23.遊びのはずだった
「あ、やっと帰って来た。そんなに話が盛り上がったの?」
呆れ顔のユウヤの姿を認めると、壁にもたれかかっていたタクヤはひらひらと手を振った。
「何でこっちに居るんだよ」
「はは。まあ、いいじゃない」
「よくないわよ。何か用があったんじゃないの?」
笑みを浮かべて誤魔化すタクヤの背後、鋭いリズの声が飛ぶ。
二人にあてがわれた部屋はもぬけの殻。カプセル以外の荷物をほぼ持たないタクヤと同室のため、それはもう、何も無く。
まもなく捜索を開始し、手始めに開けた引き戸の向こうにタクヤの姿を発見した。
じとり、と二つの視線を集めた当の本人はと言えば。
「無いよ。遊びに来ただけ」
はあ、とどこからともなく聞こえるため息に、彼はまた笑う。
「だって、暇だったから」
「そうかよ」
今度はユウヤが口から息を吐き出し、その場に腰を下ろした。
「ユアは……寝てんのか?」
居場所を確保してすぐ、ユウヤは尋ねる。
ユウヤから見て右側に、壁を向いて横たわるユアがいた。自分の腕を枕とし、器用に丸く縮こまっている。
「よっぽど眠かったみたいね。部屋に戻ってきた途端、欠伸してたわ」
「朝、大変だったからね。俺が来た時には既にこの状態だったよ」
薄く笑みながらのリズに、タクヤが付け加えて一言。
「それで、あの子はどうだったの?」
前置きはここまで、とばかりにリズが息を吐き、改めて話を振る。ユウヤが訪れていた場所については、タクヤが説明したらしい。
「元気そうだったぞ。今日は大事を取って休むだけらしい」
「へえ、それは結構なことで」
適当な返事をよこしたタクヤを横目に、ユウヤは自らが導き出した考えを口に出す。
「あいつの前で、リードの話はしない方がいいかもな」
「リード?」
不思議そうなリズの声に返答。
「ああ。名前を出した時に嫌そうな顔した」
「記憶喪失なのに?」
タクヤは訝しげな色を濃くして聞き返した。
「記憶に深く関係する、とかじゃねぇのか。ちなみにオレは経験ない」
推測であるということを前面に出し、あくまで一つの意見としての形を保つ。ユウヤが同様の体験談を示せば信憑性も高まるというものだが、あいにくそんなものはない。
「反応したのはリードだけだ。タクナバルトは何ともなかった」
「君、怪我人相手に何の話をしに行ったのさ」
話を続けたユウヤだったが、タクナバルトという言葉を出した瞬間、タクヤの目が細く絞られたことに気づく。以前行われた会話の熱量から、ユウヤがどのような会話を繰り広げたのかを察したようだ。
確かに、少し長すぎた気がしなくもない、ような気もする。ほんの少しだけだ。
ユウヤはそっと耳を塞ぎ、聞こえない振りをする。ちょうど目を逸らしたその時に、視線の先に動く影を見る。
「お、お目覚め?」
両手をつき、俯くようにして静止。その後ゆっくりと動き出し、髪が床を滑る音が静かに響く。そして、先の言葉の主であるタクヤを向いたユアは頷いた。
「ごめんね、寝てた」
彼女は目を擦りつつも、はっきりとした声で自身の行動を振り返る。
その行動の意図が読めず、ユウヤは僅かに首を傾げた。
ユアはこの一連の動きの前に既に起きていたはずだ。先程、寝息というには不自然に乱れた呼吸であったことを確認している。もっとも、いつ目を覚ましたのかまでは知らないが。
「ユウヤ、どこに行ってたの? タクヤがここにいるのって、ユウヤがいなくて暇だったからでしょ?」
「お、ああ、アイムの様子をな」
何の脈絡もなく突如向けられた質問に戸惑う声が漏れたが、そのまま返答。そこには特に触れられず、場は流れる。
「傷も治ったみたいで、めでたしめでたし。会話もさぞ弾んだようで」
「いや、あいつはすぐ寝た」
語尾を強めに雑に手を叩きつつ、先ほどとよく似た視線をよこしたタクヤだったが、その顔つきが怪訝なものとなった。
「その割には随分と長かったね」
なぜ、とタクヤははっきり表情に出して答えを促す。
「スズリの手伝いだ。倉の整理をしてたらしい」
「ああ、あの子か。……そうかい、なるほどねー」
「何だよ」
紡ぐ言葉とは裏腹にあまりにも興味が無さそうな、そのせいで意味ありげなタクヤの相槌に理由を尋ねた。
「いや、どうにも印象薄くてさ。思わない?」
ずるずるとタクヤの背中が壁を滑り、頭だけをもたれかけさせる態勢になりながらこちらへ問う。
息苦しくはないのだろうかと様子を伺うもそのまま話を続けるようなので、その懸念は頭から外しておく。
「だって巫女としてのあの子の話、聞いたことある? 何をする巫女なの?」
言われてみれば、とリズも同意した。
確かに、これに関して本人は一言も口にしていない。
ユウヤは先の顛末によってその謎の一端を知っていた。しかし、内容が内容だけに本人の存在がなく、許可も得ていないまま話すのは憚られる。
「まあ、そこまで興味も無いけど」
ユウヤの思考を遮って、ばっさりと切り捨てた。タクヤにしてみれば、ユウヤの考えなど知ったことではないのだが。
それが理由で、一人肩透かしをくらうユウヤに構う素振りを見せる者はいなかった。
その時、部屋の戸が軽く叩かれる。
「ユウヤさん、いる?」
聞き覚えのある声に、名を指されたユウヤは立ち上がってその戸を開いた。
「どうした、アイリ」
「よかった、こっちに居たんだ。あのね、今忙しい? やらなきゃいけないこととか、ない?」
上目遣いにこちらを見上げるアイリへ首肯。すると、一瞬にして彼女の口角が持ち上がり、続けて顔全体が綻ぶ。
「それじゃ、約束! 一緒に遊ぼ!」
「仲良くなったねぇ。で、ユウヤ。何すんの」
「かくれんぼだよ! 昨日約束したの!」
タクヤは座り直しながら何気なく尋ねたといった風の質問。その問いに答えたのは、ユウヤの体の横から顔を飛び出させたアイリだ。
「何、かく……っふ」
その声色からは困惑の表情が目に浮かぶようだーーと思った瞬間、今までとは毛色の違う吐息。目を向けると、そこには手で顔を覆って爆笑するタクヤの姿があった。
「に、似合わな、ふふ、ひっ……ユウヤがかくれんぼって」
「そんなことねぇだろ。笑いすぎだ」
息を吸う時でさえ笑いが伴い、引きつった音が聞こえてくる。振り返るなり視界に広がったその姿に苦言を吐く。
「タクヤさんも一緒にやる?」
「い、いや、俺は、ぶふっ……どうしよう、すごく見たい」
いまだ笑いを収めず、体を震わせて息を切らすタクヤはユウヤにとって失礼の塊と化した。
睨みつけるユウヤに気づいたか、タクヤはわざとらしく咳払い。
「アイリのお嬢さん。もっと人数増やしても大丈夫かい?」
「うん、いいよ!」
「お二人さん、行かない?」
タクヤは先ほどおさまったはずの声の震えを再発させながら二人へ尋ねた。ユウヤから誤魔化すためか一向にこちらへ直らないが、その表情は想像に易い。
「かくれんぼ……楽しそう」
「私は、ちょっと。意外に疲れが取れなくて」
思案しつつも案外乗り気なユアと対照的に、リズは疲労を滲ませた声を上げた。
「リズ姉様、具合悪いの? アイリが治す?」
アイリがさっと手を挙げる。掲げられた手首に嵌る宝石が煌めき、擦れて小さく音を立てた。
「いいえ、大丈夫よ。少し休んでいれば治るわ」
静かに首を振るリズを、なおも心配そうに見つめるアイリ。今までの明るい表情はどこへやら、一転して眉尻を下げている。
「私が残るよ」
「本当に大丈夫だから。ほら、遊んでいらっしゃい」
ユアも移動し、リズを支えるように隣へ位置した。アイリも不安げな表情を収めぬままだ。
そんな二人に、リズは優しく笑いかける。
「それなら、後で話を聞かせて。楽しみにしてるから。……ユアも、いってらっしゃい。タクヤをこらしめちゃって」
「……うん、わかった! 約束!」
「こらしめるって、リズったら」
アイリは一瞬にして笑顔を咲かせ、大振りに何度も頷いた。そんな彼女につられるように、ユアも表情を緩める。
「行こ、ユウヤさん!」
視線を移したアイリがユウヤの手を掴み、部屋から引っ張り出そうとした。思いもよらぬ力の強さは、ユウヤの足を一歩二歩と踏み出させる。
「わかったから、少し落ち着け」
「えへへ」
ユウヤの言葉に破顔したアイリと共に、手はそのままに戸を抜けた。
◆◇◆◇◆
「みんなー!」
「あ、来た!」
「アイリちゃーん!」
こちらへ呼びかける子どもたちへ、アイリはいっぱいに手を振って返す。
いずれもアイリと同年代の子どもだ。どうやら、彼女は友達が多いらしい。
「お待たせ! ユウヤさんたち連れて来たよ!」
「どの人がユウヤさん?」
「オレだ」
ユウヤが手を挙げて答えるが、なんとも言えない空気が流れた。話しかけられず、かといって話すことはなく。ユウヤがそのまま閉口していると、一人の少年がタクヤに指を突きつける。
「じゃあ横の兄ちゃんは?」
タクヤは静かに俯き、指から視線を辿らせた。
「タクヤ。俺も参加するからよろしくねー」
こちらから何か一言加えればよかったのか、と四方からじっと見つめられるあの状況の解決策を今更ながらに見つける。
そして、自然な流れで皆が同じ方向を見た。その先は、この場で名を明かしていない最後の一人。
「えっと、ユアって言います。よ、よろしくね?」
ユアがたどたどしく口を開いた。戸惑いながらも笑みを見せた彼女に、なぜか静寂が訪れる。一瞬の後、場がわっと沸き、ユアに近寄る子どもが現れた。
「お姉ちゃん、とっても綺麗ね!」
「うん! お人形さんみたい!」
彼女の周りに軽く人だかりが形成される。腕を引かれて不安定な姿勢となったユアはよろめいて膝をついた。
目線の高さが等しくなったこともあり、子ども達との距離はさらに縮められる。
「お目目きれーい!」
「髪の毛さらさら!」
頬に手を当てたり、髪に触れたりと、やりたい放題な子どもたちにされるがままである。
きゃあ、と高い声が何度も上がり、戸惑う本人を除けば皆が笑顔だ。
「わあ、人気者……」
タクヤの呟きが、まさしく全てを表していた。
女子の注目の的となったユア。助けを求めるような視線を送られているが、ユウヤにはどうすることもできない。目を伏せ、その意を示す。
「みんな、かくれんぼは!?」
「ーーあ!」
アイリの声を聞き、子どもたちは示し合わせたように顔を見合わせた。
「もう、ユウヤさんたちはかくれんぼするために来てくれたんだよ?」
ユアを取り囲む者が居なくなり、それを好機と見た彼女は静かに移動する。
両手を腰に当て、頬を膨らませるアイリに、こちら側は和むこととなった。
「それで、えーと、ちょっと人数多いから、オニは二人ね。ユウヤさんと、もう一人……ユアさん!」
「わ、私?」
びしっと指を向けられたのは、移動を終えて後ろに下がりつつあったユア。指名を受けた彼女は自身を指差して確認を取る。
ユウヤは順当であると言えるだろう。元はと言えば、昨夜のユウヤの様子からこの遊びに加わることが決まったのだから。
「俺は隠れるのかぁ。得意分野だね」
へらりと、タクヤは余裕の笑みだ。隠密性に優れた彼ならば、その反応も納得である。それだけに、こちらにとっては強敵だ。
「この里の中からは出ないで、家に入るのもなし!」
アイリが短く説明をする。ーーそして。
「それじゃあ、行くよ! ーーよーい、どん!」
その言葉を合図に、楽しげな声が遠ざかっていく。
「ま、頑張ってねー」
しばし後ろ姿を見守っていたタクヤだが、やがてゆっくりと歩き出した。それを横目で確認したユウヤは背を向け、ユアを見る。
「どのくらい待てばいいんだ?」
「うーん……二、三分でいいんじゃないかな」
「わかった。その間に作戦会議だな」
「ちょっと大袈裟すぎない?」
くすりと笑うユアを置き、ユウヤは屈み込んだ。落ちていた枝を手に取り、地面に図を表す。
「範囲がかなり広いから、手分けするぞ。オレは東側に行く。お前は西側担当だ」
「う、うん。かなり本格的だね」
ユウヤは枝で描いた里の縮小図、それに示した各自の持ち場を差した。
頑張る、と拳を握る彼女を見上げ、再度視線を落とす。
「条件は厳しいが、気配を拾えば見つけやすいな。呼吸の音も聞き逃さないようにしねぇと……」
「うん……え?」
「もう五分経っただろ。行くか」
「そ、そうだね。……あの、ユウヤ、大丈夫?」
立ち上がるユウヤの背中から、どこか不安げな声が聞こえた。
「ああ。全員、見つけ出してやる」
気合いを入れ、ユウヤは勝利へと突き進む。
◆◇◆◇◆
数分後、開始位置に全員が集合。号令をかけたのではなく、規則に則った上での結果だ。
即ち、オニの勝利。二人は勝利を噛み締め、互いに称え合いーー。
「手加減ってものがあるでしょうが」
ユウヤたちを待っていたのは、予想していた状況とははるかに違うものだった。
床に座ることを指示されたユウヤの前には、その当人であるタクヤが両手を腰に当てこちらを見下ろしている。先程のアイリと同じ動作のはずだが、癒しは一切ない。
「何が駄目なんだ。隠れた奴を探すのがオニの役目だろ」
「そうだけどさ。その情報は正しいけれども」
呆れるタクヤに、ユウヤは言葉に表せない憤りを覚えていた。
他の子どもと同じ場所に隠れていたタクヤ。体が大きい分見つけやすく、開始早々に捕まえたのだ。その時の表情は、今ユウヤの前で目を細めているそれと同じ類のものだった。
「かくれんぼって知ってる? 君くらいの年齢の子がそんなに全力でやるものじゃないよ?」
「知ってるに決まってるだろ。アレンとやった」
「それ、訓練の間違いじゃないの?」
あまりにも酷い言い草だ。
これは遊びだ、その名もかくれんぼ、と行われたそれは、普段こなしていた訓練よりもはるかに楽しいものだった。それ故に何度もねだり、これでもかと言うほど回数を重ねたのがかくれんぼである。
アレンがユウヤの遊びに付き合うこと自体珍しく、加えてやるたび妙ににやついていたことは不思議に思っていたが、それだけだ。
ーーそれだけ、のはずだ。
笑っていた理由が、アレンの手の平の上で転がされていたからではないと信じたい。
訓練の辛さにやりたくないと駄々をこねていたユウヤが、遊びという言葉にまんまと騙されていたからでは、ないはず。
「ほらね、やっぱり」
悩み始めたユウヤに気づいたか、タクヤは呆れたように首を振った。
一度現場を目撃したタナバが絶句していたことが気にかかったが、まさかこれが理由か。
「そんなはず……ねぇ、よな?」
「いや、そうでしょ。その反応ってことは、気づいてなかったんだね」
少なからず衝撃を受けるユウヤに向けられる瞳は、呆れの色に加えて微かな同情を含んだものに段階が上がる。
それならそうと言ってくれれば良かったものを。
「アレンの奴、騙したな……」
若干の怒り、そして悲しみに包まれるユウヤの耳に、小さな声が飛び込んでくる。
「もう終わっちゃった……」
アイリが呆然と呟いた。
どこか寂しげなその様子に、なぜだか悪いことをした気分になる。
「ほら、もう。本気を出すんじゃないよ」
「ゆ、ユウヤさん、もう一回、もう一回!」
「……そうだな」
ユウヤの服の裾を掴み、ぐいぐいと引っ張ってくるアイリ。特に拒否する理由もなく、そして全面的にユウヤが原因であるため、断ることはできない。
「それなら、俺がユウヤと一緒にオニをやろう。見張り役だ」
背後から肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。
ね、と同意を求めるその声に、ユウヤは小さく頷いた。
そうだ、この際に知ってしまえばいい。
アレンが何を思って遊びと称した訓練を設定したのかーーほぼ確実に何も考えていないのだとは思うが。もしくは、アレンも同様に知らなかった可能性がある。
何にせよ、これを機会と定めて知識を獲得すればいい。どうやら教えてくれるらしいタクヤが居ることだ、確実にわかることだろう。
そうなると、必然的にユアが隠れる側に回ることとなる。ユアは所在なさげに立っていたが、女子から人気を得ていた彼女はすぐに手を引かれてその後ろ姿を小さくする。
そこからが大変だった。
気配を探るな、聞き耳を立てるな、と隣で口うるさく指示され、満足いくまでに力が制限されたその末に出来上がったのは、疲弊し切ったユウヤであった。
ーー結論としては。
「……オレには向いてねぇな」
「はは」
乾いた笑いが上がるのを最後に、その声を否定する者は悲しいかな、一人も現れなかった。




