ミレナの不調
俺たちのパーティがCランクに昇格してから数日経ったある日のこと。
試験の疲れもすっかり癒えたので、昇格後初めてのクエストを受けることになった。
「せっかくCランクになったんだし、一泊二日のクエストを受けようよ!」
リリアが目を輝かせながら提案する。
「正直、僕も二日以上のクエストを受けたかったんだ」
ゼフレンが少し恥ずかしそうにリリアの言葉に同意する。
俺も異論はないので頷いた。
「……」
一同の視線がミレナに集まる。しかし、彼女はどこか上の空だ。
「ミレナ?」
リリアに恐る恐る名前を呼ばれ、ミレナは我に返ったようにハッとする。全員の視線が自身に集まっていることに気付くと、彼女はばつが悪そうな顔をした。
「ごめん、ぼーっとしてた。ええと、何の話だっけ?」
ミレナが申し訳なさそうに聞き返す。
「一泊二日のクエストを受けようって話をしてたんだけど、調子が良くないなら今日は日帰りクエストにする?」
「だ、大丈夫! 私は大丈夫だから一泊二日のものを受けよう!」
リリアが心配そうに尋ねるが、ミレナは平気だとアピールする。だが、どこか無理をしているように見えるのは気のせいだろうか。
結局、ミレナは『大丈夫』の一点張りだったので、俺たちは一泊二日のクエストを受けることにした。ただ、ミレナは明らかに本調子ではないので、薬草採集のクエストを受けることに決めた。
クエストのために未開拓地に向かう途中、街の大通りを歩いていると、ある店の看板が目に入った。この店って確か――。
その日の夜。野営の準備と夕食を終えた俺たちは、焚火を囲んでくつろいでいた。
今日一日ミレナのことを注意深く見ていたが、彼女は恐らく寝不足だと思う。
クエスト中など、身体を動かしている間は普段通りだが、休憩中は時々舟を漕いでいることがあった。……そんなことを考えていると、今まさにウトウトし始めた。
ミレナには少しでも快眠して疲れを取ってもらいたい。そのために俺ができることは一つだ。
「これ、試しに買ってみたんだけど、みんなで飲まない?」
俺はそう言いながら、街で買ってきたハーブティの茶葉が入った袋を見せる。
「良いよ! 面白そう!」
リリアが真っ先に食いついてきた。他の二人も遅れて飲む意思を示す。
その反応を見てから4人分の熱湯と茶葉を準備する。作り方は茶葉を買ったときに店主から教わったので、それに従う。
店主によると、最後にハチミツを加えるのがおすすめらしい。
ありがたいことに少量分けてくれたので、それをハーブティに加える。
「おまたせ。口に合えばいいけど」
完成したハーブティをコップにいれて、みんなに手渡す。
「いただきます! ――んん? なんか変な感じ」
「そうかなあ? 僕は好きだけど」
どうやらリリアの口には合わなかったようだが、ゼフレンはお気に召したようだ。
「なんかおちつく……」
ミレナは一口飲んで小さく息をつく。それを見た俺は密かに胸を撫でおろした。
夜中。火の番を交代するために起きる。
仮眠ほどの時間しか眠っていないが、意外と目覚めはすっきりしていて、疲れも取れている。ハーブティのおかげだろうか。
隣で眠っているゼフレンを起こさないように注意しながら焚火に向かった。
「リリア、お疲れさま。時間だし代わるよ」
「ありがとう。……ねえ、ちょっとだけ話さない?」
彼女が睡眠時間を削ってまで話を持ち掛けてきたということは、他の二人に聞かれたくない話だろうか。
「良いよ。どうしたの?」
「さっきの飲み物、街を出る前に買ってた奴だよね」
「うん。そうだよ」
朝の時点でミレナが不調なのはすぐに分かったので、ギルドを出るまで彼女を観察した。すると、欠伸の回数が妙に多かった。
なので、寝不足または疲労が溜まっているのではないかと推測したのだ。
「あの時点で見当がついてたんだね」
「1年以上一緒にいるからね。それこそ風邪を引いた姿を見たこともあるし……」
実際、今まで色々なミレナを見てきたからこそ素早く予想できたんだと思う。極端な話、今日が初対面だったらこうはいかないはずだ。
しばらく二人でパチパチと音を立てて燃える炎を見つめる。
「そういえば、ミレナがああなった心当たりはある?」
「あたし? ごめん、分からないや」
リリアは申し訳なさそうな顔になる。
「気にしないで。たぶんリリアも知っていると思うけど、ミレナって時々無理しすぎちゃうんだよね。だから、見守るのを手伝ってもらえないかな?」
「もちろん! ミレナは親友だからね!」
そう言うとリリアは屈託なく笑った。
次の日。一度目が覚めたが、まだ夜明け前だった。さすがに起きるには早すぎるので、二度寝を決め込み、そのまま再び眠りにつく。
しばらくして、再び意識が浮上する。
遠くで小鳥のさえずりや誰かの小さな話し声、ざわざわと木々が揺れる音が聞こえてきた。
何となく朝になっていることは分かるが、もう少し寝ていたい。二度寝の頭でそんな感覚を味わっていると、誰かの足音が近付いてくることに気付いた。
ゼフレンかなあ。でも隣から彼の寝息が聞こえる気もするし……。うーん。
覚醒前の働かない頭でそんなことを考えていると、足音は俺のすぐ近くで止まった。次いで衣擦れの音が聞こえてくる。誰かが、俺のすぐ目の前でしゃがみこんでいるのかな。
眠気に抗ってゆっくりと目を開けると、そこにいたのはミレナだった。
なんでミレナがここにいるんだ……? 寝るところをまちがえたのかな?
ぼんやりと考えていると、ミレナは俺が起きたことに気付いたようで、彼女の顔が赤く色づいていく。
彼女は目を泳がせた後、「お、おはよう」とだけ言い残し、慌てた様子で去っていった。
俺がミレナの行動に疑問を持ったのは、頭が回り始めてからのことだった。
朝食用に簡単なスープを作りながらチラリとミレナを見る。
昨日に比べると顔色が良くなっている。リリアはミレナと軽く話したようで、ミレナが『昨日はよく眠れた』と言っていたことを教えてくれた。
「ねえ、グレイン。この具材はこの大きさで大丈夫?」
「うん、いい感じ。じゃあ次は火が通るのに時間がかかる順に、鍋に入れていくよ」
「はい、師匠!」
そのリリアは俺の料理を手伝ってくれている――というより、彼女に料理の指導をしているという表現の方が正しいかもしれない。
今日は時間に余裕があり、他に準備するものも少ないから、リリアに料理を教えている。
彼女は意外と手先が器用で、少し教えただけなのに食材を難なく切ってみせた。最初は苦戦していたみじん切りも、あっという間にコツを掴んでしまった。
このペースだと俺たち、特にゼフレンの胃袋を掴む日もそう遠くないかもしれない。
「……」
ふと視線を感じたのでそちらを向くと、ミレナがじっと俺たちを見ていた。どこか不機嫌そうに見える。
「ミレナ、お腹が空いたのかな?」
「それ本気で言ってる?」
「えっ? どういうこと?」
質問の意味が分からずに聞き返すが、リリアは虚無の表情で俺を見るだけだった。
しばらくミレナの行動について考えたが、答えが出ることはなかった。
クエストを終えて街に戻る。時刻は夕方、門限まで残り1時間を切っている。
「今日もお疲れさま。また明日も頑張ろう」
ミレナはそう言って足早にギルドを出ていく。何か用事があるのだろうか。
ふと、王都にいた時のことを思い出した。あの頃、ミレナは毎日のようにクエストを終えてから魔法の練習をしていたっけ。
「もしかして?」
王都でのこと、試験の時の『役に立ちたい』という言葉、そして最近疲れている様子のミレナ。これらの情報が1本の線につながる感覚があった。
ミレナはそこにいると確信しつつ、俺は城門の外へ向かった。




