洞窟の奥の友達
洞窟の奥で女性と出会った二日後。
俺たちは今日も洞窟の奥にある地底湖に向かっていた。
一昨日はミレナとゼフレンが自己紹介をしたところでタイムアップとなった。
女性が慌てた様子で帰ってしまったのだ。門限か何かがあるのかもしれない。
咄嗟に足を踏み出したら『つむじ風』で警告されたので、彼女の後を追うことはできなかった。なので、俺たちはまだ彼女のことを何も知らない。
昨日も洞窟の奥に足を運んだが、彼女には会えなかった。
仕方がないので地底湖の部屋を4人で調べてみたが、これといった手掛かりは得られず。
幸い外は晴れていたので、すぐに引き返して食材と薪を調達した。これで当座の火と食事は問題ない。
そして今日。
外はまた大雨なので、洞窟の奥に行ってみることにした。
「いる。今日は魔力を感じる」
「ほんと!?」
リリアは誰よりも嬉しそうにしている。彼女にとって、あの女性はすでに大切な友人の一人なのだろう。
足取りが軽くなったリリアを追いかけるようにして、俺たちは地底湖に向かった。
ミレナが言ったとおり、女性は地底湖の前に佇んでいた。
ランプの光を布で覆い、リリアの回復魔法の光で存在を示す。
相変わらず人影しか見えないが、不思議と彼女の雰囲気が明るくなったことが分かった。
「リリャ! ヨロシク!」
「おはよう!」
「オハヨー? ……オハヨー!」
女性はあっという間にこちらの言葉を吸収してくれる。
俺たちは彼女の言葉を全く理解できないので、本当にありがたい。
いくつか話した後、リリアが女性の名前を尋ねた。
「あたし、名前、リリア。あなた、名前は?」
「アタシ、セ……フ……ド・レイ……リャ」
俺たちが聞き取りやすいようにゆっくりと話してくれたが、それでも一部しか聞き取れなかった。シーフード……はさすがに違うか。
「えっ? シーフード?」
リリアがそういった途端、女性の口元の影が膨らんだ。
「セイルフィード!」
少し語気を荒げながらも、ゆっくりと言い直してくれる。
おかげで、俺たちは彼女の名前を聞き取ることができた。
「セイルフィード。良い名前だね! あなたのこと、セイラって呼んでも良いかな?」
「セイラ? ……アタシ、セイラ! リリャ、ヨロシク!」
女性――セイラは小さく飛び跳ねて喜ぶ。
シルエットが長身なので大人の女性だと思っていたが、意外と子どもっぽいところもあるようだ。
その後、俺たちは夕方までセイラと言葉を交わし、彼女についていろいろと教えてもらうことができた。
セイラは普段、森に住んでいて、洞窟へは魔法で転移してきているらしい。『転移魔法』と呼ぶべきその魔法は魔導書にも記載されていない魔法であり、あの魔導書ですら全ての魔法を網羅できていないのだと驚かされた。
転移魔法は彼女や周囲の魔法使いが使っているわけではなく、森の中に彼女の一族だけが知る転移用の魔法陣があるとのこと。
セイラの一族が魔法陣に魔力を込めると転移魔法が発動し、この場所に移動できる。一族以外の者が魔力を込めても転移できないと伝わっているらしい。
彼女の一族は先祖代々風魔法を得意としている。
セイラは『自分はまだまだ未熟だ』と謙遜するが、俺に向かって飛ばしてきた魔法を見るに十分な手練れだと思う。
この幻想的な地底湖は彼女のお気に入りの場所で、幼少の頃から何度も足を運んでいたそうだ。だが、ここで他人と出会ったのはこれが初めてで、驚きと恐怖のあまり攻撃してしまったらしい。
それを聞いたリリアは「普段のグレインは面白い顔をしてるけど、暗がりで見たら怖いよね」と小突いてきた。面白い顔て……。
顔といえば、俺たちはまだセイラの顔を見ていない。
彼女曰く『自分の顔に自信がないから見せたくない』とのこと。
残念だが無理強いするのも良くないということで、俺たちは引き下がった。もっと仲良くなればセイラの気が変わるかもしれないので、それに期待することにしよう。
「アノ、明日は雨だと思うマスノデ、アタシはここに来るしないデス」
別れ際、セイラは思い出したようにそう告げた。
彼女は雨の日は地底湖に来ないのか。
晴耕雨読じゃないけど、晴れの日だけ出歩いて雨の日は家で過ごすのかもしれないな。
「分かった! じゃあ、また明後日だね!」
翌日。俺たちは朝から困惑していた。
洞窟の外は雲一つ無い青空。空気も澄み渡っていて、絶好の冒険日和だ。
「セイラは雨って言ってたけど、思いっきり晴れてるじゃん!」
「どうしよう。待っているかもしれないし、行ってあげるべきかな?」
「行ってみよう! いなかったら引き返して外に行けば良いよ!」
俺たちは洞窟の奥に向かって歩く。
洞窟の奥は外が朝でも夜でも、晴れだろうが雨だろうが関係ない。いつも同じ表情で俺たちを迎えてくれる。
「セイラは何者なんだろうね」
「あくまで僕の予想だけど、相当身分が高い一族の生まれだと思う」
「その心は?」
「一族だけに伝わる転移用の魔法陣。こんなものを持つのは王族やそれに準ずる身分の人たちだけだと思うんだ。もしかすると、本来は緊急避難用の魔法陣なんじゃないかな?」
「なるほど……」
ゼフレンの予想は的を射ているような気がした。
「……いない」
地底湖のすぐ近くの通路で、ミレナがポツリと漏らす。
俺たちは落胆しつつも、そのまま奥に向かう。
だが、地底湖にセイラの影は無かった。
彼女がいつも佇んでいる場所にはごつごつとした岩肌があるだけで、当然、魔法陣などは存在しない。
「やっぱり今日は来ないみたいだね。仕方がないから洞窟の外に行こうか」
翌日。今日の天気は、昨日とは打って変わって土砂降りだ。
今頃『触手』が狂喜乱舞しているんだろうな……と地獄絵図を思い浮かべながら外を見やる。
「今日は雨だから、洞窟の奥だよね!」
リリアは朝からテンションが高い。
昨日はセイラに会えなかったので、『今日こそは』と意気込んでいるのだ。
支度を済ませて地底湖に行くと、セイラが待っていた。
「リリャ! オハヨー!」
「セイラ! 会いたかったよー!」
嬉しさのあまり、リリアがセイラに駆け寄っていく。彼女はそのままセイラに抱き着いた。
リリアの回復魔法に照らされてセイラの姿がぼんやりと浮かび上がる。
それでも、二人の身長差のせいで顔までは見えない。
「良い匂い……。一生このままでいたいぐらい」
「イイニオイ?」
セイラはリリアの言葉の意味が分かっていないので、されるがままになっている。
俺たちが止めた方が良さそうだな。
そう思っていると、ミレナが先に二人のもとに歩み寄る。
「こら。セイラが困っているでしょ」
「やーん。あと五分だけ~」
ミレナによって引き剝がされるリリアを見て、俺たちは苦笑した。
「そういえば、昨日は雨じゃなかったね。すごく晴れてた」
「エ? アタシのところは雨でしたヨ。スゴく雨」
おや?
俺たちが見た限り、雨雲は無かったんだけどな……。
セイラの住む場所と、この洞窟はかなり離れているということだろうか。また一つ、新たな情報だ。




