魔導書は今日も往く
魔導書をギルドに預けて外に出ると、カティア様が俺たちを呼び止めた。
そのまま馬車の中に案内される。
「みんなには負担をかけるわね」
「魔導書がついてくるのですから、仕方ないですよ」
ミレナが苦笑する。
その表情を見て、カティア様とグラシアさんが柔らかく微笑んだ。
「何かあったら声をかけてね。わたくしにできることなら何でもするから」
「私たちの方でも色々と調べてみます。王都にいる知り合いにも声をかけてみますね」
「その人は信用できる人なの?」
「彼女の人柄は良く知っているので大丈夫ですよ。魔法学校の後輩で、私より優秀な子ですから、魔法の実力も申し分ないかと」
「へぇ……。グラシアより優秀というのは相当ね。今は宮廷魔術師かしら?」
「それが……。誘いを断って冒険者になったみたいです」
ん? どこかで聞いた話だな。
俺の脳裏に、一人の女性の顔が浮かんだ。……まさか、な。
「でも、そんなすごい人とグラシアさんの二人が力を合わせれば、魔導書の謎もあっという間に解けるかもしれないね!」
「か、買い被りすぎですよ」
グラシアさんが頬を染めて苦笑を浮かべた。
次の日の夜、俺たちはレイヴェルクから南東に歩いて1時間ほどの森にいた。
魔導書はフェルドリッジ伯爵家の屋敷にあり、カティア様とグラシアさんが監視してくれている。
二人は『魔導書がひとりでに移動しているのかどうか、この目で確かめる』と意気込んでいたが、どうなることやら。
「今日は普通に過ごせば良いんだよね?」
「うん。特別なことはせず、いつもと同じように眠るだけだ」
今日もミレナから順番に夜の見張りを行う。
俺はミレナの次、2番目だ。いつもならミレナが見張ってくれる間、眠って身体を休めるんだけど――
「目が冴えて眠れない……」
眠ろうと思えば思うほど、目が勝手に冴えてしまう。
しばらく横になっていたが、眠気が全くやって来なかったので、俺はミレナのところに向かうことにした。
「あれ? もうそんな時間だっけ?」
ミレナはそう言いながら空を見上げて時間を確認する。
「寝付けなくてね……。仕方ないから、ミレナと話そうかなーと」
「ふふっ。グレインが眠れないのは珍しいね」
「いつでもどこでも眠れるのが一番の長所なんだけどな」
「……そんなこと無いよ」
しっとりとした声に、思わずドキッとしてしまう。
いつもは年相応の明るく元気な声だが、こんな声も出せるんだな。
「明日に備えて、今は寝ておいた方が良いんじゃない?」
「ま、まあ、明日は帰るだけだし、多少寝不足でも大丈夫だよ。それに、見張りが終わった後なら眠れると思う」
「そっか」
ミレナの声が嬉しそうに聞こえたのは、俺の願望によるものだろうか。
「ミレナはさ、あの魔導書のことをどう思ってるの?」
「うーん……。すごく貴重な物だし、私がそれを手にできるのは奇跡だと思う。紛失したときのリスクが大きすぎるけど、頑張って守るしかないよね」
「いっそ、常にミレナのそばをついて回ってくれれば良いのにね」
「ふふっ。それだと、私ごと連れ去られちゃうよ」
「あー。ミレナがいなくなるのは嫌だな……」
「…………ばか」
そんなこと、想像したくもない。
ミレナもその光景を思い浮かべたのか、うつむいてしまう。
たまにパチパチと音を立てる焚火が、俺たちを照らしていた。
朝になった。
結局、見張りを終えた後もなかなか眠気はやって来なかったため、睡眠時間はいつもの半分ほど。それでも頑張って目をこじ開け、支度を済ませる。
「おはよう……」
自分でも驚くほど元気の無い声が出た。リリアが苦笑を浮かべている。
「眠たそうだね。魔導書のことが気になって寝付けなかった?」
「そうかも。……ミレナは?」
「まだ寝てるよ。すごく幸せそうな寝顔をしてた」
「良い夢を見てるのかな?」
今日はうなされていないようなので、ひと安心だ。
眠い目をこすりながらリリアと話していると、先にゼフレンが、さらに5分ほど遅れてミレナが起きてきた。
やはり、彼女は魔導書を手にしている。
「ミレナ、それ……」
「うん。枕元に来てた」
「あたしが起きたときには無かったはずなのに……」
うーん、今回はレイヴェルクから1時間ほどの距離なんだけど、追いかけてきたようだ。
街の宿には来ないらしいが、どこが基準なんだろう。
「とりあえず、ご飯を食べて支度したら街に戻ろう。カティア様たちが何か見ているかもしれないからね」
俺はゼフレンの言葉にうなずくと、朝ご飯の準備に取りかかった。
その後、俺たちはフェルドリッジ伯爵家の屋敷を尋ねた。
カティア様は若干眠たそうに見えるが、それでも俺たちを歓迎してくれる。
ミレナが円卓の中央に魔導書を置くと、カティア様がそれに目を落とした。
「やっぱり、ミレナのところへ行っていたのね」
「はい。朝起きたら枕元に……」
「あたしが見張りのために起きたときにはありませんでした。起きたのは夜明け前より少し前かな? だから、あたしが見張り中に来たんだと思います」
リリアの言葉に、カティア様たちが小さくうなずく。
「わたくしたちも、ちょうどそれくらいの時間まで起きていたの。だけど、急に耐えがたいほどの眠気がやってきて……」
「私たちが意識を取り戻した時には朝になっていて、魔導書も無くなっていました」
どうやら、二人とも魔導書が無くなる瞬間は見ていないらしい。
と言うより――
「魔導書に眠らされた、ということでしょうか?」
「確証はありませんが、多分そうだと思います。私もお嬢様も、それまで全く眠気が無かったのに、急に眠りに落ちてしまいましたから」
ということは、魔導書が移動するところを見るのは無理そうだな……。
ちょっと見てみたかったんだけどなぁ。




