもりではないでしょう?」
「もちろんです。むしろ職人たちにはこちらから謝礼を出そうと思っています。育成する人材たちはわたしの商会で雇用し、賃金もわたしが支払います」
「……こんなことを訊くのは失礼ですが、それだけの手持ちがあるのですか?」
「もちろん当てはあります。謝礼と賃金の支払いが滞ることはないでしょう」
カティア様の質問に、トウカは淀むことなく答えていく。
目標の実現に向けて検討を重ねてきたのだろう。ただの理想論ではなく、しっかりと練られた案のように思えた。
「……その“当て”というのは、当家とスプリング商会ですね?」
「そうとは限りませんよ。この計画に賛同し、出資してくださる方は他にもいるでしょうから」
「まあ、そうでしょうね」
いつの間にか、二人の主導権が逆転していることに気づいた。
途中まではカティア様がトウカの計画を『聴いてあげる』立場だったが、今ではトウカがカティア様に『出資したければどうぞ』と言っているかのようだ。
仮に二人に断られたとしても、他の貴族や商会に出資させる自信があるのだろう。
狭量な貴族ならば機嫌を悪くしそうなものだが、カティア様は満足げに微笑んでいる。
これはあくまで俺の予想だが、彼女はトウカの能力を測っていたのではないだろうか。
そして、カティア様の表情から察するに、結果は――
「トウカさんの熱い気持ちに感服いたしました。あなたの『人類のための事業』に、フェルドリッジ伯爵家も協力させてください」
トウカが目を輝かせる隣で、オオガさんは慌てて止めに入った。
「し、しかし、フェルドリッジ伯爵が何と言うか……」
「ご心配には及びません。此度の件は、わたくしが判断するようにと命じられております。トウカさんのことは何があってもお守りしますので、我々におまかせください」
「なんと――」
オオガさんは絶句し、しばらくの間、小さく口を開けたまま固まっていた。
カティア様、トウカ、そして俺たち。誰もが言葉を発することなく、オオガさんの次の言葉を待ち続ける。やがて心の整理がついたのか、オオガさんが硬い表情で話し始めた。
「……分かりました。至らないところもあるかと存じますが、娘のことをどうぞよろしくお願いいたします。トウカ、スプリング商会もそなたの事業に出資する。そのかわり、毎月事業報告の手紙を寄越すのだぞ。それから、毎年、最低でも一度は自ら報告に来なさい」
「はい。お父様」
トウカがそっと目尻を拭い、オオガさんは目を潤ませて口を結び、少し上を向いた。




