肉食植物と天敵
密林地帯に来てから三日。
王都やレイヴェルクとは違う、ジメジメとした蒸し暑さのせいで少しずつ体力が奪われていく。何より夜が寝苦しくてつらい。
だが、今日はもっと大きな問題に直面していた。
「雨、だね」
「雨だなぁ……」
俺たちは木の下で雨宿りをしながら遠くを見つめる。
雨粒が静かに隙間なく落ちてきているような雨。さっきミレナが『しとしと雨』と言っているのを聞いて、一つ勉強になった。
レイヴェルクの辺りは雨の少ない地域なので、冒険中に降られたのは久しぶりだ。
めったに降られないので、ちゃんとした雨具は用意していない。
「今日はどうする? まだ止む気配がないけど……」
「雨の日の調査もしないといけないから、頑張ろう」
みんな頭では行かなきゃいけないと分かっているんだ。それでも天気が悪いと気が進まないのが人間という生き物だと思う。
「さすがに筆とかは置いて行くよ」
俺たちは苦笑しながらうなずく。
せっかく綺麗に描いても雨に降られれば墨が滲んで台無しになる。それも昨日まで頑張って描いていた分も含めて、だ。
いつも観察していた、鮮やかな赤い花と薄緑の蔓……だった植物。
俺たちはその植物の手前で茫然と立ち尽くしていた。
「ねえ、あれって本当に昨日までと同じ花なの?」
「ああ。目印の布切れも……ほら、ここに」
俺は手前の木の幹に目印として巻いていた布を指さす。
これがあるからこそ、目の前にいるのが昨日まで鮮やかな花を咲かせていた生き物だと認識できていた。
「じゃあ何で、花の色が真っ黒になって、蔓がうねうねと動き回ってるのー!」
リリアが涙目で叫ぶ。
俺たちも頭がおかしくなりそうだが、リリアがもっと取り乱しているから冷静を保てている。
『人は、自分よりパニックになっている人が周囲にいると冷静になる』と聞いたことがあったが、その言葉が正しいと身をもって経験する日が訪れるとは。全然嬉しくないけど。
さて、そろそろ現実を直視しよう。
目の前の植物(?)は変わり果てた姿になってしまった。
昨日まで鮮やかな赤色だった花は漆黒に、薄緑色だった蔓はグロテスクなピンク色に変色している。
蔓は雨に狂喜乱舞して動き回り、何匹かのモンスターたちを締め上げていた。もう触手にしか見えない。
そのとき、一本の触手が俺たちの反対側にいる小型のモンスターを捕らえた。
モンスターは四肢を必死にバタつかせて逃げ出そうとするが、抵抗むなしく宙に持ち上げられてしまう。
「あのモンスターはこれからどうなっちゃうの……?」
ミレナは両手で顔を覆い、指の隙間から様子を見ている。
俺たちも固唾をのんで行く末を見守った。
捕らえられてジタバタともがくモンスターの首元に、別の触手がゆっくりと近づく。
そして、蔓の先端に細い針のようなものを生やすと、モンスターの首筋に突き刺した。
「何あれ!? 怖いよ!」
モンスターはその後ももがき続けていたが、徐々に抵抗が弱くなり、呼吸が熱っぽくなる。
そのまま虚ろな目で口から涎を垂らし、四肢をくたりと弛緩させて動かなくなった。
……俺たちはいったい何を見せられていたんだろうな。
「なんか、イケナイものを見た気分だよ」
「私、あの植物には二度と近づきたくない」
「気が進まないけど、野営地に戻ったら今のも描いておかないとな……」
俺たち4人はなんとなく気まずい雰囲気の中、その場を離れたのだった。
一通り調査を終えると、時刻は昼前になっていた。
相変わらず雨がしとしとと降っていて太陽の位置は分からないが、腹時計が時間を教えてくれる。
野営地に向かって歩いていると、リリアが何かに気づいた。
「ねえ、あそこ。あれってスライムじゃない?」
「どれどれ……本当だ。この森にはスライムが生息していたんだな」
王都やレイヴェルクの周辺ではスライムをほとんど見かけない。やっぱり湿度の高い場所を好むのだろうか。
スライムは水色半透明の身体をゆっくりと動かして森の中を進んでいく。スライムが通った後には木の枝も落ち葉も残されていないのが興味深かった。
「ついて行ってみよう」
「そうだね。あれも記録しないと!」
俺たちはスライムの後を追いかけた。
――のだが。
「何でここに戻ってくるのー!?」
スライムが向かったのは、それは先ほどの植物(?)がいる場所だった。
リリアは天を仰ぎ、ミレナの瞳からは光が失われている。
唯一、ゼフレンだけは「この戦いはどっちが勝つんだ!?」と目を輝かせていた。
睨み合いの末、先に動いたのは植物(?)の触手だ。
2本の触手が前後からスライムに迫る。
「あぶない! 逃げて!」
だが、スライムは一歩も引かない。2本の触手がスライムを搦め捕って持ち上げる。
すると、スライムは身体を変形させて触手の一部を包み込んだ。
「凄い! 触手が溶けてる!」
「そうか! スライムは捕食する側なのか!」
一部を溶かされたことで、形勢不利を悟ったのだろう。触手は慌ててスライムを放り投げる。しかし、スライムは再び触手に近寄っていく。
「スライム! 頑張れ!」
リリアがスライムに声援を送り、ミレナもそれに同調する。
触手はスライムを追い払おうと攻撃を仕掛けたが、その度に一部を溶かされる。
それを数回繰り返した後、スライムは触手との戦いを止めて森の奥に消えていった。
心なしか、その背中は満足げに見える。
「いやぁ……見ごたえのある勝負だった」
「全部食べちゃえば良かったのに……」
俺とゼフレンは手に汗を握る一戦を十分に満喫したが、他の二人は不満げに口を尖らせていた。




