楓花と樹里 和解
都内某所、オシャレで垢ぬけた個人経営のカフェ。喫茶店と言っても差し支えないかもしれない。
秋だというのにまだ暑いこの日の店内は、十分な冷房が効いていた。
「お待たせしました——お久しぶりです」
約束していた時間ちょうどに軽快なドアベルを鳴らし、宮園さんはあたしがいる席の前に座った。
「あの、いきなり本題からいいですか?」
注文を取りにきた店員へ、彼女がスマートにアイスコーヒーを注文したのを見届けてからあたしは、声をかける。少しだけ声が震えていたかもしれない。
「——先日は、本当にごめんなさい。自分がしたことを思い出して、心の底から後悔しています」
椅子から立ち上がり、頭を深々と下げる。
「咲堂さん、過ぎたことはもういいから。頭を上げて、顔を見せて」
宮園さんはあたしに座るように促す。本当にどこまでも良い人だ。
「どうしても謝罪だけは言わせてほしかったんです——謝っても済む問題じゃないですけど」
実際あたしはこの人に、いくら謝っても足りないことをしたのだから。
あたしが宮園さんにしたことは、「ばんかみ」マネージャーとプロデューサーにはすでに知られている。拙いやり方だったのだから、バレるに決まっている。
それでも事の経緯を聞いた因幡というマネージャーは「今回の件は大事にはしない」と言い切った。それはプロデューサーやメンバーの意向でもあるという。
『すべての原因が悪霊の憑依によるものだったことはわかっています。むしろあなたは被害者でしょう』
あたしが何かに憑かれていることは、わかる人間から見ればすぐにわかることだったようだ。
『ですので、こちらとしても大事にするつもりはありません。しかし一体何が起きていたのか、うちの宮園楓花本人に直接説明をしてください。本人もそれを望んでいます』
まだ「おとおうじ」の撮影が続いているこの期間。撮影の合間を縫って設けられたのが、今日の喫茶店での宮園さんとの対面だった。
「あたしのこと、ずっと許してくれなくても構わないです。あたしがしたことの償いだっていくらでも」
「もういいです、そんなに気にすることないよ。あのときの咲堂さんは、本当の咲堂さんじゃなかったのは知ってるから」
そう言って、宮園さんは困ったように笑う。
「そういえば、今日飲んでるのはコーヒーじゃないんだね」
宮園さんの視線は、あたしの手元のマグカップに移る。
「はい、コーヒーは味が苦手なので」
シックな花の模様が入った白いマグカップの中は、熱い琥珀色を讃えている。冷房で冷えすぎないように注文したホットの紅茶だ。
「やっぱりそうなんだね。だけど、この間どこか様子のおかしかった咲堂さんはコーヒーを飲んでたよ」
「えっ、そうでしたっけ?」
宮園さんに故意に熱い飲み物をかけてしまったことは覚えている。
だけど、それがまさかコーヒーだったとは。自分のことだというのに、全く覚えていなかった。
「これはうちの因幡マネージャーから聞いた話なんだけど、憑依されると味覚が変わってしまうこともあるみたい。わたしの言いたいこと、わかります?」
「えっと……」
「つまりあのときの咲堂さんは本当の咲堂さんじゃなかったんだよ。だからもう気にしなくていい。わたし、ちゃんと咲堂さんが優しい人だってことは知ってるから」
もう大丈夫。
宮園さんは、あっさりとあたしに許しの言葉をくれた。
「それは……」
何と答えるべきなのか、あたしにはわからなかった。
そのときに、彼女の頼んだアイスコーヒーが届いた。注文を届けに来た店員は、あたしたちを気にする視線を寄越しながら去って行った。
「本当にもう気にしないでいいですからね——だけど、咲堂さんの身に何が起きていたのかだけは教えてくれないかな? 知りたいのはそれだけ」
今では珍しいプラスチックストローでコーヒーをすすってから、宮園さんはあたしに尋ねた。
あたしの身に起きたこと。一瞬目を閉じて、一週間以上前あったことに頭を巡らせた。
「最初に異変が起きたのは、あのドリンクを飲んでからのことだったと思います」
E&Fエレメントの社長、御剣社長からもらった炭のドリンクのことだ。
異変が起きたときのことは、思い出せた。小さな瓶に入ったドリンクのフタを開け、一気に喉に流し込んだとき、妙な感覚があった。
何かが喉の方で動くような、奇妙な感覚。そのせいで、しばらくあたしは咳き込むことになった。
「——それは、社長からもらったドリンクに何か入っていたということ?」




