帰還
翌朝。
フェルドリッジ伯爵たちの用事は昨日で終わったらしく、俺たちはレイヴェルクに向けて出発した。
「結局、レイヴェルクの領主は誰になったのですか?」
「一旦保留よ。後任が決まるまでの間、お父様が領主代理を務めることになったわ」
「代理……ですか」
てっきりすぐに後任が決まると思っていたんだけどな。
「レイヴェルクは王国の重要都市の一つだから、領主の就任式を大々的に行う慣例になっているの。今回は急な領主交代だったから、式典の準備ができなかったようね」
「ということは、式典の準備ができ次第、領主が正式に決まるということですね?」
そう尋ねると、カティア様は「ええ」とうなずく。
心なしか、彼女の表情が緩んだように見えた。もしかすると、すでにフェルドリッジ伯爵が次期領主に内定しているのかもしれない。
次の日。
俺は黒塗りの馬車の中でカチコチになっていた。
俺の向かいには伯爵が座り、ぎこちない笑みを浮かべている。
――どうしてこうなった。
俺はチラリと隣に座るゼフレンを見るが、彼の笑顔も引きつっていた。
ゼフレンの向かい、伯爵の隣では、従者のエルドさんが不安そうに俺たちを見守っている。
「ええと、その、グレイン君とゼフレン君だったね」
「は、はい!」
緊張のあまり声が裏返る。
だが、伯爵にもそれを気にする余裕が無さそうだ。
「娘を、カティアを助けてくれてありがとう」
伯爵は深々と頭を下げる。
「滅相もございません! ただ当然のことをしたまででございます」
俺は一瞬頭が真っ白になったが、すぐに言葉を返した。
密室とはいえ、一介の冒険者に頭を下げる貴族など聞いたことが無い。
それだけ、伯爵はカティア様のことを愛しているのだろう。
「カティアがザント団討伐部隊の指揮官に抜擢されたとき、私は誇らしさ半分、不安半分という心境だった」
そう話す伯爵は、当主と父親の顔が同居していた。
「一度目の出兵から戻ってきたとき、カティアの立てた功績も嬉しかったが、それよりも無事に戻って来てくれた事の方がよっぽど嬉しかったぐらいだ」
伯爵は自虐的な笑みを浮かべて「父親失格かもしれぬな」とつぶやいたが、俺にはそう思えなかった。
「二度目は途中で反逆者として捕らえられたと聞く。部下からそう報告を受けたときは目の前が真っ暗になった」
言葉だけ聞くと、連座を恐れたのだと考えることもできる。
だけど、伯爵に限って言えばカティア様を喪うことを恐れたのだと断言できる。
俺も人の親になれば伯爵と同じようになるのだろうか。
「だからこそ、怪我一つ無く戻ってきたカティアを見たときには腰が抜けるほど安心したし、敵の本拠地からカティアを救い出してくれた君たちには感謝してもしきれないぐらいだ」
伯爵の隣では、エルドさんが大きくうなずいている。
視界の端に映る護衛も同じようにしているので、伯爵家の総意なのだろう。本当に、カティア様は周囲の人たちに愛されているな。
「もったいなきお言葉でございます。我々としましても、カティア様を無事救出できたことを心の底から嬉しく思います」
社交辞令ではなく、本心からそう思う。
伯爵が温かくほほ笑む。いつの間にか、父親の顔になっていた。
「どうか、これからも友人としてカティアのことを支えてあげてもらいたい」
俺たちは深々と頭を下げる。
恐れ多くて口には出せないが、彼女の友人としてこれ以上無いほど嬉しい言葉だった。
「それにしても、カティアは昔から私の予想の上をいく子だった。その分心配をかけられることも多かったが、今となっては全て良い思い出だ。そうそう、あの子が5歳の時に――」
……流れ変わったな。
その後、伯爵は宿に着くまでカティア様の魅力を、さまざまなエピソードを交えて語り続けた。意外と聴いていて楽しかった。
約半月後、一行はレイヴェルクに帰還する。
俺たちは伯爵家の屋敷で伯爵たちと別れ、カティア様の馬車で冒険者ギルドまで送ってもらった。
「今回は本当にありがとう。その、色々と」
カティア様が頬を染める。恥ずかしさのせいで目が泳いでいるのが可愛らしい。
「友達を助けるのは当然のことですよ! ……あっ!」
リリアが胸を張って答えたが。すぐに青ざめた。
庶民が貴族の娘に向かって『友達』と口走ったことを気にしているのだろう。
俺たちはハラハラしながらカティア様の反応をうかがう。
「ふふっ、そんな顔をしないで。わたくしもリリアのことは親友だと思っているわ。もちろん、みんなのことも……ね」
カティア様は頬を紅潮させ、上目遣いにそう告げてくる。
そんな彼女は極めて魅力的に見えた。一つ間違えば、恋に落ちるほどに。
「……あら、もう着いちゃったの? 楽しい時間はあっという間ね」
カティア様のその言葉で、俺たちは現実に引き戻された。
放心している間にギルドに到着したようだ。
俺たちはカティア様とグラシアさんにお礼と挨拶を告げて馬車を降りる。
「今度はこの6人で、未開拓地の探索に行きたいわね。今はまだ無理だけど、いずれ」
馬車の扉が閉まる直前に、カティア様がそう発した。




