櫛川明 出会い
「お、おお、そうなんだ」
急にいきり立ったオレを見て、龍一さんが虚を突かれたような顔になる。自分一人だけ興奮してしまったようで、恥ずかしい。すぐに座る。
「……その、詳細は話せないんですけど色々あって」
「ほうほう」
「だけど、土御門静さんのことが『かっこいい』と思える経験をしたんです」
兎史博さんはオレや静さんの身に何があったかは当事者だけの秘密にすると言っていた。詳細は話せない。
だから、あの日見た光景はオレだけの秘密だ。
オレの中に巣くっていた呪いを吐き出したあの日、目の前で静さんが華麗に舞うのを見た。決してダンスパフォーマンスを見ていたわけではない。彼女はただ、オレについていた呪いを祓ってくれただけだ。
襲い掛かる呪いを避けながら、除霊のための人型の紙を叩きつけるその姿は踊っているかのようだった。
「それ以来ずっと、彼女のことが気になるというか、応援していたくなるというか……」
一目ぼれというのだろうか? いいや、でも恋をしているわけではない。彼女のことは好きだが、本当に恋ではない。
この気持ちを何と言えばいいのだろうか?
「——そっか、なら良いや」
弟のごり押しではないということがわかったのか、龍一さんは安心したようにため息をついた。
「ということは、イマドキでいう推し活をしてるってやつだな?」
「そういうこと……なんですかね?」
オレ自身にもよくわからなかったが、そうなのかもしれない。
「そういうことなんじゃない? 多分だけど——まっ、今のうちに色々楽しんどきな~、オレぐらいになったら全然新しいものとか楽しめなくなるからさあ。あっはっは!」
「あ、はい、そうですね……」
「若者はいいな」という話を受け流しつつ、再び画面に目を向ける。龍一さんは決して悪い人ではないが、こういう話をされたとき反応に困ってしまう。
再び再生ボタンを押した携帯画面では「Cクリーン」とかいうサプリメントのCMが挟まれてから、動画が再開された。
『……うーん、好きなことはやっぱりダンスですかね。小学生の頃からずっと夢中です』
椅子に座った静さんがスタッフからの質問に答える様子と回答のテロップが流れてくる。今回の動画は「土御門静に聞く! 50の質問」で、静さんがスタッフからの質問に答えていくインタビューのような動画となっている。これを楽しみに今日の午前中を頑張ったと言っても過言ではない。
『ダンスの一部振り付けも自分で考えてたりしますもんね、静さん』
静さんの回答に、動画内手前にいるスタッフが話題を広げる。
『そうですね——生意気なことを言うようですけど、せっかくステージに立つなら自分で考えたダンスを踊ってみたいと思いますし、何より楽しいんです。もう自分の人生で欠かせないものになってるかもしれません』
そう言い切った静さんは、楽しそうに笑った。オレの口元も自然に緩んでしまう。
『だけどアイドルとしてダンスを生業にしている以上、大変なときもあったりしませんか?』
聞き手のスタッフが、発展した質問をする。静さんは「そうですね」と一拍置いた上で言った。
『もちろん、それはあります。完成させないといけないダンスがなかなかできあがらないとか、自分のイメージ通りの振り付けにならないとか。こんなはずじゃないのにとか思ったり、逃げたくなることもあります』
意外だった。静さんでもそう思うときがあるのか。
『そういうときはどうしてるんですか?』
『そういうときもあるよね、と開き直りますね』
『ほほう?』
『だけどしばらくすればまた踊ってるし、今取り組んでるものを完成させたい! っていう気持ちが湧いてくるんです』
『なるほど、休むことと切り替えが大切っていうことですね』
『そういうことなんでしょうね』
——かっこいいな。
静さんの考え方にそう思わざるを得なかった。
「……さてと、午後も頑張りますか!」
動画を見終わったとき、ちょうど午後の一時になっていた。携帯を眺めていた龍一さんが気合を入れながら立ち上がる。
「はい、そうですね」
イヤホンを耳から外し、片付ける。
「午後もよろしくね~。早速事務作業で頼みたいことがあるんだけど……」
龍一さんの話を聞きながら、頭を日常へと切り替える。
きっと今やっている仕事でも、これからは嫌なこととか大変なことに直面するかもしれない。朗らかな龍一さんに叱責されることもあるかもしれない。
だけど、今度は逃げたくない。オレが推し始めた女神のように、生きてみたいと思う。




