美亜 悪夢の続き
——なんでここに。
そう言おうと思ったが、声が出ない。
島村、三田、田山の三人がつかつか、と足音を立てながら部屋に入ってくる。三人とも、顔に嫌な笑いを貼りつかせて。
自分の喉がごくりと鳴る音が、美亜には他人事のように聞こえた。
逃げないといけない、この状況は異常だ。
だけど身体は力が抜けてしまって、動けない。この三人の前ではいつもこうなる。
「あははっ、一生懸命練習なんかしちゃって、バカみたい」
「あんたがアイドル? 笑わせないでよね。誰が応援するかっつーの」
「それより早く死んだ方がお似合いだよ。あんたみたいなブス」
ブス、きもいんだよ、さっさと死ね。
美亜の前に並んだ三人は、いくつも罵声を浴びせた。耳の中が全て悪い言葉で一杯になる。
「やめて、そんなこと言わないで」
そして思い出した、今日見た夢を。あの真っ暗な空間にも彼女たちはいた。
ふらふらとする頭を抱える美亜を見て、三人は笑う。これ以上面白いものはないと言いたげに、げらげらと笑う。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
涙が溢れて、自然と謝罪が口からこぼれ出る。何もかもが溢れて止まらない。
こうなったのは私のせいだ。三人のやることに余計な口を出したから。だから今度の標的は私になった。
つい最近も三人が出てくる夢を見た。彼女たちがここに来ることを予言していたのだろうか?
そこまで考えたとき、頭が真っ白になった。
*
——みあ。
優しい声が呼んでいる。
——みあ!
その声には、少しだけ焦りが入っている。
「……あれ」
頭の下にある硬い感触が、意識を現実へと引き起こす。
目を開けると、天井の照明が両目に突き刺さった。
額の辺りが冷たい。手をやると、冷水で濡らされたハンカチが載っている。
「あっ、起きた! 大丈夫、美亜!?」
声の方を見ると、心配そうな顔をしていた流奈の顔が少しだけ安心したように綻ぶところだった。
ゆっくりと起き上がり、辺りを見回したその場所はダンスの練習場だ。そこの床で横になっていたらしい。
「よかったよ~、本当によかった~」
今にもおいおいと泣きそうな声をあげながら、流奈はまだぼんやりしている美亜の頭をわしわしと撫でた。
「因幡さーん、美亜が起きましたよー!」
流奈の呼びかけに応えるように、黒い人影が近づいてくる。
美亜が気を失っている間に来たらしい、マネージャーの因幡だった。
「大丈夫ですか? 練習中に倒れたと聞いたので急いで駆けつけましたよ。気分はどうですか?」
「……大丈夫、です」
「熱ない? どっか痛かったり、苦しかったりするの我慢してない?」
冷えたハンカチの取れた美亜の額に手を当てたり、水を飲ませたりと甲斐甲斐しく世話を焼く流奈。それだけで美亜は涙が出そうになった。
「……先輩、色々とありがとうございます」
「心配したんだよ~。美亜ったら急に誰もいないのに入口の方見つめて震えたり、怯えたりするんだから」
倒れる前の話を流奈から聞かされる。
突如として誰もいない空間に話しかけたり、顔色を変え始めてから、ばたりと気を失ったのだという。
「——あの、ここに私たち以外の人が入ってきたりしませんでしたか?」
「他の人って例えば?」
「その、セーラー服を着た女の子たちとか……」
「いや、来てないけど……」
流奈が神妙な顔で首を捻る。
「制服を着た生徒がここに来ることはありえません。現在は、あなたたちが使用予約中の時間帯なので」
因幡がきっぱりと言い切った。
それも当然だ。この練習場は、現在「ばんかみ」関係者が立ち入ることはあるはずがないのだ。
「——もしかして何か見てたの? あたしにはこれまで何も見えてなかったけど」
流奈は「誰か」とは言わず「何か」と呼んだ。
「見たとしたらどんなやつ? 男? 女? それとも人間っぽくないやつ?」
「……それは」
ここで島田たちの話を出せば、話が複雑になる。そう思うと、やってきた三人たちの名前を口に出すことはできなかった。
「何か見たけど、何を見たかは言えないのね」
黙っていると、流奈は何かを理解したかのように頷いた。
「——はい、すみません。でも、あの、先輩のことを信用してないっていうわけではなくて」
「わかってるよ、そんなことぐらい。言いたくても言えないことってあるもんね、あまりにも怖かったときとかさ」
「大丈夫」となだめるように、流奈は美亜の頭を撫でる。温かなその手に強張っていた身体がほぐれていくのを感じた。
「……だけどさ、ちょっと今の美亜はついてるね」
「ついてる?」
「何か良くないものが憑りついてるって言えばいいかな——美亜のね、輪郭全体が黒っぽく見えるの。すごく良くない」
「流奈に同意します。私にも同じものが見える」
重い表情をした因幡が頷く。
「だけど、そんなものどこで……」
「心霊スポット行ったとか、そんなことしてないもんねえ」
「昨日、異物をかけられるという非常事態がありましたね。かけられた液体が何だったのかはわかりませんが、それが原因と言う可能性はないでしょうか」
あっ、と今更ながら気づく。思えば、寮の廊下でセーラー服姿の島田を見たのは、異物の液体をかけられた後だ。
「意図的に呪いをかけられた可能性もありそうですね——美亜、以前ドラマの撮影で御剣社長からドリンクをもらったことがあったでしょう?」
「あっ、確かにありましたね」
「昨日あなたから預かった金属製の蓋ですが、今発売しているF&Eエレメントの新商品『ドリチャコドリンク』の瓶のものであることがわかりましたよ」
「それって、私が飲めなかったやつですか……」
「そうです」
——その瓶の中身をかけられたということ?
行為の意味がわからないが、背筋をゾクゾクと寒気が走った。
「御剣社長からのドリンク? 何の話ですか?」
首を傾げた流奈に因幡が、ドラマ撮影時のことを説明する。
話を聞き終えるや否や、流奈が「げっ」と怪訝な顔をした。
「その『ドリチャコ』って、F&Eエレメントのところの商品ですよね? ……あー、あそこのか……」
「先輩、知ってるんですか?」
「前、あたしがファンの自宅に行って除霊をしたときあったでしょ? その時にその人がF&Eエレメントの錠剤を飲んでて、それから色々とおかしくなったって言ってたんだよね……偶然だとは思うんだけどさ」
「もしかしたら偶然ではないかもしれません——これは内密にしてほしいんですが」
声を潜める因幡。
「その錠剤、高天原さんが知り合いを通して成分分析をしたそうなのですが、成分表示のラベルに書かれていない紙の繊維が入っていたそうです」
「えーっと、それって表には書いてないけど得体のしれないものが入ってるってことですか?」
「まさか、ドリンクの方も……?」
顔を見合わせる流奈と美亜。
「——今言った話はもう少し確認が必要ですが、怪しむべきかもしれませんね。まずやるべきことをやってしまいましょうか」
「やるべきこと? 練習ですか?」
「違うよ、今はもっと優先すべきことがあるでしょ?」
流奈が因幡に同意するように頷いた。
「美亜についた悪霊祓いだよ」




