美亜 気配
「本当ごめんっ! あたしが一緒に帰ってれば……」
「ばんかみ」の寮のリビングの中、シャワーを浴びて出てきた美亜に対して流奈が謝り倒す。
「やめてください、流奈先輩は悪くないです」
「だけど美亜を一人にしたのはあたしだし……」
「いいよ、流奈。過ぎたことよりこれからどうするか考えようぜ」
二人をなだめるように、茜が割って入る。
騒ぎになるので黙っておきたかった美亜だが、何者かに得体のしれない液体をかけられたことを誰にも言わないわけにはいかなかった。
「つーかその不審者野郎、また出てきたらぶっとばしてやる!」
般若の顔になった茜は左手の平に右の拳を突き付けた。どこの誰だろうと反撃する気満々のようだ。その隣で楓花が「落ち着いて」となだめる。
「因幡さんから連絡来たよ。警察に通報してくれたって。しばらく夜の間の警備してくれるみたい——あと美亜が拾ったものも取っておいてだって、あとで回収するらしいよ」
「わ、わかりました」
黒い液体をかけられたとき、足元に落ちていた金属製のフタのことだろう。犯人を見つける手掛かりになるということなのかもしれない。
廊下で因幡と通話をしていた静が戻ってくる。因幡にこの話が伝わった以上、いくらもしないうちに高天原にも伝わるだろう。ライブで忙しい中、取り巻く関係者たちに迷惑をかけているようで、申し訳なくなった。
——もしかして、誰かに恨まれてるのかな?
美亜の頭の中が回転し始める。
異物をかけてきた人物は美亜を待ち伏せをしていたように見えた。
自分はどうにも不器用だ、と美亜は思っている。それが原因で、気づかないうちに周りから恨みを買っているのかもしれない。
「美亜、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
考えていたことが顔に出ていたらしい。茜が怪訝そうな顔で美亜を見ている。
「あっ、そんな、大丈夫です。何も考えてないです」
「暗いこと考えてるんじゃないだろーな?」
「全然大丈夫です、茜先輩」
「本当か?」
「本当、です」
「あっそう——だけど何かあったら誰でもいいからすぐ言えよ? 隠し事とかなしだからなー」
そのまま茜は美亜の背中を少し強めに叩いた。よろけそうになるのを何とか堪える。
「とにかく今の私たちにできるのは、しばらくは自分の身の回りに気を付けること。あと、何か違和感があればすぐに因幡さんとかに相談することだね。OK?」
そうまとめた静に、オーケー、了解、と全員が頷いた。
「あと2週間したらセカンドアルバム発売記念ライブなんだからね。そのためにも用心しないと」
数日前に「ばんかみ」はセカンドアルバム「Making Everything」を発売したばかりだ。その収録曲を含めたライブが二週間後に控えている。
「変なやつには負けてらんねーな」
「そうだね。絶対ライブ成功させないと」
茜と楓花の会話を聞きながら、美亜はあくびを噛み殺した。シャワーを浴びて身体が温まったせいか、眠気がきたようだ。
——ぎぜんしゃ
「へっ?」
後ろで声がした。
声の方を振り向くと、電気のついていない廊下に紺色のセーラー服の少女が立っていた。
両手をだらりと垂らした黒髪の少女は、吊りあがった目つきで美亜の方を睨みつけていた。
——この子は。
「待って、何で」
「どうかした?」
横から明るい声が飛んで来る。流奈が不思議そうに、美亜の顔を覗き込んでいた。
「そ、そこに女の子が」
廊下の方を指さす。
「誰もいないけど?」
「あれ、おかしいな……」
何度も目をしばたかせるが、もう少女が立っていた場所には誰もいなかった。美亜が卒業した中学のセーラー服を着た少女を、確かにこの目で見たという確信があったのに。
——さっきのあの人は。
苗字は確か島村だった、下の名前は覚えていない。
顔だけはよく覚えている。あの吊り上がった目つきで睨みつけられると、いつだって全身がすくんだ。思い出したくもない。
なぜここにいた? 卒業から何年も経ってもう全て忘れられると思ったのに。
「みあみあ、大丈夫? 気分悪いの? トイレ行く?」
再び聞こえてきた流奈の声ではっとする。
いつの間にか口に手を当てて、熟考していたようだ。
「あっ、大丈夫です……」
「本当に? でもさっきから様子が変だよ、みあみあ」
「疲れたんじゃない? 今日色々あったしさ」
静が美亜の内心を代弁するように言う。その言葉に美亜は「はい」と同意しておく。おかしなものを見て動揺していることを悟られたくなかった。
「今日はもう早く寝なよ。明日も練習でしょ?」
「はい、そうします」
静の言う通り、明日は朝からダンスの自主練がある。早く寝るに越したことはない。他のメンバーたちにおやすみの挨拶をして、部屋へ向かう。
それからすぐ布団に入ったが、頭の中は不安でいっぱいだった。
さっき廊下で見えた少女は何だったのだろうか? 幽霊だったのか?
しかし霊感の強い流奈が何も言わないということは、違うような気がする。では彼女は一体?
考え始めると、全身が一気に重くなってきた。頭は冴えているが、身体は疲れているらしい。もう本格的に眠った方がいいようだ。
それから十分もしないうちに、美亜は眠りについた。




