美亜と流奈 ラジオ番組にて
「——はい、CM終わりまでさーん、にー、いち!」
ディレクターの声が響く。
それまで放送室内で流れていたコマーシャルの音声が止まり、ヘッドホンを耳に当てた水上流奈が口を開いた。
「……はーい、皆様こんばんは! 今夜も始まりました! 『ばんかみ』の新時代創造ラジオ! 今夜のお相手はー! 水の女神こと水上流奈と」
「金のめがみゃ……あー、ごめんなさい」
都内にある民放ラジオ局の放送室にて、金剛寺美亜は自分のしたミスに顔をしかめた。台本のページを握る指の先から血の気が引いていく。
「あはは、大丈夫、大丈夫~。気を取り直してもう一回だよ! みあみあ」
慌てて謝罪する美亜を見て、流奈が慰めるように微笑みかける。ガッツポーズと共に。
「はっ、はい、もう一度! ……えーと、金の女神こと、金剛寺美亜です! 本日の放送もよろしくお願いします!」
ようやく自分の分の台詞を言い終わることができた。
「万物の歌神」こと「ばんかみ」は、メンバーがパーソナリティを務めるラジオ番組を持っている。MCは月ごとにメンバー交代制で行っている。
——今日もしょっぱなから。
最初のトークと毎週恒例の企画が終わり、一度目のCMに入ってから、美亜は深く頭を垂れた。もちろん、番組冒頭のミスについてだ。
昔から、いつでも大事なときに些細な失敗をしてしまうことを痛いぐらい自覚している。子供の頃からの夢だったアイドルになった今でもそれが続いていることに、苛立ちを感じる。
「……えー、東京都在住の14歳、『ばんかみ箱推し!』さんからの相談です。ありがとうございます——ふふっ、ラジオネーム最高~」
失敗を引きずっている暇はなかった。番組はCM明けのコーナー「聞いて! 女神様!」に入っていた。端的に言えば番組パーソナリティーへのリスナーからの相談コーナーである。ここで失敗を重ねてはいけない、と気持ちを切り替える。
「『ばんかみの皆さん、こんばんは! いつも音楽も、ラジオも、ライブ映像も楽しんでいます! ちょっと重くなってしまうのですが、女神様たちにどうしても聞いてほしいことがあります……』」
今日一通目のリスナーの相談内容を、流奈が流暢に読み上げる。
「『わたしはまだ中学生なのですが、学校でいじめに遭っています。教科書を隠されたり、トイレに入っているとき外から覗かれたりします。ブス、と言われたりすることも多いです』 ……うわー、最低なことする人いっぱいいるんだね」
「……ひどい、ですね」
壮絶な相談内容に、はきはきとしていた流奈の声のトーンが落ちる。場の空気も少しだけ重くなったのが感じられたし、美亜の胃がきりりと痛んだ。
「『一度だけ勇気を振り絞って、担任の先生に言ったことがあります。そうしたら、いじめられているあなたにも原因があるんじゃないか、のようなことを言われました。確かに私は顔も可愛くないし、足も太いしで、そのせいなのかもしれません。もう毎日が地獄みたいで、しんどいです。そのせいで成績も落ち込んできているし、学校にも行きたくないです。私はどうすればいいでしょうか?』 ……あらあら、これは大変だ。投稿者さんが心配だよ」
「そうですね……」
重い投稿に、空気が一気に重くなる。
その後「いじめは犯罪だから証拠を集めて警察に行った方が良い」「本当に辛いなら学校を休んでもいいと思う。逃げてしまえばいい」と、二人して意見を交わしたが、最善策は出なかった。
そして、ディレクターからの「トーク時間が切れたから、次のお手紙を読み始めて」と無言のフリップで指示が出た。
「結局、こういうときどうすればいいのか難しいなあ。ごめんなさい、相談者さん、お力に添えなくて。だけど辛いときは本当に逃げちゃってくださいね」
力なく声を落としながら、流奈が締めくくった。
「あの……」
声に出したつもりはなかったが、美亜の呼びかけは声に出てしまっていた。
「ん? どうかした、美亜?」
気づいた流奈が美亜の呼びかけをすぐに拾い、ディレクターは目を丸くして美亜を見ている。
僅か数秒にもいかなかったことだが、その視線がわかった途端、口が思うように動かなくなった。
「……あっ、すみません、何でもありません」
美亜が言い終わると同時に、放送はそのままCMへと入っていく。そして番組最後のコーナーへと入っていった。
「ちょっとみあみあ、何落ち込んでるのー? さっきの引きずってる?」
放送終了後、ラジオ局の出口へと続く階段を下りていると、流奈が美亜の肩をぽんと叩いた。
「あっ、はい、変なタイミングで話しちゃったなって……」
「そんなの全然気にしないで大丈夫だよ~。ラジオってよっぽどやばい発言とかしなければ問題ないみたいだし」
「そうなんですか?」
「うん、なんかそういう噂聞いたことあるよ~」
——噂か。
信じてもいいのか迷う美亜だった。
「いいですね……わっ、すみません」
出入り口の自動ドアを出る際に、入ってくる人影とぶつかった。
どこかに電話をしているらしい、黒いスーツの男性だった。
「いえ、こちらこそ失礼しました」
耳元から一瞬携帯を離した男性は、軽く頭を下げる。
——こんな夜中までお疲れさまだなあ。
そんなことを考えながら、自動ドアをくぐる。
「そういえば、今日推しの生配信の日なんだけどさあ……」
流奈の話に頷きながら、歩きはじめる。
背後から強い視線を感じた。
振り返った先にはラジオ局の入口がある。
黒いスーツの男が透明なドアの向こうで、こちらを見ていた。




