未開拓地と商人
五日後。しっかりと体力を回復した俺たちは、冒険者ギルドに集まっていた。
「最近暑くなってきたね」
「ねー。特に未開拓地の森の中が暑いよね」
ミレナとリリアが両手をパタパタしている。彼女たちの声には張りが無い。
二人が漏らした「暑い」という言葉に、俺とセイラも同意する。
「この前のクエストもしんどかったよなぁ……。洞窟の奥はひんやりしていたけど」
「アタシたちの森に比べると、この辺りは暑すぎマス。溶けちゃいそうデス」
ゼフレンは何も言わずに苦笑するが、彼の額にも汗が滲んでいた。
今は建物の中にいるが、外に出ればギラギラとした太陽が肌を焼く。
レイヴェルクは湿度が低くてカラッとした暑さなので、日陰にいれば過ごしやすい。
問題は未開拓地だ。森の中は温度に加えて湿度も高い。昼はジメジメとした暑さが冒険者たちの体力を奪い、夜は寝苦しさが体力の回復を阻害する。
ギルドの調査によると、この時期は体力と集中力の低下により、冒険者の死傷率が高くなるらしい。俺たちも気をつけないと。
「……だからかな? 今日は冒険者も少ないね」
「みんな夏休みに入っているんだろうね。涼しくなれば活気が戻ってくると思うよ」
リリアとゼフレンが話しているとおり、ギルドの中は閑散としている。
聞いた話では、レイヴェルクの熟練冒険者たちはこの時期になると長期休暇を取るようだ。
彼らは気候の良い時期に大金を稼ぎ、猛暑と極寒の時期は家族と過ごしたり、バカンスを楽しんだりする。つまり、この時期にクエストを受けるのは夏を越すための蓄えを持たない者だけらしい。
もちろん例外もある。貴族は冒険者の都合なんてお構いなしに依頼を出してくるので、懇意にしている貴族に頼まれて依頼を受ける冒険者は多い。
俺たち? この街の文化と未開拓地の暑さを知らなかった哀れな冒険者だ。
「おはようございます。どうぞこちらへ」
窓口のお姉さんに案内されて会議室に向かう。
入り口側の席に座って待っていると、ギルドの団長と副団長、少し間をおいてカティア様とグラシアさんが入ってきた。
「みなさんお揃いですね」
カティア様がふわりとした笑みを浮かべ、丁寧に一礼する。
彼女は上座の席につくと、要件を話し始めた。
「ギルドや冒険者のみなさまには、日頃からレイヴェルク周辺の治安維持や調査などに尽力いただき、感謝しております」
「……もったいなきお言葉でございます」
カティア様とグラシアさんを除く、ギルドの関係者たちが恭しく頭を下げる。
「ギルドのやり方に口を出すのは心苦しいのですが、わたくしも冒険者の端くれ。今回は一冒険者として提言させてください。未開拓地の前線付近に、冒険者が補給と休養を行うための拠点を造ることはできないでしょうか」
「補給拠点ですか……。確かに未開拓地の到達地域が広がるとともに、移動にかかる時間も増えています。高ランク冒険者たちから何度か要望が来ていますし、検討したこともあります。ただ――」
団長は一度言葉を切り、困った表情で告げた。
「誰も未開拓地で商売をやりたがらないのです。未開拓地に安全な場所なんてありませんし、護衛を雇うとお金がかかる。大きな商会は既にレイヴェルクに支店がありますし、新興の商会は護衛を雇うのも苦しい」
冒険者ギルドに商人ギルド、さらに歴代の国王やレイヴェルクの領主たち。これらの誰も未開拓地での商売を禁止したことは無いらしく、今でもやろうと思えば可能らしい。
それでも未開拓地に商人がいないのは、団長が言った通り、リスクやコストが大きすぎるからだろう。
カティア様は団長の言葉を予想していたかのように不敵な笑みを浮かべる。
「では、未開拓地で商売したいという商人がいればどうですか?」
「そんな命知らずがいるのか!?」
団長の口から本音が漏れる。
彼は自身の失言に気づくと、ばつが悪そうに表情をゆがめた。
「お父様の古い友人のご令嬢で、わたくしと同い年と伺っています。彼女は商家の次女で、実家は彼女の兄が継ぐそうですが、彼女自身も商家を興す準備を進めているようです」
「ほう……」
「近々彼女を迎えに行き、未開拓地を案内する約束を取り付けました」
「はああああぁ!?」
団長が目を丸くして叫ぶ。俺たちは驚きのあまり声を失った。
そんな一同を見て、カティア様はイタズラが成功した少女のようにニコリと笑う。
「ということですので、みなさんの力を貸してくださいね」
翌朝。俺たちは準備を整え、フェルドリッジ伯爵家の屋敷にやってきた。
屋敷の前にはピンク色の馬車が用意されている。
あれ? 以前見た時よりも大きくなっているような……?
「いつもの馬車は6人用だけど、これは8人用よ。セイラが増えて7人になったからね」
「なるほど……そういえばそうですね」
カティア様は馬車を何台所有しているんだろう。気になったけれど、訊く勇気は無かった。
その後、カティア様から順に馬車に乗り込んでいく。
この馬車も6人乗りのものと構造は同じで、キャビンの左側面に扉があり、内部は2列のシートが向かい合わせに設置されている。いつもの馬車との違いはシートの幅だけだ。
進行方向側には奥から順にカティア様、グラシアさん、ゼフレンが座り、車体後方側には奥からセイラ、リリア、ミレナ、俺の順に並ぶ。
俺とゼフレンが万一に備えて入り口のそばに座るのも、恒例になりつつある。
「そういえば、今回はレイヴェルクの北東に向かうんですよね? そこには何があるんですか?」
ミレナが尋ねると、カティア様が自慢気な顔で胸を張った。
「ふっふっふ。なんと、海のそばにある避暑地よ!」




