Cランク昇格試験⑤
徐々に空が白み始め、それから周囲が明るくなってきた。
何事もなく朝を迎えられたことに安堵し、今日ばかりは神に感謝する。
「ん、んん」
ミレナが目を覚まして起き上がる。まだ眠たいのか、ぼんやりと地面を眺めている。
あまりジロジロと見るものではないと思い、彼女から背を向けるようにして立ち上がる。
軽く体をほぐした後、朝食の準備をすることにした。
朝食と支度を終え、少し早めに出発する。今はとにかく二人との合流を急ぎたい。
昨日と同じくミレナを背負って移動する。ミレナのケガは意外と重傷だったのか、まだ歩くと激痛が走るらしい。
早くリリアに治療をお願いしたいところだ。
「霧が晴れて良かったね」
昨日の濃霧はいつの間にか消え去り、視界は良好だ。
「いつもより目の位置が高いからなんか新鮮」
そう言いながらミレナはキョロキョロと周囲を見回す。彼女の身長は150cmほどなので、いつもより30cm以上高いのかな?
「私も何か見つけたら教えるね」
「うん。お願い」
二人で周囲を警戒しつつ先を急ぐ。
しばらく歩くと森を抜ける。そのまま歩き続けると、見覚えのある道に出た。
「ねえ、グレイン。ここって……」
「ああ。昨日通った道だ!」
安心のあまり体の力が抜けそうになる。だが、喜ぶのはまだ早いと自分に言い聞かせる。
「二人はどっちに居るのかな?」
ここで行き違いになると大きく時間を消費してしまい、制限時間に間に合わなくなる。慎重に考えないと……。
「よし。何か目印を置いて、街に向かって進もう」
「わかった」
その後も俺たちは街の方向に歩き続ける。気が付くとレイヴェルクの北側にある森に差し掛かっていた。
「この森を抜ければレイヴェルクの北に出るね。……二人はどこに居るんだろう?」
「ここまで何の目印も無かったから、多分後ろにいると思う。歩くのは向こうの方が早いと思うから、もうすぐ追いついてくるよ」
「うん。そうだね」
ミレナの声が少しだけ明るくなった。
――タタタッ
「はあっ!」
――カサカサッ!
「くっ!」
「はあっ!」
さっきから多くのモンスターに遭遇している。大半は小型のモンスターなので普段なら苦戦しないのだが、ミレナを背負いながら戦うとなると話は別だ。
最初のうちは戦闘のたびにミレナを降ろしていたが、何度も立ったり屈んだりで足が辛くなってきたので、今では背負ったまま戦っている。
攻撃をミレナに任せ、俺は移動と方向転換に徹することでモンスターを撃退する。
――ガサッ、ガサガサッ
「――っ!」
一際大きな音が響き、俺たちは身構える。今までのモンスターとは違う、もっと大きな何かが近付いてきている。
「ミレナ」
「うん」
二人で短くコンタクトを取り、音の方向を向いて攻撃の体勢を整える。
音が近付くにつれてミレナが発する魔力が増幅していくのを感じる。
――ガサッ!
「ミレナ!」
「えっ!? リリア!?」
「うう、みれなぁ……」
「リリア、あいたかったよぉ」
俺たちに近づいてくる音の正体はリリアだった。
俺がミレナを降ろすと、リリアがミレナに飛びつく。
しばらくの間、涙を流して抱き合う二人を見守った。
「グレイン、君たちが無事で良かった」
リリアから少し遅れて、ゼフレンが到着する。息を切らしているから、リリアが走り出したのを追いかけてきたのだろう。
「ゼフレンたちも無事で何よりです」
そう言うと、俺たちはコツンと拳を突き合わせた。
リリアがミレナの足を治療し終えると、俺たちは移動を再開した。
太陽の位置からして、街に着くのは正午あたりになると思われる。急がないと!
「ゼフレンたちはあの後、大丈夫でしたか? 周辺をモンスターが飛んでいましたが……」
「ああ。幸い向こうは僕たちに気付いていなかったから、慎重にその場を離れたんだ。そのせいで山の途中で野営することになってしまった」
ゼフレンが遠い目をする。彼らは彼らで苦労したのだろう。
ちらりと後ろを見ると、ミレナとリリアが嬉しそうにしている。その姿を見ると、俺たちの日常が戻ってきたことを実感する。
「グレインは大丈夫かい? 一睡もしていない上、ここまでミレナを背負ってきたんだろう?」
「足に疲労が溜まっていますが、街まではもつと思います。眠気も、体を動かしている間は大丈夫かと」
「……そうか」
ゼフレンが心配そうに見つめてくるが、まだまだ体力が残っているように装う。
せめて街までもってくれよ、俺の身体。
「城門が見えたよ! あと少し!」
いつの間にか俺たちは走り出していた。前を行くリリアが城門を見つけて声を上げる。
「グレイン、もう少しだよ」
ミレナが心配そうな顔で俺をのぞき込む。『一緒に頑張ろう』という言葉がうまく発せず、代わりに荒い息が漏れる。
「グレイン、もう少しの辛抱だ」
ゼフレンはリリアのすぐ後ろを走りながら、時折振り返って俺のことを心配そうに見つめる。俺は声を出すのを諦め、拳を上げて返事する。
足が重い。体が重い。足を酷使しすぎた? それとも昨日一睡もしていないから?
足がもつれて転びそうになるが、何とか踏みとどまった。今足を止めると、二度と歩き出せなくなる気がする。
さっきからずっと足が悲鳴を上げている。前に進みたいという気持ちに足がついてこない。
「――!」
ミレナが速度を緩めて隣に並び、俺の手を握った。そのまま彼女と併走する。
不思議だ。きみが俺の手を握った瞬間、力が溢れてきて足が軽くなる。きみとならどこまでも走っていける気がするよ。
――ゴーン、ゴーン
正午を知らせる鐘の音を聞いて我に返る。
あの後のことはよく覚えていない。気が付くと、俺たちはギルドに居た。
目の前でミレナとリリアが嬉しそうに抱き合っていて、その向こうではギルドの窓口担当のお姉さんが嬉しそうな顔で目元を拭っている。
ああ、俺たちは合格したんだな。そう実感した途端、抗えないほどの眠気が押し寄せ、なすすべもなく飲み込まれた。
「ん? ここは……?」
目が覚めると、見知らぬ場所で寝かされていた。
その直後、腹部に強い衝撃が走る。
「ぐえっ」
「グレイン、良かったぁ……」
俺の腹部から、くぐもったミレナの声が聞こえる。
周囲を見回すと、ほっとした表情のゼフレンと、呆れ顔のリリアがこちらを見ていた。リリアは俺と目が合うとサムズアップしてくる。
「ええと、ここはどこ?」
「冒険者ギルドの医務室ですよ」
そう言いながらお姉さんが部屋に入ってくる。
……あれ? なんかちょっと怒ってる?
お姉さんは俺が寝かされていたベッドのそばに立ち、腰に手を当ててこちらを見下ろす。
「みなさんから話は聴かせてもらいました。私、『非常時には救助を呼べ』って言いましたよね? パーティが分断されて互いに行方知れず。これを非常時と言わずして何と言いますか!」
「ごめんなさい……」
返す言葉も無いので、素直に謝る。
「試験はダメでもまた受け直せます。ですが、みなさんの身に何かあれば、取り返しがつかないんですよ……」
お姉さんは悲痛な面持ちになる。まるで過去にそれを経験したかのような雰囲気だ。
「みなさんが無事に戻ってきてくれて、本当に良かった……」
俺たちの友人として掛けてくれたその言葉は、涙に濡れていた。
しばらくして、お姉さんが落ち着きを取り戻す。
「先ほどは、お見苦しいところをお見せしました。申し訳ございません」
「いえ。僕たちも軽率でした。今後はこのようなことが無いように心がけます」
ゼフレンの言葉に合わせ、俺たちも頭を下げる。
「個人的に色々と言いましたが、合格であることに変わりはありません。ですが、みなさんの身に何かあったときに悲しむ人が居ることも覚えておいてくださいね?」
お姉さんはそう言って一礼すると、医務室を出ていく。
俺たちはお姉さんの言葉を肝に銘じるのだった。




