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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第4章 悪意には、甘き実りを

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宮園楓花 悪意

「今日から、このクラスに新しい仲間が増えます」


 教室の壇上に立った黒いタイトスカートの女性教師は、目の前に座る教え子たちへそう告げた。

 そして彼女が「みんなに挨拶して」と手で示した先には、髪を肩までおろした女子生徒の姿が立っていた。


「——和泉小夜です。今日から、よろしくお願いします」


 席に座る女子生徒たちへ向けて深々とお辞儀した少女の背後の黒板には、白いチョークの文字で、大きく「和泉小夜」という名前が書かれている。

 ——綺麗だな。

 外から教室の様子を真正面から見ていた楓花は、転校生の姿にくぎ付けになっていた。

 細い眉、アーモンド形の切れ長の瞳。共演者である咲堂樹里は、同性である楓花でも見とれてしまうほど整った顔立ちをしていることに改めて気がついた。


「——はい、カット!」


 アシスタントディレクターが鳴らしたカチンコの音と共に、関監督の声が響く。


「咲堂さん、完璧よ! 今の振る舞いだけで私が思い描く『和泉小夜』になっていたわ!」


 よっぽど感動したのだろう。関監督はパチパチと手を叩きながら、咲堂へ激励の言葉をかけていた。今だ黒板の前に立つ咲堂は「ありがとうございます」と完璧な女優スマイルを見せている。


「今日の撮影はここまで! 皆、お疲れ様!」


 人でざわつく教室——もとい撮影のために作られた教室風のセットを見渡しながら、関監督は機嫌よくその日の撮影の終わりを告げた。

 午前中に撮影を行った女子校から一行は都内某所の撮影スタジオに移動し、「乙女の園の王子」第1話冒頭のシーンを撮影していた。裏庭の撮影を行った女子校で教室を借りて撮影することは難しかったため、撮影用セットを使用することとなったのだ。

 今のところ、撮影は順調に進んでいる。このままいけば明日中にドラマ第1話の撮影は完了するだろう。

 ——明日も撮影頑張らないとな。

 次の日は楓花演じる響が活躍するシーンをいくつか撮る予定だ。


「関監督、いくつか確認したいことがあるのですが」


 台本は十分に読み込んだつもりでいるが、自分の想像する役柄と監督のイメージにすれ違いはないか、確認しておきたかった。楓花が声をかけると、ちょうど手が空いていた監督は「うん、いいよ」と快く応じてくれた。

 監督と演技についていくつか話と質問をしていると、脇で咲堂樹里が撮影所を出ていく姿が見えた。彼女とも話をしたかったが、難しそうだ。


「——ありがとうございました、明日もよろしくお願いします」


 監督やスタッフたちに礼を言い、撮影所を出たときは5時を20分程過ぎていた。


「明日のために早く寝よう」などと考えながら、楽屋にたどり着くのはあっという間だった。

 楽屋のドアを開けると、奥にロッカーが見えた。全体がアイボリーカラーで塗られている、どこにでもあるロッカーだ。

 真っすぐ進んだとき、左の視界に何かが入ってきた。

 左手には高さ2メートルを超えそうな大きな姿見がある。撮影前に身だしなみをチェックするのに大変重宝するアイテムだ。

 今、その姿見の中には目を見開いている自分の姿に加え、隣で知らない誰かが俯いていた。


「え?」


 驚きは、楓花の口元でかすれ声となった。

 おかしい、自分の隣に誰かがいる。楽屋の中に入ってきたのは、楓花一人だけだったはずだ。

 ——誰?

 実際にその人物がいるであろうすぐそばを確認したい。だが、楓花の身体は鏡を見つめたまま、動けないでいる。世間では、この状態を「金縛り」と呼ぶだろう。

 見知らぬ誰かは女性のように見えた。紺色のジャケットに包まれた細い肩を、伸びた髪が覆っている。俯いているため、下ろされた前髪は目元を隠しており、どんな顔をしているのかわからない。

 そのまま視線を動かせないでいると、少しだけその顔が動いた。

 前を向こうとしている。閉じていた口が動くのが見えた。


「許さない」


 か細い声だったが、はっきりとそう聞こえた。

 恨みの言葉を吐いた口からは、黒く細い枝先のようなものがつき出しているのが見えている。

 ——それは何?

 そう問おうとしたとき、身体がふっと軽くなった。

 意識していないうちに呼吸を止めていた身体に酸素を送りこみながら、辺りを見渡す。

 楽屋には自分以外、誰もいなかった。もう一度鏡を見たが、不安そうに口元を歪めた自分以外誰も映っていなかった。


「——何だったんだ」


 自分だけの楽屋に、独り言は虚しく響いた。

 不気味な出来事に身体はまだ強張っていたが「緊張続きで夢でも見ていたのかもしれない」と言い聞かせるしかできなかった。

 直前に起きた出来事を考え続けていたせいだろう。

 ロッカーの中のリュックサックを開けるのに、中身を確認してから手を入れていれば大事にはならなかったのかもしれない。


「……いっ」


 左手の指先に鋭い激痛が走り、声にならない声が出る。


「えっ、何で……」


 痛みがじんじんと続く左手の指先からは、鮮血が流れ出ていた。絶えず止まらない赤い雫は重力に引っ張られ、白い床の上へぽたりと落ちる。

 一体、何が起きたのか。

 胃の辺りがじんじんと縮むのを感じながら、開けっぱなしになったリュックサックの中身を改めて見てみる。

 黄色い持ち手のカッターナイフが入っていた。刃先は二センチほどむき出しになっている。

 無論、楓花には見覚えなどなかった。

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