箱入り娘、外に出る
セイラと出会ってから何日経っただろうか。
洞窟を見つけてからというもの、俺たちはここを拠点にして活動を続けていた。
生態調査クエストの傍ら、晴れの日は外に出て食料と薪を調達し、雨の日は地底湖の前でセイラと話す。それが最近の日常だ。
セイラは乾いた土のように俺たちの言葉や文化を吸収していき、諺や慣用表現などの特有の言い回しもできるようになった。
まだ訛りが残っていたり、言い間違ったりすることはあるが、それでも『あたしよりウチの国の言葉が上手なんじゃないの?』というのはリリアの言葉だ。
だが、そんな日常にも終わりがやってきた。
クエストの報告のため、一度レイヴェルクに帰らなければならないのだ。
「うう……。セイラと別れたくないよ……」
「期限があるから仕方ないよ。でも、また戻ってくれば会えるからね。しばらくの辛抱だよ」
俺たちはしばしの別れを伝えるべく、地底湖に向かう。
その足取りは重かった。
「ヤダ!」
「あたしもヤダ!」
レイヴェルクに帰還することを伝えると、セイラとリリアが頬をぷっくりと膨らませる。
この二人は実の姉妹のように仲良しだなぁ……じゃなくて!
「絶対にまた戻ってくるから! 絶対に!」
「……どれくらい先デスか?」
「……30日、いや、20日後?」
「そんなに待てない!」
うーん、困ったな。ここや道中が安全なら二手に分かれることもできるけど、未開拓地でそんなことをするのは自殺行為だ。
「あの……アタシも一緒に行っちゃだめデスか?」
「えっ? この部屋より外に出ても大丈夫なの?」
「パパとママにお願いすれば、きっと許してくれるはずデス!」
リリアとセイラが話している隙に、俺とゼフレンは彼女たちに聞こえないように声を潜める。
「どう思う? 何かあったときに責任を取れる相手かな?」
「何となくだけど、セイラは相当ヤバい気がする。彼女が掠り傷を負っただけで戦争になるレベルの相手じゃないかな……」
「だよなぁ……」
正直、俺たちは腰が引けていた。
だが、そうこうしているうちに、セイラは『ぱん!』と手を叩く。
「善は急げと言うマス! すぐパパとママに言ってきます!」
彼女がそう言うと、足元が青白く輝き始める。
そして、俺たちが止める間もなく帰っていった。
「行ってしまった……」
「こうなったらご両親の英断に期待するしかない。それでもダメなら、僕たちが命懸けで彼女を守るんだ!」
「ああ!」
俺たちはセイラの戻りを待つ間に腹をくくる。
彼女の身に何かあればミレナにも累が及ぶ。それだけは絶対に阻止しないと!
4人で今後の動きを話していると、突然、地底湖の前が青白く輝き始める。
「これが転移魔法……」
「すごく綺麗……」
俺たちは浮かび上がった魔法陣に目を奪われていた。
魔法陣の模様で真っ先に目につくのは、中央に描かれた大きな星型の図形だ。この図形のことを五芒星と言うらしい。各頂点と対角にある二つの頂点が直線で結ばれていて、中央は正五角形になっている。
そして、その正五角形の内側には背中にある大きな翼を広げた人(?)の姿が描かれている。ひょっとして、セイラの先祖がモチーフだろうか。
五芒星の頂点を結ぶように綺麗な円が描かれていて、その外側にも一回り大きな円が描かれている。二つの円の間には術式らしき文字が書かれているが、俺たちの言語とは違うので、何と書いてあるのか分からなかった。
「魔法陣って一筆書きで描かないといけないんだよ」
「そうなのか? さすがミレナ。詳しいね」
「……って、前にカナリスが言ってた」
又聞きの情報を自分の知識として話すことに罪悪感を覚えたのか、ミレナがそっぽを向く。
暗いせいで見えないが、彼女の顔はきっと赤くなっていることだろう。
「グレインに良いところを見せるチャン――ぐえっ!」
茶化そうとしたリリアが、ミレナの逆襲を受ける。
どうやら脇腹をつつかれたようで、そこを押さえながら悶えていた。
「違うからね!」
「心配しなくても分かってるよ」
ミレナの良いところも、この世の誰より素敵な女性だということも。
さて、さっきから青白く輝いている魔法陣だが、徐々に光の量が増してきた。
あまりの眩しさに魔法陣を直視できなくなり、顔を背けて目を閉じる。
「……アレ? みんな、何で向こうを向いているんデスか?」
どこか間の抜けた声に反応して目を開けると、魔法陣の光は消滅していた。
魔法陣の鋭い光を見た後だと、地底湖の青白い光にも温かみを感じてしまう。
「あっ! セイラおかえりー!」
「リリャ、オカエリー! パパとママに許してもらえマシター! ワーイ!」
セイラのテンションが高い。……というか、許可してもらえたのか。意外。
「すごい! よく許してもらえたね!」
「『外の世界を見て、ちゃんと勉強してきなさい』って言われマシタ!」
「良かったね!」
リリアとセイラが繋いだ両手を上下に振る。
その一方で、セイラの言葉を聞いて俺たちは確信していた。
「絶対良いところのお嬢様だ! 王女か領主か族長か分からないけど……」
「『勉強』って絶対に人の上に立つための勉強だよね……」
――これは大変なことになった。
そう思いながらも、セイラとの冒険を楽しみにしている自分がいた。




