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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第4章 悪意には、甘き実りを

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69/74

楓花と樹里 撮影

「おとおうじ最終話、シーン6開始まで3、2、1……スタート!」


 カチン、と音を鳴らして関監督はカチンコを鳴らした。新たな物語の記録が始まる合図だ。


「……響」


 教室の窓際、備え付けられた高さの低いロッカーには響が腰をかけていた。

 本来であればそこに座るのは校則で禁止だ。だが、教師のいない放課後の教室でご丁寧に校則を守る生徒などいるわけがない。


「来てくれてありがとう。嬉しいよ」


 ロッカーに座り、窓から外の景色を眺めていた響は小夜の方を振り返った。桃色の唇には、柔らかな微笑を作っていた。


「今日は何ですか? またいつもの詩の朗読?」


『今日の放課後、2年B組の教室に来てくれないかな』

 小夜の携帯のメッセージアプリには、響からのそんな誘いが届いていた。


「来てくれてありがとう、嬉しいよ」


 小夜の方を振り返った響は微笑んだ。その両手は、柔らかなブラウンのアコースティックギターを抱えている。


「君のために作った曲がようやくできたんだよ——その、聴いてくれるかな?」


 響は照れを隠すように、小夜に笑いかけた。


「——今更、何を言うんだか」


「やれやれ」と言いたげに、小夜は笑った。


「聴かせてよ、じゃないと私がここに来た意味ないし」

「OK——じゃあ、いくよ」


 ワン、ツーというカウントのあと、響の長い指はゆったりとしたイントロを奏で始めた。

 穏やかな風を思わせるようなメロディーを奏でながら、演奏者はすうと息を吸った。


「その花をようやく見つけたよ

 名前は何というのか、まだわからないけれど」


 心地いい歌が教室に流れ始めた。

「おとおうじ」最終話、ようやく心が通い合ったヒロイン二人が放課後の誰もいない教室で顔を合わせ、響が小夜に自作曲の弾き語りを聴かせる重要なシーンだ。原作漫画でも作中屈指の名シーンとしてファンには語り継がれている。

 ここで響が歌っている歌は作中では彼女の自作という設定だが、「ばんかみ」プロデューサーの高天原が本ドラマのために作曲・編曲した、宮園楓花のソロ曲でもある。

 教室の窓際を反対側から撮影するカメラや音響スタッフたち、そして監督は緊張を伴いながらも、二人の様子を見守っていた。


「このつぼみは小さい だけど、君という一輪を咲かせる

 この花は儚い でも、僕に一番大切なものをくれる

 それだけでいい 幸せだと思えるから……」


 メロディーの余韻を後引かせながら、響はワンコーラスを歌い終えた。


「——ねえ、どうだった? 百点中何点?」


 弾き語りを終えた響は一息つくと、少し緊張した面持ちで小夜に尋ねる。


「……20点」

「ええっ、本当?」


 わかりやすくがっかりした顔になる響。その様子がおかしかったのか、小夜はくすりと吹き出した。


「……冗談。80点だよ」

「あと20点はどこいったのさ」

「フルコーラスじゃなかったでしょ? だから、マイナス20点」


 燦燦と日が降り注ぐ窓辺で、二人の朗らかな笑い声が密やかに響く。このときスタッフたちの方を見ていれば、一部の何人かが仏のような顔つきとともに彼女たちを拝んでいる様子が見えただろう。

「おとおうじ」最終話。まだ途中の回の撮影は終わっていないが、順を追って撮るのではなく、撮影が可能なシーンから撮っていくのはこの業界ではよくあることだ。

 最終回の重要なシーンは、監督のカットが入ることもなく順調に進んでいた。


「なんか、歌ったら喉乾いちゃったな」


 そう軽く言いながら、響は手元にあった桃色のラベルのペットボトルを開けた。


「これ、初めて飲んだけどすごく美味しい」

「私も見たことないかも。ジュース?」

「うん、桃のジュースだって——良かったら、飲んでみる?」


 響は、フタが開いたままのボトルを何気なく渡した。


「——うん」


 こくりと頷いた小夜は、渡されたボトルを手に取った。飲み口はそのまま小夜の口へと傾かれる。

 ボトルの中身、淡いイエローが小夜の口の中へと入っていく。

 響の細められた目は、小夜のそんな姿を見つめていた。まるで彼女しか視界に入っていないかのように。


「美味しい?」


 響は、ボトルの中身を数口飲んだ小夜の顔を覗き込んだ。


「……うん、すごく」


 そのまま視線がぶつかった二人は、くすくすと笑い合った。


「それで、歌の続きは?」


 響の耳元に口を寄せた小夜は囁いた。無意識なのか意識的なのか、彼女の手は響の身体に寄せられていた。


「できてるんでしょ? 二番」

「もちろん、それじゃ二番を……」


 異変が起きたのは、響がギターを再び鳴らそうとしたときだった。


「……げほっ、げほっ」


 咳き込んだ小夜の手からペットボトルが離れる。ごとんと重い音を立てて、ペットボトルは床に倒れた。

「あらら」「おっとー」と撮影スタッフたちからざわめきがこぼれ、関監督が「カット」を入れる。


「むせちゃったか、樹里ちゃん大丈夫?」


 タオルを持った関監督が近寄る。


「……うん、すごく、おいしい、このジュ……げほっ」

「樹里ちゃん、今は演技しなくて大丈夫だから」


 まだ小夜を演じようとする咲堂に、監督は「休んで」と促しつつタオルを渡した。

 タオルを受け取った咲堂の目は泳いでおり、自分の身に起こったことに対して本当に戸惑っているようにも見えた。


「相当深いところに入っちゃったみたいね」


 咲堂の様子を見ながら、監督が心配そうに言った。

 小夜の咳き込みは数回に留まらなかった。まともに喋ることもままならず、激しく何度も続いている。


「——はあっ、はあっ」


 スタッフたちが見守る中、ぼろぼろと涙も流し始めた小夜の息遣いが荒くなっていく。大方、過呼吸のようになっているようにも見えた。「まずくないか?」と不安げな声もあがりはじめる中、関監督は立ち上がった。


「救急車を呼びましょう。女性スタッフさんたち、彼女を運んで」


 監督に呼ばれ、女性スタッフが何人か咲堂の両側に駆け寄る。そのまま両脇を抱えられ、小夜はよたよたと立ち上がった。


「——あれ? えっ、何だあれ?」


 慌てふためくスタッフの中、収音機材を持った音響担当の藤永が素っ頓狂な声をあげる。隣にいたADの阪田が「どうしたんだよ、急に」と怪訝そうに眉をひそめた。


「咲堂さんの口からさ、赤い花びらみたいなものがぼろぼろ出てきてるように見えるんだけど」


 マジで何だあれ? 目を大きく見開いた藤永は、未だ咳き込む咲堂の様子を見入るように首を前につきだした。


「は? 何言ってるんだ?」


 藤永の言っているものが見えないのか、阪田は顔をしかめたままである。


「いや、本当なんだって! なんか咲堂さんの口から赤い花びらみたいなものがいっぱい出てきてるんだよ——しかもよく見たら、黒い欠片みたいなものも混ざってるな。何だあれ?」

「そうかよ。残業続きで見えちゃいけないもの見えてんだな」

「おい、そんな言い方ないだろ!? ……でも、おかしいな。マジで見えるのにな……」


 阪田には信じてもらえないと思ったのか、藤永はそれっきり口を閉ざしてしまった。

 そして彼らのそんな会話を聞いているのは、その場ではほとんどいなかった。

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