密林地帯
未開拓地を少しずつ南に下っていく。
ここまでは順調で、クエストで指定されているエリアには明日か明後日に着く予定だ。
今は午前の休憩中。
ゼフレンが周囲の警戒を担当し、他の3人は身体を休めていた。
すると、魔導書をめくっていたリリアが声を上げる。
「あっ! この魔法面白そう」
「……認識阻害魔法?」
「目の前にいるはずの人を認識できなくなる魔法みたい。良かったね、グレイン。女の子の部屋に入りたい放題だよ」
「するか! ミレナも真に受けないでくれ……」
リリアが悪戯な笑みを浮かべて軽口をたたき、それを聞いたミレナは自身を抱いて俺に背を向ける。しかも、蔑みの視線というオマケ付きだ。
「ゴメンゴメン。それは冗談として、敵の拠点に潜入したり、モンスターに接近するときに役立つと思わない?」
「確かに良さそうだね。……でも、私はこっちの行動阻害魔法も気になるなぁ」
「なになに……。『身体が思い通りに動かなくなる魔法です』だって」
「下に注意書きがあるぞ。『使い方や出力の調整を誤ると後遺症で廃人になったり二度と身体を動かせなくなったりする恐れがあります。絶対に人間には使わないようにしましょう』か。……恐ろしい魔法だな」
さすがにこの魔法の実験台にはなれないな。
「ミレナって意外と恐ろしい子だね」
「ち、違う! こんな怖い魔法だとは思わなくて……」
多分、注意書きの部分を読んでなかったんだろうな。
……待てよ?
「なあリリア、認識阻害魔法も後遺症で目が見えなくなったりしないよな?」
「えっ? ……ホントだ。『視力低下や失明の恐れがあります』だって」
「実験台になる前に気づいて良かったぁ」
急に変な汗が噴き出してくる。
あやうく俺の冒険者人生が終了するところだった。下手すると人生そのものが終了していたまである。
「ねえ、こう書いてあるってことは誰かに――」
「ミレナ、それ以上はいけない」
妨害魔法の実験台になるのはやめておこう。
二日後の昼頃。
俺たちはクエストで指定されたエリアにやってきた。
今日からしばらくの間、この地域の生態系を調査する。
危険な生物を発見すれば、その情報が冒険者たちに共有されたり討伐クエストが発行されたりするのだ。
この辺りは密林地帯で、薄暗く遮蔽物が多いせいで見通しが悪い。
そして何より――
「ムシムシしていて暑いなあ……」
「すごい湿気だね……」
隣を歩くミレナもうんざりした表情だ。よく見ると、額にはうっすらと汗が浮かび始めている。
「その恰好だと余計に暑いよね」
「ローブの中が大変なことになりそう。グレインの鎧も通気性が悪くて暑そうだね」
これまで以上に内側を綺麗にしておかないとすぐに臭ってきそうだ。
ミレナに『臭い』って言われて距離をとれられたくない!
そんなことを考えていると、スッと恐ろしいほど自然な動きでミレナが一歩離れる。
…………え?
サーッと血の気が引いていく。
俺は恐る恐るミレナに尋ねた。
「俺、もしかして汗臭い?」
「ち、違うよ! そんなことない! ただ、そのぉ……」
ミレナが顔を赤らめ、何か言い辛そうにしている。
その様子を見て、思考がどんどん悪い方に引っ張られていく。
「やっぱり俺、く――」
「だから違うの! ……私こそ、服の下が絶対蒸れてるから、その」
ミレナの声がみるみる小さくなる。
俺は何ということをしてしまったんだろう。ミレナを辱めてしまうとは。
せめて、彼女を安心させてあげないと!
「大丈夫! たとえ蒸れててもミレナは良い匂いだから!」
「グレインのバカ! 変態!」
「何で!?」
ミレナは俺の背中を強く叩くと(鎧を思いっきり叩いたせいで痛そうだった)、そのままリリアの後ろに隠れる。
ニヤニヤと笑うリリアと目が合った。
「変態。匂いフェチ」
「誤解だ!!」
何とか二人の誤解を解き、交代で水浴びをした後、俺たちは生態系の調査をしていた。
「この辺りの植物は他と全然違うね」
「初めて見るものが多いなあ……」
「あの赤い植物、綺麗だね」
俺とミレナが感嘆の声を漏らす横で、ゼフレンが筆を動かす。
すると、実物をそのまま取り込んだかのような絵が浮かび上がった。
といっても墨書きなので、鮮やかな赤い花や薄緑の蔓までは表現できないのだが……。
「お兄ちゃん、絵も上手なんだね」
「リリアは知らなかったの?」
「子供のころ、絵をかいて遊んだりしなかったから」
野山で走り回って遊ぶ、小さなリリアの姿が思い浮かんだ。
きっとゼフレンのことを振り回していたんだろうなぁ。
「グレイン、なんか変なことを考えてない?」
「き、気のせいだよ」
追及を避けるべく、そっと目を逸らす。
リリアは訝しんでいたが、それ以上何も言わなかった。
日が傾き始めたので、俺たちは野営の準備を始める。
しばらくこの付近にいる予定なので、少しでも開けて風通しの良い場所を選んだ。
「ねえみんな。寝床は地べたに草とかを敷いてちょっとだけ高くしない?」
リリアの提案に、ミレナが真っ先に賛同する。
いつもは地べたなのに、今日に限ってどうしたんだろう。
そう思っていると、木々の隙間にいる細長い生き物と目が合った。蛇だ。
その瞬間、リリアたちが地べたで寝たくないと言い出した理由を察した。
あの蛇は他にも生息している種類で無毒なのだが、二人にとって気休めにもならないだろう。
結局、俺たちは寝床の下に草木を敷き詰めるのだった。




