Cランク昇格試験④
「ん、痛てて……」
少し意識が飛んでいたようで、気が付くと仰向けに倒れていた。
全身――特に背中――が痛いが、運の良いことにまだ生きている。
視界には木々の幹や枝、葉が広がっていて、それより上は見えない。
息を吸い込むと、むせ返るような土と草のにおいを感じた。
どうやらここは森の中らしい。草や木がクッションになってくれたから助かったのだろう。
うまく頭が働かず、しばらく仰向けまま木々を眺める。いつもよりずっと低い視点から見上げる森はいつもに増して不気味に見えた。
「う、うぅ……」
「――っ! ミレナ!?」
ミレナの小さなうめき声にハッとして、首を回して彼女を探す。
鎧が間にあるせいで気が付かなかったが、ミレナは俺の身体の上にうつ伏せに倒れていた。息はあるようだがケガは無いだろうか。
「ミレナ、大丈夫?」
「うぅ……ん、……んん?」
ミレナは顔を上げてこちらを見つめるが、目の焦点が合っていないようにぼんやりしている。少なくとも頭や顔、首元にケガはない。
「ミレナ、ミレナ」
仰向けを維持したまま、ミレナの顔の前で手を振ってみる。すると、彼女は今の状況に気付いたようだ。
「――っ!」
ミレナの顔に赤みが差し、慌てて起き上がる。
俺の上に落ちたのは不可抗力だから、気にしなくても良いんだけどなあ。
この後、ミレナが落ち着くまでに少し時間を要した。
「やっぱりここは山の南にある森だよね」
ミレナが冷静になったので、二人で話し合って状況を整理する。
「うん。俺が覚えている限りだと、このまま東に向かえば昨日通った道に出る。そこまで行けば二人と合流できるはず」
「大声を出したら二人と会話できないかな?」
「俺も考えたけど、周囲のモンスターを刺激するからダメだね」
「それもそっか」
ミレナがしゅんとする。心細いだろうけど、耐えてもらうしかない。
モンスターといえば、俺たちが気を失っている間にモンスターたちが寄ってこなくて良かった。もしあのタイミングで襲われていたらと思うとぞっとする。
しかも、俺たちが倒れていた体勢から考えると、最初に襲われるのはミレナだ。
そう考えるとつくづく幸運だったと思う。
「ここは見通しが悪いから、少し移動しようか」
そう言いながら立ち上がり、ミレナに向かって手を差し出す。
「ありがとう。――痛っ!」
ミレナは俺の手を取って立ち上がろうとするが、痛みを訴えて座り込む。
「大丈夫!? どこが痛いの?」
「足、落ちる前に捻ったんだった」
そうだったのか。ならば俺にできることは一つだ。
俺は背負っていた荷物を前に回し、ミレナに背を向けてかがむ。
「ミレナ、乗って。二人と合流するまで俺が足になるよ」
「えっ!? でも……」
ちらりとミレナを見ると、申し訳なさと恥じらいが同居したような顔をしている。
「良いから。ミレナの夢を叶えるためにも、二人と合流してCランクに上がろう?」
「私の夢――。分かった、いくよ」
ミレナは覚悟を決めたように答えると、俺の背中にゆっくりと体重を預けてくる。
少し遠慮がちな体勢だが、彼女の姿勢が定まったのを確認してから俺はそっと立ち上がり、歩き始めた。
「ねえ、重くない?」
「大丈夫。軽いぐらいだよ」
「……ありがとう」
俺の言葉に安心したのか、首元に回されているミレナの腕が少しだけ強く締まる。
恐らく背中に密着したのだろうが、鎧のせいで感覚はない。チクショウ。
だが、彼女の少し荒い吐息が耳にかかってくすぐったい。
「せめて、二人の姿が見えれば良かったのにね」
このままだとおかしくなりそうなので、ミレナと会話して気を紛らわせようとする。
「ただでさえ上が見え辛いのに、霧まで出てるとどうしようもないよね」
あ、ヤバい。耳元で囁かれると、もっとドキドキする。鼓動の音がミレナに聞こえていないだろうか。
俺はミレナの性格と容姿だけでなく、声さえも好きだということに気付いてしまった。
その後も理性を総動員しながら歩き続けたのだった。
しばらく歩き続けると、少し開けた場所に出た。
見上げると木々が途切れているので、霧が晴れれば光が入ってきそうな場所だ。
「今日はここで野営しようか?」
「そうだね。もう暗くなり始めてるから、ここが良いと思う」
ちょうど良い大きさの切り株があったので、そこに布を敷いてミレナを座らせる。
「ミレナはここで休んでて」
「えっ、でも……」
「安静にしてないと良くならないよ。俺のことは気にせずに回復に専念してね?」
そう言うと、野営の準備を始める。モタモタしていると真っ暗になってしまう。
前のパーティで一通りやっていて良かったと思いながら準備を進めていく。
「グレイン、火は起こしたよ」
「えっ?」
俺が驚いていると、ミレナは拗ねたような顔になる。
「座っていてもできることはあるんだから。……できることだけでも手伝わせて?」
「うん。じゃあ――」
野営の準備は想定よりもずっと早く終わった。
パチパチと音を立てて燃える焚火を見つめる。
ミレナは火を挟んだ向こう側で横になっている。
今日は朝まで俺が見張りをする。
ミレナは半分ずつ交代したいと言ってくれたが、俺が譲らなかった。
『しっかりと睡眠をとって、少しでもケガを治してほしい』と言うと、彼女は渋々納得してくれた。
「ねえ、グレイン」
名前を呼ばれて我に返る。
「ミレナ? まだ起きてたんだね」
「うん、ごめんね。もうちょっとだけ話がしたくて」
やっぱり二人とはぐれて心細いのだろうか。ミレナが眠りに落ちるまで話し相手になることにした。
しばらく他愛のない話をしていると、急にミレナが静かになった。
もう寝てしまったんだろうか。そんなことを考えていると、急にミレナが起き上がった。
「……ミレナ?」
何やら様子がおかしい。彼女は神妙な面持ちでジッとこちらを見ている。
しばし見つめあった後、ミレナがゆっくりと口を開く。
「私、グレインに助けてもらってばかりで何も返せてない」
「仲間なんだから助け合うのは当然だよ。だから気にしないで」
俺がそう言うと、ミレナは覚悟を決めたような表情に変わる。
だが、どこか無理しているような気がする。
「ねえ、グレイン。何か私にできることはないかな? どんなことでも良い。何だってする。……その、エッ――」
「ミレナ」
これ以上はいけない。そう直感した俺は、できるだけ優しくミレナの言葉を遮る。
彼女は話の途中からずっと小さく震えていた。この話をするのも相当な勇気がいっただろう。
「ねえ、ミレナ。きみは俺に何も返せていないと言うけれど、それは間違ってるよ。俺はきみと出会った日から、多くのものを貰っている」
「……」
「レイヴェルクで再会した時もそう。実はあの時、俺は心が折れかけていたんだ。あの日きみと再会できなかったら、とっくに冒険者を辞めていたと思う」
「そう……だったんだね」
「それに、緊急クエストで活躍した後、きみはいつでも上のランクのパーティに移籍するチャンスがあった。それでもきみは、俺たちと一緒に冒険することを選んでくれた。実はあれ、めちゃくちゃ嬉しかったんだよ? それから――」
その後も、ミレナに助けられたことや彼女の魅力を語り続けた。
「グレイン、分かったからもう許して……」
やがて、ミレナが弱々しくつぶやきながら顔を背ける。どうやら照れてしまったみたいだ。
一時はどうなるかと思ったが、もう大丈夫だろう。
この機会に、ずっと気になっていたことを訊いてみることにした。
「今更だけど、ミレナに訊きたいことがあるんだ」
「なに?」
ミレナが再びこちらを向く。
「ミレナにとって『世界一の魔法使い』って、どんな魔法使いなの?」
「えっ?」
そこでミレナは考え込んでしまう。もしかして漠然とした夢だったのだろうか。
やがて、彼女は迷ったように口を開く。
「今までは、未開拓地の一番奥にあると言われるダンジョンの最奥に辿り着けば『世界一の魔法使い』になれると思ってたんだ。でも、改めて考えるとなんかしっくりこなくて……」
「しっくりこない?」
「うん。何かそれだけじゃ足りない気がして」
どうやら、すぐに答えは出なさそうだ。
「まあ、どんな目標でも最後まで付き合うよ」
「良いの?」
「仲間なんだし当然だよ」
俺がそう言うと、ミレナは嬉しそうに目を細めた。




