魔法の杖(ワンド)
三人並んでレイヴェルクの大通り――噴水のある中央広場から東西に延びる、この街のメインストリート――を歩く。
並びとしてはミレナが真ん中で左にグラシアさん、右に俺だ。ミレナにとっては『左手に花』というところだ。
俺が『両手に花』なんてしようものならミレナの機嫌が悪くなるだろうから、妥当な並びだと思う。
「ふふっ。『両手に花』だね」
「……言葉の意味分かってる?」
「ある意味正しいのではないでしょうか。少し恥ずかしいですが……」
満面の笑みを浮かべるミレナの向こうで、グラシアさんが照れた。
中央広場を出て、大通りを西に向かって歩く。
いつもならせかせかと早足で通り過ぎるだけの場所も、誰かと一緒ならば新たな発見がある。
「ここはさっき私たちが寄ったお店だよ。女性冒険者用の小物やアクセサリーを売っているの。……あっ! 隣の店も可愛い服を売ってる! グレイン、今度一緒に行こ?」
「この道を真っすぐ行った先に、俺の行きつけの防具屋があるんだ。腕前はレイヴェルクで一番だと思う。寡黙な店主だが、話してみると良い人だよ」
「こちらはお嬢様の大好物のお菓子を焼いているお店です。今度、みなさんにお出しできるように準備しておきますね」
歩いた分だけ新しい知識が増え、自分の世界が広がっていく。
短いながらも非常に充実した時間となった。
お目当ての店は、中央広場と西門の中間あたりに位置している。
レイヴェルクで一番大きい食材店で、品揃えも豊富。ここに来ればだいたいの調味料や保存食は手に入る、そんな店だ。
ちなみに、魔導書を入手した後、リリアと偶然出会ったのもこの店である。
「ここがこの街一番の食品店ですか」
「すごい品揃え! 見ているだけでお腹が空いてきそう」
お腹が空いてきそう、ではなく、空いてきたんだろうなぁ……。まあ、昼前だから当然か。
俺は目を輝かせる二人を横目に普段使いの調味料を次々と籠に入れる。
それから……蜂蜜も買わなきゃな。
「今の瓶は蜂蜜ですよね。そんなに使うんですか?」
「ええ。前回は見積もりが甘くて全然足りなかったので、今回は多めに。甘味として使ったり紅茶やハーブティに入れたり、シンプルに蜂蜜水にすることもできるんですよ」
俺たちのパーティにはミレナがいるので、清潔な水には困らない。だからこそ、クエスト中でもお茶や蜂蜜水を楽しむことができるのだ。
グラシアさんも水魔法を使えるので、カティア様たちも美味しい飲み物を嗜むことができるはず。
そんなことを考えていると、グラシアさんがふわりと笑みを浮かべた。
「グレインは優しいですね」
「??」
リリアにも同じことを言われたが、俺は判で押したような反応を返すことしかできなかった。
消費した調味料と気になる香辛料を購入し、ホクホク顔で店を後にする。
グラシアさんも香辛料と干し肉を少しずつ、さらにお酒の入った小瓶を購入していた。
「グラシアさんもお酒を飲むんですね」
「す、少しだけですよ。疲れたときにちょっと嗜む程度ですから、酒豪だと思わないでくださいね!」
「……どうかご自愛ください」
酒瓶の大きさからして酒豪には見えない。どちらかというと、弱い方なのではないか。
疲れ切ったグラシアさんが酒を一口飲んで、そのまま寝落ちしてしまう姿が目に浮かんだ。
「さっきグレインが言っていた防具屋に行きたいんだけど、良いかな?」
「俺も顔を出したいと思っていたから大歓迎だけど……何か買いたい物でもあるの?」
ミレナの防具はローブであり、アッシュさんの店に置いているのは兜や鎧なので、欲しいものがあるとは限らないが。
「良いものがあれば、かな」
俺たち三人はアッシュさんの防具店に入る。
相変わらず客は一人もいないが、今日は珍しく店内に防具が置かれていない。
そのせいで5m四方の小さな店内がひどく寂しく感じられる。
「アッシュさん、こんにちは」
「悪いが店には何もないから帰って――ってグレインか。久しぶりだな」
気だるそうに客を追い返そうとしていたアッシュさんだが、入店してきたのが俺だと気づくと雰囲気が柔らかくなった。
それでも威圧感を感じるのか、ミレナたちは俺の後ろに半身を隠している。
「よく売れているみたいですね」
「売れすぎて手が足りねえ。どこぞのBランクパーティが活躍しすぎるせいで、この店の存在が知れ渡ってしまった。次から次へと来るもんだから、注文は半年待ちだ」
「アッシュさんの腕なら遅かれ早かれこうなっていましたよ。……そうだ、未開拓地の洞窟でこんなものを拾ったのですが」
そう言いながら店の奥に向かうと、鞄の中から鉱石を取り出してカウンターの上に置いた。
アッシュさんは鉱石を手に取ると、ハンマーで叩いて表面の岩を剥がす。
すると、岩の下に隠れていた、青みがかった金属がむき出しになった。
「ほう、見たことのない金属だな。……嬢ちゃん、ちょっとこの金属に魔力を流してくれねえか?」
「わ、私ですか?」
いきなり話を振られたミレナが驚きで目を丸くする。
「よく彼女が魔法使いだと分かりましたね」
「身体つきを見りゃ一目瞭然よ」
「ひっ!」
ミレナが怯えて俺の後ろに隠れる。
……アッシュさん、口下手すぎない?
「手足の筋肉の付き方を見て、前衛職じゃないと思ったんですよね」
「そうだ。そう言いたかったんだ」
……結局はミレナの手足の肉付きを観察したということになるし、あまりフォローになっていない気がしてきた。
とはいえ、ミレナは「そういうことなら……」と言いながら俺の後ろから出てきたのでよしとする。
「じゃあ、流しますね」
ミレナは金属の塊に手を乗せて目を閉じる。
彼女の手元に魔力の流れを感じるのと同時に、金属が青白く輝きだす。
「おお!」
「綺麗……」
俺とグラシアさんが感嘆の声を漏らしたのを聞き、ミレナは目を開ける。彼女も「すごい……」と驚きを口にした。
「なるほど、魔力伝導も良さそうだ。グレイン、この鉱石は防具には向かないから、代わりにもっと良いものを作ってやろう。ちょっと待ってろ」
アッシュさんはそう言って店の奥に下がる。
俺たちはカウンターの前で雑談して戻りを待つことにした。
奥からハンマーで叩く音、パチパチと薪が燃える音、それから金属同士のぶつかる音が響き渡る。やがて全ての物音が消え、あたりは静寂に包まれる。
店内が静かになってから少しすると、アッシュさんが2本の棒状の道具を載せた盆を持って出てきた。
「待たせたな。これを嬢ちゃんたちに」
「ありがとうございます」
ミレナとグラシアさんが完成した道具を手に取った。
それは長さ20cmほどの細長い丸棒で、先に行けば行くほど細くなっている。
「アッシュさん、これは?」
「この金属は魔力を帯びていて、普通の金属より魔力の伝導率が高いんだ。だから、防具に使うよりもこうして武器に使った方が良い。嬢ちゃんたちに渡したのは、魔法使い用のワンドだ。ワンドの先から発射するイメージで魔法を使えば、今までより威力が増すはずだ」
説明を聴いたミレナがワンドを回して確認する。
特に飾りけのない、素材そのままのワンドだが、随分気に入ったようだ。
「ありがとうございます」
ミレナがアッシュさんに深々と頭を下げる。
そして――
「これで、私もグレインを守れるね」
頬を染め、俺にだけ聞こえるように言った。




