美亜 過去
気がつけば松明の周りで揺れる陽炎の向こう、セーラー服の三人組が並んで立っていた。非難するような視線を美亜に向けながら。
「こんなことしたってどうせ何も変わらないんだから」
——気にしちゃダメ。
来てしまった。
だが、これは自分に憑りついた悪いものが為せるものなのだ。だから、気にしてはいけない。声に耳を傾けてはいけない。
そう考えて、美亜が前を向いたときだった。
「無視すんなよ」
ぐいと左腕を引っ張られる。足に力を入れていなければ、無様に転んでいたかもしれない。
「あんたはあたしたちからは逃げられないんだ」
「そうだよ。あははははは」
耳の中を笑い声がこだまする。
島村たち三人分の腕が、美亜の左腕を掴んでいる。ぎゅう、と万力のような力を込めた状態で。
「はな、して」
腕を引きはがそうと腕を振るも、腕は離れない。
「無駄だよ、あんたはあたしたちから離れられないんだから」
むしろ力が増していく。彼らの細い指が、美亜の手首へとめり込んでいく。
——どうなっちゃうんだろう。
視界は涙で潤み、意識が遠くなりかけた。
「——ねえ、あっちに行って」
隣から咎めるような声が聞こえた。
見れば、流奈が島村たちの方を睨みつけていた。流奈には自分が何を見ているかは伝えていない。しかし、彼女にも異端の存在が見えているのだろう。
そして異端たちに対して、流奈は怒りを覚えている。
「この子に手を出すのはあたしが許さない——もうどっか遠くに行きなよ」
流奈がセーラー服の三人をきっと睨みつける。流奈と出会って長い間が経つが、これまでに見たことのない表情だった。
ふっと、左腕から強い力が抜けていった。
「あっ」
美亜の目の前で、セーラー服の少女三人が黒い姿になって溶けていく。彼女たちがいた場所には、もう何もいない。
「大丈夫、美亜は一人じゃないよ。何かあったら守ってあげるから」
安心して。
天使のような微笑みを美亜に向けた流奈は、呆然とする美亜を抱き締めた。温かな腕の感触に包まれると、膝から力が抜けた。
「……ありがとう、ございます」
うれし泣きなのか、緊張が抜けたためか。理由はわからないが、涙が止まらなかった。
長い間続いていた、因幡の声が止まる。風の音と、松明の爆ぜる音だけしか聞こえなくなっていた。
儀式は終わったようだった。
*
「……中学生の頃、いじめられてたことがあるんです」
因幡の走らせる車は、寮のあるS区へ向かって高速道路を走っていた。
その中で美亜は「一体自分が何を見たのか」を因幡と流奈に対して説明していた。話す必要があると感じたからだ。
「春川詩音ちゃん——私が当時仲良くしていた友人へのいじめをやめるようにその三人に言ったんです。それをきっかけに詩音ちゃんへのいじめはなくなったんですが、今度は私がターゲットになってしまって」
それからあとのことは思い出したくもない。
「私がターゲットになってすぐされたことをまだ覚えてます。机の中に給食のぶどうゼリーを入れられたりとかして。あとは……」
続けようとしたが、言葉が続かなかった。
「いいよ、嫌なら無理して言わなくて」
「はい……」
膝の上で震えていた美亜の手を、流奈がそっと握る。流奈がいつも優しいことは知っているが、改めて彼女に感謝した。
「それで、詩音ちゃんとはどうなったの?」
「それが、彼女とも疎遠になってしまいまして。ぶどうゼリーを入れられた日の放課後は掃除を手伝ってくれたりしたんですけど……」
しかしそれ以来、彼女から話しかけられることはなくなってしまった。美亜の方から話しかけることは何度かあったが、どこかよそよそしい態度を取られることが多くなった。
それから何となく話しかけづらくなり、お互いに友人らしい友人もできないまま卒業してしまった。
「何それ、美亜のこと助けてくれなかったの? 自分はいじめから助けてもらったのに」
流奈の口調には少しだけ棘があった。
「だけど仕方がないと思ってます。やっぱり一緒にいづらいと思うんですよ、誰かからいじめられてる人といるのって」
「まあね……」
流奈は頷いたが、どこか納得していない顔をしていた。
「だけど、いじめを辞めるように言ったことは後悔してません。あれでよかったです。だけど」
「だけど?」
「それ以来自分のどこかでストッパーみたいなものがかかってしまったように思えたんです。その、『自分の思ったこと』をあまり言えなくなったりだとか……」
美亜が人前で自分の話をできなくなったのは、きっとそれ以来だ。
「……大変だったんだね」
よしよし、と流奈が美亜の頭を撫でる。
「美亜、あなたのようなアイドルと働けることを誇りに思います」
運転を続ける因幡の表情は見えなかったが、声だけは温かかった。
「セーラー服の三人組が美亜の目の前に出てきたのはあなたの心の奥深くのトラウマであり、呪いはそれを引き出した——その結果、彼女たちの姿が具現化されて現れたという風に考えられますね」
おおよそ因幡の言う通りなのだろう。
「もう彼女たちはどこにもいないんでしょうか」
「気配などまだ感じますか?」
「いえ、何も感じませんが」
お祓いを受けるまでに感じていた体調の悪さなども消えている。まだこれから歌でもダンスでも何でもできそうだ。
「あなたの心が悪縁に打ち勝ったということですね」
「そう、なんでしょうか」
「そうです。あなたの心の方が強かったということですよ」
因幡にそう褒められると、無性に嬉しくなる美亜だった。
「——ねえ、もしかしてさ」
美亜の耳元で、流奈が声をひそめる。
「この間のラジオのときも何か言いかけてたのは相談者さんに対して伝えたいことがあったからだったりする?」
「——そうですね。私の体験に基づく話をできたらよかったのですが」
「今度言ってみなよ、もしかしたら毎週聴いてくれてるかもしれないし」
「言うタイミングとかあるでしょうか」
「大丈夫、あたしに任せといて」
何を企んでいるのか知らないが、流奈は軽やかにウインクした。




