幽霊屋敷②
(ミレナ視点)
書斎で鍵束を手に入れた私たちは、2階で唯一鍵が掛かっている部屋の前に戻ってきた。
目の前ではグレインが開錠しようと鍵を1本ずつ試している。
――ガチャッ。
「開いたみたいだね」
グレインがこちらを向いて笑う。たったそれだけのことなのに、胸が苦しい。
騙されるな、私。グレインの中に入っている幽霊が、彼の顔を借りて笑っただけだから。
「開けるよ」
グレインがさりげなく私を背中に隠し、右手でドアノブを回す。
そういえば、彼は幽霊に憑依されてなくてもずっと私を守ってくれてたなぁ……。
ドアが開くまでの間、私の視線はグレインの背中にくぎ付けだった。
「入ろうか」
「うん」
私たちは部屋に入って行く。
この部屋も白骨のあった部屋と同じく、綺麗に片付けられていた。
部屋の中央には天蓋付きのベッドがあり、窓際には書斎のものよりも小さな机と椅子が置かれている。この部屋にも本棚があるが、どの本も触ると崩れそうなほどボロボロだ。
かろうじて生き残っている本の背表紙を見たところ、どれも魔法の入門書だった。
ベッドの雰囲気から察するに――
「魔法使いの女の子の部屋……かな?」
私がつぶやいた途端、ベッドの前に光の玉が現れる。
その光はものすごい速さで私の目の前に飛んできた!
――私まで憑依されたらグレインを助けられない!
回避する間もなく光が眼前に迫り、思わず目をつむる。
「……あれ?」
再び目を開けると、光は私の前で浮いていた。
『そう……。あなた、その本を見つけたのね』
「えっ? えっ!?」
急に女性の声が聞こえ、慌てて周囲を見回す。
すると、目の前の光が柔らかく明滅した。
『わたしよ、わたし。幽霊がいきなり話しかけたらビックリするわね。ごめんなさい』
「い、いえ。大丈夫です。それより、あなたの言う本ってこの魔導書ですか?」
『そうよ。途中にメモがあったのに気づいたかしら。あれ、わたしが挟んだの』
「はい、読みました。ですが、後悔するとはどういう……?」
『うーん。仕方ないから見せてあげるわ。魅了魔法に手を出した愚かな魔法使いが犯した罪を……ね』
彼女はそう言うと、部屋の入り口に向かって漂って行く。
私たちはそのあとを追いかけた。
光が向かって行ったのは1階の隠し部屋の奥にある階段の下。隠された地下室だった。
奥に行くにつれ、嫌な空気が漂ってくる。
『あなたたちは何度も死線をくぐり抜けてきているみたいね。それならこれを見ても壊れなさそうね』
そう言いながら光が角を曲がる。その先にあったのは大きな鉄格子と――
「なに、これ……」
大量の白骨だった。
『ひどい光景でしょ? これをやったのは全部わたしなの』
「ええっ!?」
話し方などから生前は優しい女性だと思っていただけに、驚いてしまう。
彼女はそのまま鉄格子をすり抜けていった。
『この人は屋敷の料理長だった。彼の作る料理は絶品だったわ。そして、この人は庭師さん。生真面目な人で、いつも庭を綺麗に保ってくれていたの』
それからも、すべての白骨を私に紹介してくれる。まるで自慢の家族を紹介するかのように。そして、最後に一番奥の、拘束具で繋がれた白骨の前で止まった。
『彼はわたしの大切な、大好きなお父様。わたしがこんな姿になってしまったから、これを外してあげることもできない』
当然、肉の部分は無くなっていて、骨が拘束具に乗っている状態だから簡単に外すことができる。だけど、肉体を失った彼女にはそれすらも不可能なんだ……。
「だったら私が――」
『良いの』
光の玉がくるりと回転し、こちらに戻ってきた。
『わたしは毎朝ここに来て、己の行動に対する後悔と反省の気持ちを魂に刻み込んでいます。わたしが人の心を失わないためにも、この場所はそのままにしておいてください』
彼らを埋葬してあげたいが、彼女の機嫌を損ねて呪い殺されるわけにはいかない。
私は黙ってうなずいた。
『さて、あなたも気になっているでしょうから、どうしてこうなったのかを話すわね。すべては、わたしがお父様の書斎で、その本を見つけたことから始まった』
私は魔導書に目をやる。
『当時の私は、みんなに慕われる立派な当主になりたい。そして何より、好きな人に好かれたいという一心で日々を過ごしていた。そんな欲にまみれた人間が、魅了魔法なんてものを見つけたらどうなると思う?』
「使ったんですか? 屋敷の全員に」
『正解。最初のうちは何事も起こらなかったわ。彼らは心からわたしに忠誠を誓ってくれていたのだから当り前よね』
そうだよね。敵対していた相手なら効果絶大だと思うけれど、元々友好的な相手に使ったところで効果は薄そうだ。
『そう、みんなは最初から何も変わっていないの。なのに、わたしはどんどんおかしくなっていった』
その瞬間、光の玉が紅く染まった。だけど、5、6秒ほどで元の色に戻る。
『ごめんなさい、取り乱してしまったわ。話を戻すけれど、わたしはみんなが優しくしてくれるのは、本心によるものなのか魅了魔法のおかげなのかが分からなくなってしまったの』
「あ……」
それであのメモを書き残したんだ。
『他人を信じることができなくなった結果が、これ。本当に馬鹿な女でしょ? あの時に戻って自分自身を呪殺したいぐらい』
また光が赤く染まりかけるが、今度はすぐに戻った。
「じゃあ、あなたの想い人もこの中に?」
『いいえ。あの人だけは投獄できなかった。人の心を失った化け物にも恋心は残っていたのね。結局、彼はわたしが死ぬ瞬間まで屋敷にいてくれたわ。その後のことは知らないけれど』
「もしかして、その人の名前って――」
私は、1階の白骨が横たわっていた部屋のネームプレートに書かれていた名前を告げる。
『そう……。あの部屋にも行ったのね』
「そこで手紙を見つけたのですが」
そう言って光の玉に手紙を差し出そうとして、やめた。代わりにグレインに渡してもらうことにする。たぶん、これが正解だから。
『手紙……? まさかあの人から!?』
彼女は手紙の封を破って自身の前に浮かせた。
しばらくすると、彼女のすすり泣く声が聞こえてくる。
『ねえ、その部屋に誰かいなかった?』
「いました。今はグレインの中に」
『そう……。そこから出てきて』
彼女がそう言うと、グレインの身体の中から光の玉が出てきた。
それと同時にグレインが崩れ落ちたので、慌てて受け止める。
……変なことを考えちゃダメ。これはグレインがケガしないように支えているだけだから。
私がそんなことを考えている間に、目の前の光たちが明滅を繰り返している。
多分、何かを話しているんだと思う。
しばらくすると、二人の話は終わったようだ。
『彼、わたしのことが心配で成仏できなかったみたい。死んでも一緒の場所に行きたいってさ。絶対行き先が違うよって言ったら、オレも他人の身体を乗っ取って好き勝手に振舞ったから下に行ける……だって』
光がピンク色に変わる。もしかして私、惚気られてる?
すると、彼らの光が透明になり始めた。……成仏しようとしてる?
「あなたも彼のことが心配でとどまっていたんですね」
『二人とも同じ屋敷にいたのに、互いの部屋には行かなかったんだから、バカな話よね。どこかで出会ってたら、あなたたちを巻き込まずに済んだのに』
「でも、私はあなたたちに会えて良かったと思います」
少女の光が一瞬だけピンク色に染まった。
……その反応はなに? 私は小さく身震いした。
『ねえ、最期に良いことを教えてあげる』
「……なに?」
『あなたは彼がグレインを操っていたと思っているみたいだけれど、半分は間違いよ』
「どういうこと?」
『肉体を制御していたのは彼。でも、言動はすべてデタラメというわけでもない』
「デタラメじゃ、ない?」
『彼は、グレインの本音をぶちまけただけよ。だから、彼の口から出ていたのは、正真正銘、彼自身の想いよ』
「えっ?」
頭が真っ白になる。顔は真っ赤になってるに違いない。
問いただそうと一歩踏み出した瞬間、彼女たちは成仏してしまった。




