幽霊屋敷①
(ミレナ視点)
私の目の前で、次々と理解できないことが起こった。
グレインの目の前に光の玉が現れたかと思うと、突然それが彼に突進した。
その直後、グレインが崩れ落ちる。
「グレイン!?」
すぐに彼のもとに駆け寄り、上半身を起こす。……良かった、ちゃんと息をしてる。
治療してもらうためにリリアを呼ぼうとした途端、グレインが「うう……」と小さくうめいた。
「グレイン! 大丈夫!?」
私の呼びかけに応じてくれたのか、彼はゆっくりと目を開ける。
そして、私の顔をじっと見つめて――
「ミレナは今日も可愛いね」
…………えっ?
何が起きたのか理解できない。
いや、紡がれた言葉の意味だけは分かるから、徐々に顔と身体が熱くなる。
だけど、グレインはいきなりこんなお世辞を言う人じゃないし、ところ構わず女性を口説くような人でもない。それに、こんな状況で『可愛い』と言われたからといって喜んでいる場合じゃない。
だから暴れまわらないで、私の心。
いまだに歯の浮くような言葉をささやき続けるグレインから意識を外し、リリアを見る。何故だか分からないけれど、彼女なら何かを知っている気がした。
「さっき言った『霊』がグレインの中に入ったみたい」
頭をガツンと殴られたような衝撃を受ける。それは『追放』や『失恋』の時よりも強いショックだった。
それでも、落ち込んでいる時間は無い。グレインを取り戻すべく必死に声を絞り出す。
「グレインは……大丈夫なの? どうしたら戻ってくるの?」
自分の声を聞くまで、涙が流れていることに気付かなかった。
目の前では霊が心配そうな顔で私を見上げ、涙を拭ってくれる。……中身は幽霊のくせに、外側はグレインなのがずるい。
「たぶん、グレインの中に居る彼を成仏させれば開放してくれるんじゃないかな?」
「成仏……つまり、幽霊の心残りを解消すれば良いんだね」
私が問いかけると、リリアは優しい笑みを浮かべてうなずいた。
「うーん。この幽霊の心残りって何なんだろう」
私は必死に考える。
さっき試しに本人に聞いてみたけれど、甘いささやきを返してきただけだった。
あれをされるたびに思考が強制的に止まるから勘弁してほしい。
「そうだ! 手紙だ!」
さっきグレインが手に取ろうとしていたはず。
私はベッドに歩み寄り、置いてあった手紙を拾い上げる。
中を見る……のはやめておこう。グレインの中にいる幽霊を怒らせるかもしれない。
今はグレインが人質に取られているようなものだから、不用意な行動は慎まなきゃ。
ひと通り部屋の中を調べたけれど、これといった手掛かりは無かった。
私は手紙を手にしたまま2階へ向かう。どうやら1階と同じように左右に廊下が伸びていて、その両側に部屋があるみたい。
「とりあえず、左側から見ていこう」
「ミレナ、足元が暗いから気を付けてね」
そう言ってグレインが手を差し出してくれる。……うう。
私はグレインの掌の上にそっと手を乗せ、彼にエスコートされるように廊下を歩いた。
「開けるよ、気をつけてね」
「うん」
2階の左端の部屋の前。グレインが扉を開けるために手を放してしまったので、自然と呼吸が整っていく。
これ、いつまで続くんだろう。早くグレインを助けないと、私の身体がもたない。
「あれ? 開かない。鍵がかかっているみたいだ」
「鍵? どこかにあるのかな?」
私たちは首をかしげる。だけど、考えても何も思い浮かばなかった。
「とりあえず、他の部屋を先に調べてみよう」
「うん。そうだね」
私がグレインの言葉に同意すると、再び彼が手を差し出してくれた。
ひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、そっと手を乗せる。深呼吸はすぐに効果を失った。
「……結局、すべての部屋を回ることになっちゃった」
今、居るのは2階の右端の部屋。どうやらここは書斎みたい。
部屋の奥には大きな机と肘掛けの付いた椅子があり、その奥には大きな窓がある。だけど、外は真っ暗で何も見えない。
両側の壁の前には大きな本棚が何台も置いてあって、棚には本がびっしりと並んでいる。
でも、どの本も長い年月や虫食いのせいでボロボロになっていた。
「あれ? この本……」
本棚の中に、一冊だけ綺麗な状態で残っている、分厚い本があった。
私は慎重にその本を抜き出し、表紙を眺める。
「魔導書? でも、王都の図書館ですら見たことの無い表紙……」
私はパラパラとめくって中を確認する。
各属性の初級から上級までの魔法の威力や効果と使い方が載っていた。
紙は傷んでいないし、文字も綺麗で問題なく読める。本が傷まないようにする魔法でもかけられているのかな。そんな魔法があれば、だけど。
「あれ? 栞が挟まれてる。……ああっ!」
栞のページを開いた途端、中に挟まれていた紙が地面に落ちた。
私はその紙を拾い上げる。メモ書きか何かかな?
――この魔法は使ってはいけない。特に、好きな人には。絶対に後悔するから。
メモにはそう書かれていた。妙な迫力を感じて思わず身震いしてしまう。
「いったい何の魔法なの? ……魅了魔法?」
そのページに書かれていたのは、精神操作系の上級魔法だった。
名前の通り、使えば対象を魅了することができるらしい。
「……何で好きな人に使ったらダメなんだろう?」
ちょっとだけ考えてみたが、さっぱり分からない。
思考を止めると、視界の中央ではグレインが机の引き出しを調べていた。
「ミレナ! こんなところに鍵束があった!」
思わず心臓が飛び跳ねる。
私は本を脇に抱えてグレインのもとに歩み寄ると、彼が持っている鍵束を手に取った。
付いている鍵は10本ぐらいで、部屋の数に比べるとずっと少ない。大事な部屋の鍵だけをまとめているのかもしれない。
「あの部屋の鍵があれば良いんだけど……」
言いながらグレインに鍵束を返す。
「ミレナの手って柔らかいね。ずっと触っていたくなるぐらいだ」
ほんとうにもうやめて。恥ずかしさでおかしくなりそう。
私はそのままグレインに手を引かれ、鍵の掛かっていた部屋に向かった。




