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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第4章 悪意には、甘き実りを

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宮園楓花 乱入者

 グレーのスーツに小柄な体躯を包んだ男性が話しかけてきたのは、楓花が気持ちを切り変えようと大きく深呼吸したときだった。


「こんにちは! えっと宮園楓花さん、金剛寺美亜さん、咲堂樹里さんですよね? 一度お会いしたかったんですよ!」


 やってきた男性は楓花たちの前で、満面の笑顔を見せた。

 楓花には見覚えのない顔だった。その場にいる二人の顔を見るも、二人ともきょとんとしている。全員見覚えのない相手らしい。

 年は楓花たちの少し上だろうか。俳優として活動できるのではないかというぐらい、端正な顔立ちをしている。


「……恐縮ですが、どこかでお会いしたことがありましたか?」


 恐る恐る楓花が話しかけると、男性ははっと目を丸くした。


「ごめんなさい、いきなり話しかけちゃって驚かれましたよね! 僕はこういうものです」


 そう言った男性は胸ポケットから小さな紙を取り出すと、楓花たち三人に渡し始める。一律に配られたのは、カラー印刷がされた名刺だった。


「わあ、F&Eエレメントの……」


 手渡された紙を見た咲堂が息を呑む。名刺の表面には「株式会社F&Eエレメント代表取締役 御剣祐樹」とあった。

 F&Eエレメントといえば、昨今健康志向のユーザーの間で人気を博している健康食品会社である。特段ユーザーであるというわけでもない楓花だが、名前ぐらいは聞いたことがあった。


「実は我が社がドラマのスポンサーになったのですが、今回差し入れを持ってきていたところだったんですよ——これなんですけど」


 肩にかけていたリュックサックからレトルトパウチを取り出す。コンビニなどで買えるゼリードリンクだった。

 キャストとスタッフ全員の差し入れにと、御剣社長直々で撮影現場に持ってきたのだという。


「それ、知ってます。確か、天然酵素が入ってるゼリードリンクですよね?」


 咲堂が言った通り、パッケージの表面には「天然酵素入り」と言う文字がポップな文体で踊っている。


「ご存じですか、さすがは咲堂さん! 撮影などの忙しい時間にも、代謝促進を助ける天然酵素を摂取できる我が社の代表作のひとつです。撮影に参加される皆様全員分を持ってきたので、ぜひ楽屋で召し上がってくださいね」


 商品を知ってもらえていたのが嬉しかったのか、うきうきと宣伝をする御剣社長。


「——あと、お三方にはこちらも」


 御剣社長が新たにトートからいそいそとまた何かを取り出す。

 次に出てきたのは、瓶に入ったドリンク3本だった。


「……えーっと、ドリチャコドリンク?」


 瓶のラベルに書かれた英単語は、楓花にはそう読めた。


「はい、我が社が先日発売した炭を使用したサプリメント『ドリチャコ』をさらに手軽に美味しく摂取できるドリンクタイプにした新商品です。まだ一般市場には発売されていないのですが、良ければどうぞ!」

「そんな、いいんですか?」

「実は僕自身が『ばんかみ』と咲堂さんのファンでして——そういうことで特別です! ということで、このことはご内密にお願いしますね」


 ちゃっかりした様子で笑いながら、口元に人差し指を当てる御剣社長だった。三人は口々に「ありがとうございます」と言いながら受け取る。


「……それじゃ、渡したいものも渡せたので僕はここで失礼します。皆さん、撮影頑張ってください! ドラマ、期待してます!」


 楓花たちにガッツポーズを向けると、御剣社長は人好きする笑みを見せてから撮影現場を後にしていった。


「御剣社長、良い人だったね」


「社長」というと勝手に厳格な人をイメージしてしまう楓花だったが、御剣を見ているとその思い込みが崩れていくようだった。


「これ、本当に私たちが飲んじゃっていいんでしょうか? まだ一般では出回ってないのに悪いような気がします……」


 美亜は恐縮しきった顔で瓶を眺めている。「発売前」という言葉に罪悪感があるらしい。


「社長ご自身が言ってたし、いいんじゃないかな? さっそく味見してみるよ」


 せっかくなのでその場で飲もうと楓花が蓋に手を掛けたとき、咲堂が申し訳なさそうな声で「すみません」と言った。


「あの、申し訳ないんですけどお二人のどちらかドリンクを交換していただけませんか?」

「交換?」


 ——なぜそんなことを?

 顔を見合わせる楓花と美亜。


「これフレーバーに違いがあるみたいで、お二人のは抹茶味みたいなんですけど、私のはコーヒー味なんですよ」

「へー、本当だ」

「私も言われるまで全然気づきませんでした……」


 改めて瓶を見ると、ラベルのメインカラーが異なっていた。

 楓花と美亜がもらった瓶のラベルは緑のラベルの端に「抹茶味」とあるが、咲堂のものはピンクで「コーヒー味」とある。どうやら2種類のフレーバーがあるらしい。


「お恥ずかしいんですけど、私コーヒー味が苦手で……」


 言いづらそうに言葉を濁す咲堂。


「なるほど、そういうことならわたしのと交換しましょうか」


 咲堂のお願いに答えたのは楓花だった。コーヒー味は苦手ではないので問題ない。


「本当ですか? ありがとうございます、わがまま言っちゃってすみません」

「いえいえ、お気になさらず。誰にでも苦手なものはありますよね」


 楓花がそう言うと、咲堂は「そうですね」と苦笑した。その直後、二人の手にしていた瓶が入れ替わった。再び礼を言った咲堂は嬉しそうに、ドリンクのフタを開け、口につける。

 そんな彼女を見ながら、楓花はドリンクを手の中で転がしていた。

 ——せっかくもらったけど、あとで飲もうかな。

 食欲がないわけではないが、せっかくもらった貴重なサンプルだ。仕事が終わったあとに、ゆっくり味わおうと考えていたときだった。


「うっ……」


 咲堂が吐き気をこらえるように口元を手で覆っていた。そのまま咲堂は身体を前に折り曲げながら、げほげほと咳き込む。


「だ、大丈夫ですか?」


 驚いた楓花と美亜が駆け寄るも、咲堂は返事もできずしばらくの間咳き込んでいた。


「……はあ、お聞き苦しいところを失礼しました」


 何度か咳き込んだあと、咲堂はいつもの調子を取り戻した。


「もしかしてそれも美味しくなかったとか……?」

「まさか、違いますよ。すごく美味しかったです。ただ喉の変なところに入っちゃったみたいで」


 むせてしまっていたということらしい。


「ご心配おかけしました、もう大丈夫です」


 咲堂は何事もなかったかのように笑った。

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