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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第3章 踏み鳴らす足、地を清め

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櫛川明 転機

 無心で境内に落ちていたイチョウの落葉をかき集めていると、ちりとりの中はあっという間に一杯になった。緑色をした夏のイチョウの葉を見るのは、久々かもしれない。


「——おーい、明くん!」


 のんびりとした声に呼び止められて振り返る。

 社務所の方ら、袴に白い羽織を着た人が手を振りながらやってくるところだった。


「いやー、掃除ありがとう~。助かるよ」


 スポーツ刈りの爽やかな頭をした男性——因幡龍一さんはにこにこと笑顔を讃えながらオレの元へやって来た。


「そろそろお昼休憩にしない? お腹空いたでしょ」

「ぺこぺこです」

「うんうん、そうしよう。あっ、お弁当持ってきた?」

「はい、一応」

「今朝奥さんがさ、豚汁作ってってくれたんだよ。今あっためるから、良かったら食べてって!」

「それは助かります、ありがとうございます」


 頑張って自炊した弁当は持ってきていたが、汁物はなかったのでありがたい。

 数週間前まで怪しいアルバイトにのめりこんでいたオレは恐ろしい呪いに憑りつかれていたが、すっかり健康を取り戻している。

 A市の神社で、人気アイドルグループ「ばんかみ」のメンバー土御門静さんやマネージャーの因幡兎史博さんに出会い、助けられたおかげだ。それがなければ、今頃こうしていられなかったかもしれない。


「……ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」


 あの日の別れ際、そう言って立ち去ろうとしたオレに因幡さんは「ちょっと待ってください」と引き留めた。


「余計なことを聞くようですが、今の短期バイトを辞めたあとのあてはあるのですか?」

「ないですけど」と正直に首を横に振ると、因幡さんは続けた。


「私には神社の宮司である兄がいます。現在清掃や事務などのバイトを募集しているそうです。宜しければ紹介しようかと思うのですが、いかがですか?」

「……なんでそんなことを?」

「はい?」

「オレはあなたのことを殺すかもしれなかったんですよ。それなのにどうしてそこまで気を遣ってくれるんですか?」


 正面から見た因幡さんの顔や首元には、赤いあざが見える。少し前にオレがつけたものだ。

 呪いに身も心も侵されていたオレは、助けようとしてくれた因幡さんに殴りかかっていた。自分の意志ではなかったが、運が悪ければ彼は死んでいたかもしれない。

 だというのに、この人はそんなオレの食い扶持を心配してくれている。オレにはその心理がわからなかった。


「そんなの決まってるでしょう。櫛川さんが若く、未来があるからですよ」


 因幡さんは淡々と言った。


「私ぐらいの年になると、あなたぐらいの年の若者を応援したくなるのです」


 笑わない人かと思っていたが、そのときの因幡さんは少しだけ微笑んでいた。


「助け船には乗っちゃったらどうですか?」


 脇で話を聞いていた静さんが口を挟む。


「月に何十万ももうからないと思いますけど、変な仕事ではないと思いますし」

「因幡さん、こう見えて信頼できますからね~」


 楓花さんもちゃっかり調子を合わせる。


「余計なことは言わなくていいです、二人とも」


 因幡さんが困ったように言うのが聞こえたが、彼がどんな顔をしているのかはわからなかった。目元にこみ上げる熱いものを、彼らに見られないように俯いているので必死だった。

 ——真っ当に生きよう。

 一度は道を踏み外しかけたけど、そう思えた。

 翌日、戸倉の携帯番号に電話をかけた。「途中だが辞退したい」と伝えると、戸倉は「そうですか」とあっさり了承した。


「残念ではございますが、これまでありがとうございました。なお途中で辞退された場合、アルバイト代はお渡しできませんのでご了承ください」


 そう早口で告げた電話はすぐに切れた。本来であれば労働基準監督署行き案件だろうが、そんな気もなかった。もうそこと関わりになる方がごめんだった。

 そしてオレは、神社でのアルバイトという新たな食い扶持を得た。

 学校の教室よりも狭い社務所内。今の時間はパートに出ている、龍一さんの奥さんが作ってくれた豚汁は出汁がよく効いた絶品ですぐに食べ終わってしまった。今度会ったらお礼を言っておこうと思う。


「おっ、ばんかみじゃん」


 少し早く昼食を食べ終えたあとのひととき。有線イヤホンとつなげた携帯で動画を見ていると、トイレから戻ってきた龍一さんがオレの携帯を覗き込んでいた。

 現在画面にはB&Hコーポレーションの「Cクリーン」のCMが流れているが、その下の概要欄には「ばんかみ公式チャンネル」の文字が大きく踊っている。そのままCMを流していても良かったが、一時停止ボタンを押して顔を上げる。龍一さんがこのまま話し込みそうな顔をしていたからだ。


「好きなんだ?」

「は、はい——と言っても、最近ハマったばっかりなんですけど」

「もしかして兎史博に勧められて見てたりする?」

「え?」

「本人の前では言えないけど、あいつ仕事も趣味もアイドル一筋だからさ。気許した相手には好きなアイドルのこととか結構ごり押ししてくるわけ」

「はあ、そうなんですか」

「そうなんだよ——困ったやつだよねえ」


 苦笑する龍一さん。兎史博さんは口数少ない方だと思っていたが、意外な一面があるようだ。


「だから、明くんもあいつにごり押しされた影響でハマってるんじゃないかなあと思ったんだけ……」

「いえ、そういうわけではないです! ただ単純に土御門静さんの活躍が見たいだけなんです!」


 そんなつもりはなかったのだが、勢いよく立ち上がって叫んでしまう。そのせいで両耳からイヤホンがぽろりと抜けた。

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