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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第4章 悪意には、甘き実りを

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楓花と美亜と因幡 全てが終わって

 救急車のサイレンが、スタジオの外へと遠ざかっていく。

 周囲のスタッフたちは顔を突き合わせながら、今後の撮影スケジュールや進行などを忙しなく話し合っていた。


「——今日はここまででしょうか」


 隣のパイプ椅子に座っていた美亜がぽつりとつぶやく。


「そうじゃないかな、とてもこんな状態で撮影なんかできないと思うよ」


 ついさっきまで起きていたことが走馬灯のように頭の中で浮かんでは消える。短い時間の間で色々なことがあった。いや、ありすぎた。とても現実のこととは思えないほどに。


「楓花、美亜」


 頭上からかかった低い声は、騒がしい中でもはっきりと伝わった。

 二人が顔をあげると、いつも通りの無表情の因幡がいた。その両手には2本のペットボトル緑茶があり、2人に渡された。


「因幡マネージャー、お疲れ様です——あの、ここ、座られますか?」

「美亜、ありがとうございます。疲れたでしょうから、座っていてください」


 気を遣った美亜に礼を言った因幡は、続けて楓花に視線を向けた。


「楓花、先程はお見事でした。私も一度呪われた状態の咲堂さんに出会い、祓おうとしたのですが失敗したのです」


 本当によくやってくれました。

 小さく、パチパチと手を叩く因幡。


「あれで良かったんですか?」


 緑茶を飲みながら、楓花は首を傾げた。


「はい、上出来です。私よりも除霊師としての才能があると思います」


 ——そうなんだ。

 褒められたようだが喜んでいいのかわからず、ただ苦笑が出る。


 *


 美亜と話をしていたときに電話をかけてきた因幡は「今日の撮影のとき、咲堂の呪いを解いてほしい」と言った。


「いいですよ、共演者さんを助けられるなら全力でやります」


 携帯を持っていない左手をぐっと握りしめた楓花がそう答えるまで、時間はかからなかった。

 本音を言えば怖かった。しかし、大切な共演者を救えるならできることはしたかった。


『そう言っていただけてありがたいです』

「だけど、どうして撮影のときなんですか?」


 当然、楓花はそう尋ねた。


『撮影の小道具で使われるものに、桃のジュースがあるからです』


 そのときに台本で書かれていたことを思い出した。放課後の教室で響と小夜が二人きりにるシーン、飲み物を分け合う一場面があったことを。


『桃には古来から魔を退ける力のある植物とされてきました。現代でも魔除けとして重宝されるので、その果実を使ったジュースは効果が高いと思います』

「なるほど」

『今の状態の咲堂樹里さんが桃のジュースを飲んだとき、呪いを吐き出すのではないかと思います。もしジュースを飲んだ彼女の口から尋常でない異物が出てきたら、どんな方法でもいい。出てきた呪いを取り除くようにしてください』

「はあ。やってみますけど、うまくできるかどうか……」


 弱弱しい声を出すと、電話の向こうの因幡は言った。


『もうそこでしか咲堂さんを救うタイミングはありません。先ほど彼女を見かけましたが、ギリギリのところまで来ています。彼女の中の異形の花が成長している』

「因幡さんが祓うのでは難しいんですか?」

『それができればもちろんそうするのですが、向こうの力が強すぎるのです』

「それでも、わたしなら大丈夫だと」

『聞きますが、楓花はそこまで霊感が強い方ではないでしょう?』

「まあ、そうですね。咲堂さんの呪いはちゃんと見えていますが」


 今回の咲堂の呪い以外、幽霊などを見たことはなかった。


『霊感の強い人間であればあるほど、悪霊や邪な存在から強い影響を受けることが多いのです。彼女の中の呪いが力を強めている場合、今度こそこちらがやられる可能性の方が高い』


 向こうの呪いからの悪い影響を受けすぎてしまったのだという。


「——つまり、霊感がそこまで高くないわたしの方が呪いの影響をそこまで受けずに済む、と」

『そういうことです——楓花、あなたは演じることが好きでしたね』

「はい、好きですけど」

『こんな声がけをするのもおかしなものですが——来たるべきが来たとき、除霊師を演じてください』


 その一言は、楓花の脳内に響くようだった。

 そして、心は決まった。


「……わかりました。わたしなりの方法でやってみます」


 *


 その結果、手に桃のジュースをつけた楓花が咲堂の顎を掴み、彼女の口元に入っていこうとした黒い枝のようなものを引きずりだしたときのことにつながったのである。

 ——よく自分でもあんなことできたよね。

 今更になってそう思い、楓花は苦笑いする。思い返せば、あのときは本能のように身体が勝手に動いていた。全て、因幡の言葉に賭けることができたからだろう。


「今回は何から何まで幸運でした。大手飲料メーカーのミヤマビバレッジがドラマのスポンサーにつき、取り扱っている桃のジュースが小道具として使えたのは天が我々に味方したとしか言えません」


 どこかほっとしたように言う因幡。

 日本では太古、神話の時代から「桃には邪や魔を祓う効果がある」と伝えられてきたという。

「国生み物語」で有名な「イザナミとイザナギ」の神話では、夫である神・イザナギに裏切られた女神・イザナミが放った魔物たちを、イザナギが桃を投げて追い払うシーンがある、と因幡は言った。


「他にも魔除けとなる植物はありますが、ジュースとして小道具に使われた以上、十分活用できるのではないかと我々は踏んだのです」

「我々?」

「これは、高天原プロデューサーの発案でもありましたので」


 なんと、プロデューサーまで噛んでいたとは。楓花は驚きで目を瞠った。


「桃ってすごいんですねえ」


 感心したように美亜が頷く。

 一見するとツッコみどころの多い作戦だが、今回は見事成功した。

 ジュースとなった桃を口にした咲堂は激しく咳き込み、黒い枝たちを吐き出した。あれは彼女の身に入り込んでいた呪いの拒絶反応だったのだろう。

 しかし、一点だけ疑問を覚える。


「だけど、それで祓えなかったらどうしてたんですか?」


 少し間を空けてから、因幡が口を開く。


「そのときは私やプロデューサーが身を挺してでも呪いに抵抗する予定でした」

「……無理しちゃダメですよ、マネージャー」

「あなたたちや、あなたたちの関係者を守るためであったらいくらでも身を張りますよ。私は『ばんかみ』のマネージャーですので」

「でもそれって、マネージャーさんの仕事ではないんじゃないですか?」

「いいえ、マネージャーの仕事です——少なくとも私にとっては」


 楓花と美亜は何も言えず、ため息だけを吐いた。


「ですが、とにかく楓花が治めてくださったから何よりでした。さすがはうちが誇る木の女神ですね」

「それ関係あります?」

「ありますよ——あなたは木、緑の恵みを司っているんですからね」


 珍しく冗談を言った因幡は、ふっと笑った。


「それで、咲堂さんの呪いの原因は何だったんでしょうか?」


 因幡の顔を見上げながら、美亜が不安げに首を傾げる。以前、御剣社長からもらったドリンクのことを思い出したからだ。


「もしかして例のド……」

「それに関してはまだ回答を延期させてください」


 美亜の言葉を遮る因幡。


「これに関してはデリケートな話になりますので」

「あっ、はい、わかりました……」


 気になる美亜だったが、おとなしく引きさがるしかなかった。


「ですが、少しずつ調査を進めてはいます」

「何かあったら、わたしたちも協力しますよ」


 楓花の言葉に、美亜もうんうんと頷く。


「ありがとうございます——ですが、自分たちの仕事をやってください」


 因幡が真剣な目で二人を見る。


「あなたたちの本業はアイドルなのですから」

「はーい、そうですね」

「はい、まずはそこから頑張ります!」

 

 楓花は肩をすくめ、美亜は勢いよく姿勢を正した。

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