宮園楓花 災難
リノリウムの床が広がる廊下には、同じデザインのブレザー服を着た少女たちが集まっていた。
しかし皆同じように固まっているわけではない。
左手には棒立ちになっている一人の少女と、彼女は向かいあう先には徒党を組むように少女たちが固まっている。はたから見れば多勢に無勢という構図に見えないこともなかった。
「——和泉小夜、あんたのこと絶対に許さないから!」
集団で固まっている少女たちのうち、最前の髪をハイポニーテールにした少女が向かい合った一人の少女に指をつきつけた。まるで相手を脅しつけるかのように。
「ちょっと、人のこと指ささないでください」
敵意を向けられた少女だったが、負けてはいない様子だった。
「黙れ、黙れ! あんたにはあたしたちに口答えする権利なんてないんだからね!」
「そもそも、私が何をしたっていうんですか?」
「今更そんなことを言うんですか!」
先頭にいた少女の後ろ、長い髪を三つ編みのおさげにした小柄な少女が、怒りとともに声を張る。
「あなたが響様に構われてるからに決まってるでしょ! どうしてぽっと出のあなたごときが、私たちから響様を奪うんでしゅか!? あっ……」
直前まで怒りをあらわにしていたセーラー服の少女——篠崎こと金剛寺美亜は、慌てたように口に手を当てた。
「す、すみません! 噛んでしまいました……」
自分の失態に気づいた美亜は、申し訳なさそうに周りに頭を下げる。
「あはは、大丈夫、大丈夫! 全然問題ないって~」
最初に温かい声をかけたのは、関監督だった。周りのキャストやスタッフたちも同意するようにうんうんと頷き、美亜を慰めている。
早いものでテレビドラマ「乙女の園の王子」の撮影は二日目になっていた。
この日も、クランクイン初日と同じスタジオで撮影が行われていた。第1話はまだ全て撮影できていないのだが、出演女優のスケジュール都合のため、第1話に続く第2話の冒頭シーンを先に撮ることとなったのである。
撮影していたのは、和泉小夜が学園の人気者である響に好かれていることを知った響のファンクラブメンバーが対立するというシーンだ。
シリアスな雰囲気が漂っていたが、美亜のハプニングによりほのぼのとした雰囲気に戻り始める。
「あと、今のはNGシーン集とかに使えるからさ!」
監督が続けたジョークに、周りのスタッフやキャストたちがどっと笑う。それを聞いた美亜もつられたようにくすくすと笑っていた。
件のシーンは再度撮り直すこととなり、二度目で美亜は自分の台詞を言い切ることができた。
「ドンマイ、美亜!」
自分の番を終え、セットの外側へ戻ってきた美亜に楓花は声をかけた。同時に紙コップに入ったアイスティーを渡す。撮影関係者であれば誰でも飲める差し入れのドリンクだ。十分後には楓花演じる響が登場するシーンの撮影となるが、その前に映像確認を含んだ休憩となっている。
「ありがとうございます——だけど、まだまだダメですね。あんな大事なところで噛んだりして」
「だけど2テイク目でいけたじゃないか、自信を持って——うわっ」
どんっと楓花の右腕に突如衝撃がかかった。案外強い力に、楓花は声をあげると同時によろめかざるを得なかった。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「大丈夫——うわっ、熱っ……」
衝撃を受けた右腕を包む撮影衣装のブレザーに思わず触れると、熱く濡れた感覚があった。そこからはほんのりとコーヒーの苦い香りがした。
「宮園ちゃん、大丈夫!?」
「今、服に飲み物かかってたよね?」
今の騒ぎを見ていたのか、スタッフ数人が飛んで来て楓花たちを囲む。
「すみません、衣装を汚してしまいまして」
「本当だ、衣装にコーヒーがかかってる。火傷はしてない?」
駆けつけたスタッフの中にいた衣装担当の柳が、心配そうに楓花を見やる。
「大丈夫です」
「それは良かった——だけど、染みになっちゃったね。これはコーヒーか」
柳は楓花のブレザーを見てため息をついた。
「ごめんなさい、宮園さん。よく見てませんでした」
楓花たちの背中から静かな声がかかった。
振り返ると、咲堂樹里が立っていた。右手には、湯気の立つ紙コップを手にしている。どうやら彼女が手にする紙コップの中身がブレザーにかかったらしい。
「本当に申し訳ないです」
淡々とした口調で謝罪を口にした咲堂は、そのまま深く頭を下げた。
「咲堂さん、気を付けてください。今回は宮園さんに何ともなかったから良かったけど、火傷でもしてたら大変でしたよ」
普段おっとりしている柳だったが、少し厳しい表情になって咲堂を叱る。
「はい、そうですよね。気を付けます」
「申し訳ありません」と咲堂は再びぺこりと頭を下げた。その顔つきは、どこかぼんやりとしているように思えた。
「——次からは気を付けてください。宮園さん、その服着替えましょうか。一応、予備用の衣装はありますから」
柳に連れられ、衣装室へと連れていかれる楓花。数分経つうちには、全く同じサイズの予備用のブレザーに袖を通していた。
「咲堂さん、大丈夫でしょうか……」
着替えから楓花が戻ってくると、美亜は心配そうな目で撮影セット脇の壁を見ていた。
視線の先では壁にもたれかかりながら、紙コップの中身を飲んでいる咲堂がいる。
その姿を見ながら、楓花は違和感を覚えた。
「そういえば不思議に思ったんだけど、咲堂さんが持ってた飲み物ってコーヒーだったよね?」




