二人のペースで
魔法の杖――ワンドを受け取り、いくつか情報交換した後、俺たちはアッシュさんの店を後にする。
「二人ともご機嫌ですね。せっかくですし、西門の外に出て試してみますか?」
ワンドを貰ってからというもの、二人は目に見えて分かるほど機嫌が良い。それに、早く試したくてウズウズしているようにも見える。
現在地は西門からそれほど離れていないので、20分もあれば西門から出て広い場所にたどり着けるだろう。
「そうしたいのは山々ですが、先ほどお嬢様の使いが来て、屋敷に戻らないといけなくなりました。また今度、今日の埋め合わせをさせてください」
グラシアさんはそう言って深々と頭を下げると、足早に東に向かって歩いていく。そして、人混みの中に消えていった。
「気を遣わせちゃったかな」
「また今度、埋め合わせをしないと……だね」
俺もミレナも、グラシアさんの優しさに感じ入る。
先にミレナと遊んでいたのはグラシアさんの方なのだから、申し訳なさも募る。
「……グレイン、そんな顔しない。グラシアさんの厚意を無駄にしないためにも、目いっぱい楽しもう?」
「そう……だな。じゃあ、さっそくワンドを試しに行くか?」
「うん!」
俺たちは西に向かって歩き出した。
1時間後、俺とミレナは西門を抜けてレイヴェルクに戻ってきた。
「やっぱりこのワンド凄いよ! 威力が増幅するだけじゃなくて、魔法を使った後の疲労感が全然違う!」
ミレナが興奮した様子でワンドの素晴らしさを語る。
言葉の断片を拾って整理すると、ミレナの人並外れた魔法の精度は、傑出した才能と卓越した集中力によって成り立っていたらしい。
『絶対に外してはいけない』という精神的な負担も相まって、魔法を一発放つだけでも相当の疲労感があったようだ。
特に、威力と速度が上がる半面狙いをつけづらくなる中級魔法、ウォーターボールをメインウェポンにし始めてからというもの、クエストの日は毎日くたくたになっていたという。
ミレナは『おかげで毎日のご飯が美味しくて仕方なかった』と恥ずかしそうに笑っていたが、彼女が大変な思いをしていたことに気づいてあげられなかったのが悔しくて堪らない。
自己嫌悪に陥っていると、左上腕に軽い衝撃が走る。と同時にミレナの髪の香りを感じた。
左を向くと、口を尖らせたミレナと目が合う。
「また変なこと考えてるでしょ。顔に出てるよ」
「うっ……」
俺が即座に否定しなかったので、ミレナは眉を下げて苦笑する。
彼女は俺から視線を外し、前を向いて話し始めた。
「私たち、レイヴェルクに来てから色々あったよね」
「ああ……」
「グレインは身を挺してカティア様を守ったし、私を賭けてフィルザードと決闘したこともあった。昇格試験の時は崖から落ちた私を助けてくれたし、足を挫いた私をおぶってくれた」
「あったなぁ……」
ミレナは慈しむような表情で、これまでの出来事を挙げていく。
彼女の言うとおり、本当に色々なことがあった。その全てに共通するのは、常に自分にできることを全力でやり遂げてきたということ。
「グレインは私に無理させたと思って自分を責めているけど、私から見たらずっと無理していたのはグレインの方。あなたがいなければ私は再起できなかったか、どこかで死んでいた。お願いだから、あなたが背負っているものを私にも手伝わせて? それがパーティだと思うから」
「ずるいなぁ……」
そう言われてしまえば何も言い返せない。
「それに、これからはワンドのおかげで少し楽になるはずだから!」
「だからと言って、撃つ数を増やしたら意味無いからね。みんなで役割を分担して、誰かに負担が偏らないようにするのがパーティだよ」
「ハイ……」
ミレナは前を向いたまま、目線だけを逸らす。
結局、俺もミレナも誰かのために無理してしまう性分なのだろう。
その後は互いに何も喋らず、中央広場まで戻ってきた。
噴水の周りはさっき以上に恋人たちで溢れている。
腕を組んで歩くカップル、ベンチに座って指を絡める若い男女に、真っ赤な顔で広場を見つめる花屋のお姉さん。……最後のは違うか。
「――っ!?」
人前で堂々とイチャつく彼らを見て、ミレナの顔が真っ赤に染まる。俺も顔が熱い。
彼らを直視すると『あの日』の光景がフラッシュバックしそうだ。
俺たちはやや俯き加減で足早に広場を通り抜けた。
「はあー、顔が熱い。私たち、よくあんなことできたね」
「二人してネジが緩んでいたんだろうな……」
あの日は勢いもあって人前でイチャイチャしてしまったが、ひとたび冷静になると恥ずかしくてムリだ。そう考えると、さっきの恋人たちは凄い。
俺たちは巷の恋人たちと比べて進展が遅いんじゃないかと思っているし、たぶん、ミレナも同じように感じているはず。彼女は不満を抱いていないだろうか。不安を覚えていないだろうか。
俺は勇気を奮い立たせ、半歩だけ左に寄る。すると、二人の手の甲が触れ合った。
それだけのことなのに、心臓が凄い音を立てて暴れまわる。
これ以上先に進もうものなら、ショックで心臓が止まってしまうんじゃないだろうか。
「ありがとう、すごく嬉しい。……でも、無理しなくても良いんだよ?」
どうやらミレナにはお見通しだったようだ。それでも彼女は俺と掌を合わせ、指を絡めてくれる。
チラリと表情を窺うと、湯気が出そうになっている。今の俺たちには、これが限界のようだ。
「助かるよ。今はこれが精一杯だ……」
「私も……。これより先のことは、考えただけで目が回りそう。私たちは私たちのペースで進んでいこう」
今のペースがミレナにとっても心地良いペースのようで安心する。
俺たちの間にしっとりとした空気が流れかけるが、すぐに霧散した。
「ねえ見て! あの料理、美味しそう! 入ってみようよ!」
「良いね! 量もしっかりしてる。これならミレナのお腹も満たされそうだね」
「私そんなに食いしん坊じゃないよ!」
口ではそう言いつつも、視線が完全に奪われているので、説得力がない。
俺たちが入ったのは、味と量が自慢の大衆料理屋。
お洒落とは無縁であり、恋人たちのデートコースに選ばれるはずのない店だが、今の俺たちにはちょうど良い。
大盛りの料理を前にして、二人の飾ることの無い、自然な笑顔が弾けた。




