森の中の廃墟
昼食後、俺たちは森の入り口付近にいた。
「グレインが昼食を作ってくれている間に野営の準備まで済ませたし、暗くなる直前まで地図を描けるね」
「お兄ちゃん! この森は昼間でも薄暗いから、早めに出るからね!」
この森は木々が生い茂っているせいで、光があまり入ってこない。
日没よりも早く森の外に出たいところだ。……おや?
「ミレナ、どうかしたの?」
何か考え込んでいる様子だったので声をかけてみた。
すると、ミレナはリリアをちらりと見た後、俺に耳打ちしてくる。
「この森、なんか変な感じがする。妙に落ち着かないというか……」
「強力なモンスターの気配がするってこと?」
「うーん、そういうのとも違うような……。ごめん、うまく言えない」
ミレナと話していると、前方にいるリリアに呼ばれる。
「二人とも何やってるの? 早く行くよ!」
「ごめん、すぐに行くから! ……グレイン、行こう」
ミレナはそう言うと、俺の手を引いて歩きだす。
その瞬間、強い風が吹いて木々が大きくざわめいた。
俺とミレナは前を歩いていた二人に追いつく。
そこからは前衛の俺が先頭に立って周囲の警戒に当たる。しかし――
「……全然、モンスターの気配がしないね」
ミレナの言葉にうなずく。
こんな経験は初めてのことなので、つい戸惑ってしまう。これはこれで落ち着かないな。
「そうかな? 警戒を緩められるから楽じゃない?」
「さすがに気を抜きすぎだよ。気配を消せるモンスターが居るかもしれないし、森の外から来るかもしれない。気を付けないと」
「ごめんごめん。ミレナの言うとおりだね」
リリアはミレナに「反省します」と言って手を合わせる。
それを見たミレナがクスリと笑った。
「さて、そろそろ暗くなるだろうし、森から出ようか」
キリの良いところまで描けたのか、ゼフレンがそう提案する。
俺たちはそれに賛成し、森の外に向かって歩き始めた。だが――
「あれ? ここ、さっき通った場所だ」
「まずいね。あたりも暗くなってきた」
俺たちの表情に焦りが浮かんでくる。
周囲にモンスターの気配が無いことが唯一の救いだ。
「さっきは右に行って戻ってきたから……こっちかな?」
リリアがそういって左に向かって歩いていく。
俺たちもそのあとを追いかけた。
しばらく歩き続けると、開けた場所に出た。
森の外に出られたと思ったが、すぐにぬか喜びだったことに気付く。
そこには異様な光景が広がっていた。
「なんだ……これ?」
「何で未開拓地の森の中に屋敷があるの!? ここに誰かが住んでいるってこと?」
珍しくミレナが取り乱している。
俺は彼女を落ち着かせるため、努めて穏やかな声をかけた。
「落ち着いて、ミレナ。何があっても俺たちがついてるから」
「……うん」
よかった。ミレナは冷静さを取り戻したようだ。
「それに、今は誰も住んでないよ」
リリアが寂しさを孕んだ表情でつぶやく。
そう。目の前にあるのはボロボロの屋敷で、そこに誰も住んでいないことは一目瞭然だった。
「ねえ、どうするの?」
ミレナが俺の服の裾を掴む。あえて指摘しないが、きっと怖いのだろう。
「せっかくだし、入ってみようよ!」
「リリア!?」
森の入り口付近で怖がっていたリリアはどこへ行ったのだろうか。
今の彼女は目をキラキラと輝かせている。
俺はゼフレンに助けを求めるが、彼は目が合った途端に苦笑いを浮かべてゆっくりと首を横に振った。どうやら、こうなったリリアはゼフレンですら止められないらしい。
「仕方ない。行くか」
「うう……」
少しでも気が楽になれば、と、裾を摘まんでいたミレナの手を握る。
俺たちの様子を見て、リリアがにやりと笑った。
屋敷の入り口の扉は重厚なデザインだ。他はボロボロなのに、扉だけは綺麗な状態が保たれている。
取っ手にそっと手をかけ、ゆっくりと引いてみると、思いのほか簡単に開いた。
「……おじゃましまーす」
ミレナが恐る恐る挨拶するが、返事は無い。
「どうする? 手分けして探索するか?」
「うーん。せっかくだし、4人で一緒に行こうよ」
なにが『せっかく』なのか分からないが、リリアがそう言ったので4人一緒に行動することになった。
俺たちは屋敷の1階から順に調べていく。まずは玄関から見て左側からだ。
「……こんな時にする質問じゃないことは分かっているんだけど、ミレナとリリアは死霊系の魔法って使えたりするのか?」
死霊魔法、それは人間や動物の死体を操ったり、幽霊と対話したりする魔法だ。
使える魔法使いはものすごく少ないらしく、俺も会ったことは無い。正直、二人が使えるとは思っていないが、念のために聞いてみたのだ。
「私は使えないよ」
ミレナはそう言いつつ、ポカリと俺の肩を叩く。
きっとこの質問をしたことへの抗議だろう。
「あたしも使えないよ。だけど、ここの霊は悪い霊じゃないって事は分かる」
……そうか、ここには霊がいるんだな。よし、聞かなかったことにしよう。
ミレナをちらりと見ると、彼女は真っ青な顔で震えていた。リリアめ、余計なことを。
やがて、1階の左端の部屋にたどり着く。
1階左側はいずれも使用人の部屋だったらしく、これまでに入った部屋はどれも長い年月を経たせいで荒れ果てていた。
部屋に入る前に扉の上を見ると、文字が書かれたプレートが付いている。この部屋を使っていた使用人の名前だろう。
「開けるよ」
そう言うと、3人が無言でうなずく。
俺はドアノブに手をかけ、ゆっくりと回した。
「――っ!」
思わず、鳥肌が立った。
他の3人も、誰も何も言わない。リリアの頬には涙が伝っている。
この部屋だけは、他の部屋と違って綺麗に片付いていて、ベッドには白骨が横たわっていた。
俺は一人、ベッドに近づいていく。すると、白骨の傍らに置かれた封筒が目に入った。
――多分、この人が書いた手紙だ。
そう感じ取って手を伸ばそうとした途端、白骨の上に淡い光が見えた。
その光が回避できないほどの速さで眼前に迫ったところで、俺の意識は途絶えた。




