焦燥感
「今日からしばらく休養日か。調味料とか、色々と買い揃えないと」
長らく冒険に出ていたので、今日から五日ほど休養日だ。
肉体と精神の疲労を回復させるのも大事だが、休んでばかりはいられない。次の冒険の準備もしておかなければならないのだ。
俺は宿屋の机の上にリュックの中身を出し、買い足すべきものと新たに試したい調味料をリストアップしていく。
「誰かに買い物を手伝ってもらえれば助かるんだけどな……」
最初に思い浮かんだのは、やはりミレナだ。少し前――フィルザードとの決闘後ぐらいから、彼女の食欲が増し、さらに食事の時間を楽しみにしていることが伝わってきている。
期待されたら応えたいと思うのが人情で、ミレナの舌と胃袋を満足させられるように日々研鑽を続けている。
それはそれとして、彼女と二人で調味料を選んでみたい。なんというか、その……新婚のようで憧れるのだ。
下心抜きに考えても、ミレナの好みの味付けを目指すなら、彼女と相談しながら選ぶのが合理的だと思う。
「……ダメだ、今日はグラシアさんと買い物だと言っていたな」
ワクワクしていた心が静まっていく。
まあ、ミレナにも交友関係があるから仕方ない。ミレナに束縛されるのは悪くないけれど、俺は彼女を束縛したくない。
次に脳裏に現れたのはリリアとゼフレン。二人は同じ宿に宿泊していることもあり、声を掛けやすい。
リリアは食材を一緒に選べるし、ゼフレンは冒険用アイテムの知識が豊富だ。
だが、二人はセイラに街を案内するということで、先ほど宿を出発した。
「今日はみんな予定があるんだよなぁ……。とはいえ明日に回したくないし、一人で買いに行くか」
俺は買いたいものをまとめてから部屋を出る。
「あ、そうだ。この間手に入れた鉱石をアッシュさんの店に持って行ってみよう」
出がけに洞窟で入手した鉱石のことを思い出した俺は、一度部屋に戻り、鉱石を鞄に入れるのだった。
大通りに向かって歩く途中、ふと、昨日のことを思い出した。
あの後、セイラの宿泊先についてひと悶着あったが、カティア様の厚意により、フェルドリッジ伯爵家の屋敷の一室を貸してもらっている。
セイラは俺たち(正確にはリリア)と同じ宿に泊まりたいと頬を膨らませたが、カティア様は『セイラの身にもしものことがあれば、リリアが悲しむ』と言って納得させた。
実際には悲しむ程度では済まないので、カティア様には本当に感謝だ。
しばらく歩くと、街の中心地にある大きな噴水の前に差し掛かった。いつもならこのまま真っすぐ南下して冒険者ギルドに行くのだが、今日は違う。
「――っ!」
噴水前のベンチに座るカップルの背中を見て、ミレナに告白した後の時間を思い出した。顔が燃えるように熱くなる。
カップルはぴったりとくっついていて、女性が男性の肩に頭を乗せていた。
――あの日の俺とミレナみたいだ。
あのときは二人とも理性のネジが緩んでいたが、それ以降、俺たちは節度のあるお付き合いを続けている……というより、告白前と特に変わらない。
少し前、ワクワクした顔のリリアに『二人はどこまで進んだの?』と訊かれて『手を繋いだよ!』と答えたら、彼女の表情がスンと消えたことを思い出す。
……もしかして俺たちの進展、遅すぎ?
考えてみると、ミレナと恋仲になった後、二人きりで出かけたことは無い。……というか、出会ってから一度も無い気がする。
そのことに気づいた途端、急に焦燥感が込み上げてくる。
「どうしよう。連休中にミレナをデ――遊びに誘うべきかな? でも、女性からすると、いきなりグイグイ来られるのは怖いと聞くし……」
どうするのが正解か分からず、思考が空転を始める。
考えれば考えるほど、ドツボにはまっていった。
「グレイン? こんなところで何やってるの?」
俺を迷宮から連れ出してくれたのは、ミレナだった。
振り返ると、隣にはグラシアさんもいる。彼女は俺と目が合うと、丁寧な所作で挨拶してくれる。
昼前に差し掛かる頃合いだが、二人の手に荷物は無い。合流して間もないのかな?
「服や冒険用のアイテムをいくつか買いましたが、大きいものは全て屋敷や宿に送りました。荷物があると大変ですから」
「なるほど……」
心の内を見透かしたかのように、グラシアさんが疑問に答えてくれる。
俺が感嘆したのを見て、ミレナが一瞬悔しそうな表情を見せた。
「グレインは誰かと一緒なの?」
穏やかな口調とは裏腹に、ミレナの目がスッと細められる。
何故か本能が警告を鳴らしてくるので、正直に答えることにした。
「いや、一人だよ。クエスト中に消費した調味料やアイテムを買いに来たんだ」
「そうなんだ。……ちょっと待ってて」
ミレナはホッとした表情でそう言うと、グラシアさんを手招きして俺と距離を取り、さらに背を向ける。何か俺に聞かれたくない話でもしているのだろうか。
一、二分ほどすると、二人が俺の前に戻ってきた。
「私たちもグレインの買い物について行っても良いかな?」
「俺は構わないけど……グラシアさんも大丈夫ですか?」
「はい。私もクエスト中の料理について勉強したいので」
グラシアさんはカティア様と二人でパーティを組んでいる。
これまでは日帰りクエストしか受けていないそうだが、泊りがけでクエストを受けるとなると、グラシアさんが料理を作ることになるだろう。
個人的には、二人パーティで長時間のクエストを受けるのは危険だから控えてほしいと思っているが、カティア様の性格からすると叶わぬ願いだ。
「分かりました。では、一緒に行きましょう」
そう言うと、二人は笑顔で頷いた。




