涼しげな港町と熱き商人の卵
レイヴェルクを出発して八日目の午後、俺たちは小さな港町に到着した。
地理的にはレイヴェルクから東におよそ150km、北に約50kmの場所にある。
町のルールに従い、通行税を多めに支払ってから馬車ごと町に入っていく。
レイヴェルクでは全冒険者と特権を持つ貴族や商人は通行税の支払いを免除されているが、この町は冒険者だろうと関係なく税金を徴収される。何なら、馬車で入る場合はより多く税金を払わなければならない。
「馬車の重みで人が歩くよりも道が傷むでしょ? その修繕費が上乗せられているのよ。ちなみに、荷馬車で入る場合は荷物の積載量に応じて通行税が増えるわよ」
俺たちが首を傾げていると、カティア様が理由を説明してくれる。さらに「あなたたちに同行を依頼したのはわたくしだから」と言って、俺たちの通行税も一緒に支払ってくれた。
俺たちがこの町に来て最初に驚いたのは、視界全体に広がる大きな海、そして、白を基調とした明るい街並みだ。
聞くところによると、この町の建物には白色の漆喰を用いている。潮風によるダメージを軽減するための工夫らしい。
石畳も淡い色の石を敷き詰めていて、町全体が明るい色合いになっている。
海と空の青と、街の白によるコントラストがとても美しい。
この町では住民の多くが漁業と観光業で生計を立てているらしい。漁港にある魚市場からは威勢の良い声が響き、大通りには人々の温かくて明るい笑顔が溢れていた。
「ご令嬢とはこの町で会う約束をしているのですか?」
「ええ、そうよ。魚市場の近くに彼女の実家の商館があるらしくて、そこで待ち合わせをしているわ」
俺が質問すると、カティア様がにこやかに答えてくれる。
そんなことを話していると、馬車が徐々に減速し始めた。
馬車を降りると、目の前には白くて大きな商館がそびえ立っていた。
カティア様に教えてもらっていなかったら、貴族の屋敷だと勘違いしていただろう。
商館の玄関前には『イケオジ』という言葉がピッタリと合う細身の男性と、俺たちと同い年ぐらいの少女が立っていた。
少女はカティア様と同い年ということなので、実年齢より少しだけ大人びた見た目という印象だ。
男性は人好きのする笑顔を浮かべているが、少女は値踏みするような視線を向けてくる。
第一印象としては、男性は会話を重ねて顧客の懐に入り込み、需要を聞き出すタイプ。一方、少女は顧客の言動や反応を冷静に分析し、需要を特定するタイプに思えた。
「お久しぶりでございます、カティアお嬢様。長旅でお疲れでしょう。ささ、どうぞ中へ」
「ありがとうございます」
男性とカティア様が軽く挨拶を交わした後、俺たちは商館の中に入る。
案内されたのは、会議室のような部屋だ。内装は白を基調としていて、部屋の一番奥には大きな窓。その向こうには雄大な海が広がっている。
部屋の中央に長方形の大きな机があり、入り口から見て右手に2脚、左手に7脚の椅子が並べられている。机の大きさ的には20人ぐらい並んで座れそうなので、あえて椅子の数を減らしているのだろう。
全員が席に着くと、給仕服を着た女性がお茶を用意してくれる。
それも終わり、彼女たちが退室したのを見て、男性が話し始めた。
「改めまして、皆様、本日は遠いところをお越しいただいてありがとうございます。私はオオガ・スプリング。スプリング商会の代表を務めております。そして、こちらは私の娘の――」
「トウカ・スプリングです。以後、お見知りおきを」
少女――トウカはそう言って頭を小さく下げる。父親のオオガは口元に笑みを浮かべているが、トウカはずっと真顔だ。
失礼にならない程度に彼女を見つめた。
俺たちより年下らしいが、理知的な顔立ちのおかげで少し大人びて見える。
髪は肩にかかるぐらいの銀髪で、肌の色は少し色白。
身長はミレナやリリアより少し低い。もっとも、カティア様と同い年なので、まだ成長の余地が残っているかもしれないが……。
全員が軽く自己紹介を済ませた後、話は本題に移る。
「トウカさんはレイヴェルクの西、未開拓地を拠点にして商売をしたいと伺いましたが、間違いありませんか?」
カティア様の問いに、トウカは表情を変えずに「はい」とだけ答える。その瞬間、オオガさんの顔が曇った。
「未開拓地は危険なモンスターたちがウロウロしている場所。生半可な気持ちで向かうのはオススメしませんよ」
「承知の上です」
今度も淡々と答えるトウカ。だが、彼女の瞳に燃え盛る炎が見えた。
「……トウカさんは家業を手伝い始めてからの2年間で利益を1.5倍に増やしたそうですね。これはご兄弟の中でも一番だとか。正直に申しますと、あなたほどの才能があれば未開拓地でなくても成功できるでしょう。どうして未開拓地なのですか?」
カティア様がトウカの覚悟を試すような質問を投げかける。オオガさんも思うところがあるのか、カティア様の言葉に何度も頷いていた。
トウカは小さく息を吐き出し、カティア様を鋭く見据える。瞳の奥は情熱的に、しかし口調は冷静に語り始めた。




