未知との遭遇
俺たちは分かれ道まで引き返すと、今度は左側の道を進む。
聞こえるのは4人分の湿った足音と天井から落ちてくる水の音、それに仲間たちの強張った吐息。
この道は右側とは違い、奥に進んでも道幅がほとんど変わらない。アップダウンや段差、躓きそうな突起などがほとんど無いので洞窟とは思えないほど歩きやすい。
……この洞窟は本当に天然の洞窟なのだろうか。
ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
だが、その思考は開けた空間に出たことで頭の外へ追いやられた。
外の光が届かない洞窟の奥にもかかわらず、なぜここが開けた空間だと分かったのか。それは、ここが地底湖のようになっていて、溜まった水が青白く発光しているからだ。
真っ暗な暗闇に青白く輝いていて、ひどく神秘的な光景だった。
この部屋に光源は二つしかない。神秘的な青白い水と、俺が手にしたランプの赤い炎。
暗闇の中に湖と俺の手元と鎧だけが浮かび上がっている。
そのとき、遠くでヒュッという鋭い音が聞こえた。
直後、顔の高さの空気が揺れた……気がした。
俺は直感に従い、手足を動かさずに頭を下げる。
すると、さっきまで頭があった場所を、鋭い風の刃が通り過ぎて行った。
とっさに攻撃が飛んで来た方向を見ると、青白い光の一部が人型に途切れている。刃を飛ばしてきた人間は湖の手前にいるらしい。
「誰だ!」
俺が人影に向かって叫ぶと、その人物が小さく息を呑んだ。
その隙に、リリアは俺の背後に隠れ、ミレナとゼフレンが音を立てずに離れていく。
「俺たちはただの冒険者だ! あなたに危害を加えるつもりは無い!」
ミレナたちから注意を逸らすように問いかける。
話し合いで解決できるならそれに越したことはない。
「――! ――!?」
「!?」
だが、返ってきたのは聞いたことのない言葉だった。
「――!? ――、――!!」
顔や姿は見えないが、声の調子から相手が女性であることと、こちらを相当警戒していることは伝わってくる。
まるで火薬がぎっしり詰め込まれた建物の如く、ちょっとした火種で大爆発してしまうような危うさがあった。
「グレイン、あたしに任せて」
リリアはそう言いながら、自身に回復魔法を使う。
彼女の身体が淡い緑色に輝き、暗闇に浮かび上がった。
「――!? ――! ――!」
リリアが回復魔法を使った途端、女性の雰囲気が変わった。
それまでむき出しにしていた敵意や警戒心が隠れ、こちらに対する好奇心が表に出てくる。
「ねえ、どうにかして通じ合えないかな? あなたの話を聞かせて」
まるで、泣く子をあやすような優しい声色で、リリアが話しかける。
人影が一度だけ首を縦に振った。
女性は手を肩の高さぐらいまで上げると、小さな風を起こす。そして、それを俺の右手のランプに向けて飛ばしてきた。
「その炎を消せって言ってるみたいだね」
「あ、ああ」
俺は慌てて火を消す……わけにはいかないので、布でランプを覆って光が外に漏れないようにした。
このランプは周囲がガラスで覆われているから、こういうことができて便利だ。
女性は何か言いたげな雰囲気を出していたが、何も言ってこなかった。
一応、納得してくれたのだろう。
「初めまして。あたし、リリア。よろしくね」
リリアは『あたし』のタイミングで自身を指さし、『よろしく』のタイミングでお辞儀する。彼女は必死に言葉を伝えようとしていた。
「アタシリリャ? ヨォシク?」
その熱意が通じたのか、どこか舌足らずな言葉が返ってくる。
コミュニケーションは『伝えたい』という気持ちなんだなと、胸の奥がジワリと温かくなった。
「ちがうちがう、リリア。リ・リ・ア」
「リ、リャ」
惜しい。
リリアは苦笑を浮かべつつ、俺に回復魔法を使う。
すると、リリアだけでなく俺の身体も光り始めた。
「まあ良いや。で、彼がグレイン。グ・レ・イ・ン」
「グレイン?」
お! 俺の名前は一発で言えた。なんか嬉しい!
リリアが微妙な表情を浮かべるのを横目に、俺も言葉を発する。
「よろしく!」
「ヨ、ロシク?」
まだ女性の顔や素性は分からないが、新たな世界への第一歩を踏み出したことは間違いない。
彼女との出会いが俺たち、あるいはレイヴェルクの人々にとってどんな影響をもたらすのだろうか。
俺は、光り輝く未来を思い浮かべるのだった。
「……子供の第一声が『ママ』じゃなく『パパ』だったときの気分って、こんな感じなんだろうなぁ」
一方、リリアの瞳からは光が失われていた。




