魔導書リターンズ
翌日。俺たちは未開拓地の南側に向けて出発した。
今回のクエストでは、森の中に自生するキノコを収穫しに行く。目的地までの距離は片道三日ほどなので、七日前後でクリアできるはずだ。
「今回採るキノコって料理に使うキノコなのかな?」
「この絵のキノコはたぶん料理用だと思う。良い出汁が取れるんだよね」
「へぇー。さすがリリア。詳しいね」
「ま、まあね。あたしも料理するから、それぐらいはね」
その情報、ついさっき俺が教えたんだけどな。まあ、わざわざ指摘しないけど。
今回収穫するキノコは、未開拓地の中にしか生えていない。なおかつ良い味が出るので、市場では高値で取引されている。
俺もまだ食べたことが無いので、一度食べてみたいなあ。少しだけ余分に収穫して、クエスト中に食べちゃダメかな……?
「目的のキノコは依頼書に書いてある通りだけど、周囲に毒キノコがあるかもしれない。お腹が空いても確認せずに食べちゃダメだよ」
「お兄ちゃん、あたしはそんなことしないから安心して。むしろミレナが心配だなぁ……」
「わ、私も食べないよ!」
ミレナが抗議の声を上げると、リリアがケラケラと笑う。
ややあって、ミレナも「ふふっ」と笑みをこぼした。
その日の夜。夕食を終えた俺たちは、焚火を囲んで団欒していた。
「そういえば、ミレナは昨日まで魔導書を書き写してたんだよね」
「うん。ギルドに置いている間に、水魔法だけでも写したかったから……」
地図作成クエストを終えてからの数日間、俺たちは休養を取っていたが、ミレナは魔導書を書き写すために毎日ギルドに通っていた。
「もう写し終わったの?」
「とりあえず水魔法だけ。…………ほら、これ」
ミレナが自分の荷物の中から魔導書の写本を取り出し、リリアに手渡した。
「ホントだ。それにしても、ミレナは字も綺麗だね」
そう言いながら、リリアは写本を俺に回してくれる。俺はそれを受け取ると、パラパラとめくった。
「本当だ。可愛くて綺麗な字だ」
「――っ!」
無意識のうちに、ポロリと感想が漏れた。……あれ? 俺、今なんて言った?
「あれ? ミレナ、顔が赤いよ?」
「焚火のせいだから! グレインも乗っ取られてないくせに口説かないで!」
「あ、はい」
……乗っ取るとは?
まるで誰かが俺の身体の制御を奪って、好き勝手に振る舞う可能性があるかのような発言だ。でも、精神系の魔法の中にはそういう魔法もあるのかな? 詳しくないから分からないけど……。
そんなことを考えつつ、写本に目を落とす。
「あれ? これって上級魔法?」
「うん。あの本に載ってたの。未開拓地の奥にはどんなモンスターがいるか分からないから、私も上級魔法を使えるようになった方が良いと思って」
ミレナが少し首をすくめて俺の方を見てくる。その姿は、俺に同意を求めているように見えた。
もちろん、俺に拒否する理由はない。
「良いと思うよ。だけど、無理しないでね」
「分かった。ありがとう」
「良かったね、ミレナ」
ミレナとリリアが笑い合う。
俺とゼフレンはそんな二人を見て、目を細めた。
その日深夜。
いつものように、1度仮眠を取ってから見張りを担当する。
生活のリズムを一定にするため、基本的に見張りの順番は固定していて、俺はいつも2番目だ。
最初はミレナが担当で、少し前に交代した。今頃きっと夢の中だろう。
「良い夢を見てると良いな」
俺はそんなことを考えつつ、周囲に対する警戒を続けた。
「う、うう。…………うーん」
自分の見張り番が終盤に差し掛かった頃、苦悶の声が聞こえてきた。
「誰かが悪夢にうなされているのか?」
声の方向からして、ミレナかリリアのどちらかだ。気になるが、女性が寝ているところに寄っていくのはマズい。
ハラハラしながら様子をうかがっていると、ゴソゴソという音とともに、「んん……」という声が聞こえてきた。どうやら身体を起こしたようだ。
「え? きゃあああ!」
直後、ミレナの悲鳴が響き渡る。
「ミレナ!?」
俺は慌ててミレナの元へ駆け寄った。
「あ、あああ……」
「ミレナ、どうし――っ!?」
俺とミレナが驚愕で目を見開く。
彼女の枕元に、ここにあるはずの無いものが置いてあったから。
冒険者ギルドで管理されているはずの、あの魔導書が。
「んー? みれな、どうかした?」
「何かあったのかい?」
隣で眠っていたリリアが上体を起こし、離れた場所で寝ていたゼフレンもやってくる。
二人も魔導書を目にして、顔を青くした。
「ウソ……。ミレナが持ってきたんじゃないよね?」
「違う! 私、そんなことしない!」
「ごめん。そうだよね。寝る前には無かったもんね」
……そうなると、魔導書がひとりでに歩いてきた? そんな馬鹿な話があるのだろうか。
そこで、俺はあることを思い出す。
「そういえば、ミレナはどんな夢を見ていたの? ずっとうなされていたけれど」
「えっ? ……あっ!」
夢の内容を思い出したのか、ミレナが固まる。
そして――
「魔導書が私を追いかけてくる夢だった」
震える声で、ミレナはそう答えた。




