楓花と樹里 理解
宮園さんは、顎に手を当てて考えこむ。
「そこまではあたしもわかりません。だけど、あの時から自分がおかしくなったように感じています」
「なるほど——じゃあ、それってわたしのせいかも」
「えっ?」
——なぜそうなる?
「だってわたしと交換した飲み物を飲んでおかしくなったとするなら、それを飲んでいたのはわたしだったかもしれないってことじゃない?」
「ああ……」
言われてみればそうかもしれない。だけど、彼女を責める気になどなれない。
「ごめんなさい。わたしが安易に飲み物を渡したから迷惑をかけてしまいました」
今度は宮園さんがあたしに向かって頭を下げた。
「い、いえ、そんな。最初に交換を申し出たのはあたしですし……」
妙な空気があたしたちの間に流れる。
あの飲み物には何が入っていたのだろうか? そして何かが入っていた場合、最初に宮園さんへと渡された理由は何故なのか?
そこまで考えると背筋が寒くなった。効きすぎた冷房のせいかもしれないけど。
「……うーむ、これ以上考えると頭が茹で上がっちゃう案件だね。この話はここまでにしよう」
向こうも同じことを考えていたのか、宮園さんは両手の平を表に向けた。「降参」のポーズに見えた。
「それに、その飲み物のせいとはまだわからないし。詳しいことはうちのマネージャーに調べてもらおうと思う」
そうきっぱりと言い切った宮園さんは、コーヒーをまた一口すすった。
「……だけど、今回の一因はあたしの精神状態にもあったんじゃないかと思います」
「というと?」
「その、呪いというのが本当にあるのかはわかりませんが——本当のあたしは、人に酷いことをできる人間です。自分でわかっています」
自分の中の憎しみを全て宮園さんにぶつけ、傷つけた。最低な女だ。
「……本当にごめんなさい。どれもこれも、あたしが今まであなたのことを馬鹿にしていたからです」
あたしは彼女の全てを見下していた。「たかがアイドルのくせに」「アイドルの知名度で役を得たくせに」と。
それだけで主役が得られるはずがない。彼女だって相当な努力をしていただろうに。
「だけど、それはあたしの勝手な僻みだったと今ならわかります——あのときのあなたの演奏は完璧でした」
最終話撮影時に宮園さんが弾いたギターと歌はリテイクが取られることなく、そのまま本編のシーンに採用された。あたしが忍び込ませたカッターナイフで、左手を負傷していたというのに。
それでもぶっつけ本番の撮影で弾き語りを成功させたのは、宮園さんの努力と仕事への熱意に他ならない。ここまでしないと気づけなかったあたしが情けない、とも思う。
「それから、あたしの中の悪いものを潰してくれたでしょう? あのときのあなたは、いつもと違いましたね」
「そうだった?」
「全然違いましたよ——あんな宮園さん、見たことなかった」
あのときの宮園さんが演じていたのは、奥屋敷響ではなかったんだろう。かといっても、宮園楓花でもなかったはずだ。
「あのとき、あなたが演じていたのは『悪い物を祓うヒーロー』でしたね。あたしはそう思っています」
「——なるほど」
あたしの話を聞き終えた、宮園さんはうつむいた。彼女がどんな表情をしているのかは、わからなかった。
「あなたは本当に立派な女優です——なんて、あたしが上から目線で言えることじゃないけど」
紛れもない本心だった。
「ありがとう、咲堂さん」
照れるでもなく、謙遜するでもなく、宮園さんはただ涼し気に笑った。
「あのときのわたし、ちゃんと邪悪を祓う人の役できてた?」
テーブルに片肘をつきながら、薄く笑った宮園さんはいたずらっ子のように笑った。
「はい、かっこよかったです、すごく……」
なぜか、言い終わりの声が小さくなってしまった。
「そっかあ、それは良かった——あと、全部元に戻ったし良かったよ」
「へ?」
「今の咲堂さん、すごく良い笑顔で笑ってる。様子がおかしかったときは、全然そんな笑顔見せてくれなかったからさ」
それがすごく嬉しいんだ。
そのハンサムなスマイルがあたしの脳内を真っ白にさせたから、拙い返事しかできなかった。
心臓が嘘みたいに大きく鳴って、少しだけ痛んだ。




