美亜 夜道にて
「みあみあ、大丈夫? どうしたの、さっきからきょろきょろしたりして」
酸っぱい味のパウダーがついているグミを食べながら、流奈が首を傾げた。彼女の背後で、うなだれた枝葉が風を受けざわざわと揺れる。
「——何か、さっきから誰かに見られてる気がして」
「ばんかみ」のラジオ放送が終わった深夜。流奈に誘われ、「ばんかみ」の寮近くの公園で行われている夜食タイムの真っ最中だが、どことなく視線を感じて仕方ない。
もう一度辺りを見回す。美亜の視界に見えるのは公園の草木や誰も遊んでいない遊具、たまに人が通りかかる以外は無人の歩道だけだ。それ以外に怪しい人影などは見えない。
「マジ? どこら辺?」
姿勢を改めた流奈が、険しい顔で辺りを見回す。
「場所辺りまではわからないんですけど……だから多分、気のせいだと思います。すみません、変なこと言って」
「そっかあ——でも、もし変なもの見たら言ってね。あたしがみあみあを守るからさ!」
「変なもの?」
「だからその、幽霊とかさ」
「なるほど、流奈先輩は見えるんでしたっけ?」
「まあねー」
苦笑する流奈。
どういうわけだか「ばんかみ」は、幽霊などオカルティックな話が尽きない。流奈も少し前に、ペットボトルの水で悪霊を退治したという話を言っていた。
「みあみあは霊感とかないの?」
「うーん、見たことないですね……」
「うんうん、それが一番だよ。普通じゃないもの見えるのって結構しんどいし」
グミを咀嚼しながら頷く流奈。
「あんまりこういう話すると寄ってきやすいっていうからこの辺にしておくか……そういえばさ、さっきの放送でみあみあ何か言いかけてたよね? あれは何を言いかけてたの?」
首を傾げる流奈。
「さっきは、すみません……あれは本当になんでもないので大丈夫です」
茎わかめをかじりながら、流奈から目をそらす美亜。口にはできないが、その話題は出されない方が嬉しかった。
「本当に?」
「本当です」
「ふーん……」
目を細め、探るような目つきになる流奈。
「な、何ですか? その目つき……」
「いや、あたしたちに隠してるだけでみあみあはものすごーくいっぱい言いたいことがあるんじゃないかと思ってさ……あっ、わかった。このかわいいほっぺの下に隠し事とかしてるんでしょ~」
グミを食べ終わった流奈は、美亜の頬をからかうように指でつつき始める。
「りゅ、流奈先輩、やめてください。くすぐったいです……! 何も隠してないですっ!」
「えへへ、ごめん——でも、いつかは本当のみあみあが見てみたいなあ」
「……そんなのありませんよ。いつもの私が本当の私です」
「ふーん、そんなことありそうだけどなあ……」
「何もありませんよー」
その後もしばらく流奈はにやにやしながら美亜の顔を見ていたが、突如として「あっ」と大きな声を出したかと思うと、表情を止めた。
「……やばい、マジでやばい」
「どうかしました?」
「借りてる映画のDVDの返却、今日までだ……あ~、なんで今まで思い出さなかったんだろ~!」
「あたしの馬鹿~」と悔しそうにする流奈。
携帯の時刻を見ると23時を過ぎ、日付が変わるまで一時間を切っている。
「それはもう、明日行くしか……」
「いや、24時間営業のとこだからまだ間に合うし、あたしは絶対に延滞料金を払わないって決めてる! だから今から返しに行くね!」
聞けば、寮から歩いて20分のところにある店なのだという。
「ごめん、みあみあ! 先に寮戻って、それからダッシュで行ってくるね!」
気を付けて帰って! と言い残した流奈は、目にも留まらぬ速さで寮の方へと駆けて行った。美亜が「お気をつけて」と言う暇もなかった。
——私もそろそろ帰ろうかな。
深夜、誰もいない場所で味わう空気は嫌いではない。だが時刻ももう遅く、寮へ戻った方がいいことは明白だった。明日はダンスの練習が控えてもいるのでなおさらだ。
「ばんかみ」メンバーが暮らしている寮であるアパートまでは、徒歩10分もかからない。公園を出て、寮の方角へ向かって歩く。十数歩歩んでから、足を止めた。
数メートル先、煌々と輝く街灯の下に一人分のシルエットが佇んでいる。身長は美亜よりも高いその人は、闇夜に溶け込んでしまいそうな黒い服を着ていた。
——何してるんだろう?
怪しい行動をしているわけではないが、夜中に街灯の下で佇んでいる人物を見ると妙な不安を感じる。
別の道を行きたくなったが、今更避けるのも変な気がした。
少しだけ身を硬くしながら、美亜はその人物のいる街灯のそばに近付いていく。
その人のそばを通り過ぎるときに、服装がよく見えた。
闇夜に溶け込んでしまいそうな黒いフーディーを着たその人は、フーディーの前部分についてポケットに手を突っ込み、何をするでもなく街灯の下で佇んでいる。
しかしそのフードの中の顔は、美亜の方に向けられているような気がした。
——怖い。
何も見なかったフリをして、また数歩進んだ。
背後からコツコツと硬い足音が聞こえてきた。歩きながら首だけ後ろに向けると、黒いフーディーの男は同じ速度でついてきている。
——なんで?
美亜の胃から苦い生唾がせりあがってくる。一人でいるのが怖かった。用はなくとも流奈と一緒にレンタルショップへ行けば良かったと後悔する。
震える足は自然と走り出していた。相手も走り出したらしい。たっ、たっ、と忙しない足音が聞こえだしてすぐ、気配も近づいてきた。
斜め後ろを見て、声が出そうになる。黒いフーディーの男がすぐ後ろにいる。フーディーの中から一瞬だけ端正な青年の顔が見えた。
——誰?
どこかで見たことがある顔だった。どこで見たのかはもう思い出せないが。
次の瞬間、相手の左腕が動くのが見えた。ちらりと見たその手には、何か小さな瓶のようなものが握られている。
素早く動いたその手は、美亜に向かって伸びた。
ばしゃり、と首のあたりに濡れた感覚の後、低い声が耳元でささやいた。
「逃がさない」
聞き返す余裕もなく、声の主はすぐに遠ざかっていった。来た道を戻る形で。
「……な、に」
ようやく足が止まり、恐怖で固まった喉からようやく絞り出せたのはそれだけだった。
肩のあたりから甘ったるい臭いがした。
露出した首に手を当てると、指先に液体がつく。街灯の元で照らされたそれは、黒色をしていた。
恐怖で後ずさると、右足が何か硬いものを踏みつける。
拾い上げたそれは、小さな金属製のフタだった。




