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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第3章 失われた魔法
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22.手がかりとえこひいき

 朝食を終えてすぐ、ユウヤはタクヤを置いて部屋を後にした。向かう先は決まっている。

 ユウヤは外気の暑さとは隔絶されたように冷えた床を足早に進む。

 少し歩いて辿り着いたそこに、一人の男が立っていた。男は僅かに頭を下げると、視線で促すように先を見る。

 そして手をかけた引き戸の先には、布団に横たわり、ぼんやりと天井を眺めるアイムの姿があった。ユウヤを認めると、アイムは上半身を起こす。


「ユウヤ、おはよう」


「おう。具合はどうだ?」


 挨拶に返答し、質問を交えながら脇に位置取る。アイムは柔らかく笑顔を見せた。


「もうどこも悪くないよ。今日一日安静にしてればいいって、アイリが」


 本人の言う通り、顔色は決して悪くない。良いかと問われれば手放しに肯定することは難しいが、改善に向かっているのは確かだろう。


「あ、あとね、昨日の夜にスズリが来たんだよ。あんまり話せなかったから、ちょっと残念」


「話し足りないなら、スズリに伝えるか?」


 言葉の通り残念そうに声を響かせたアイムだったが、ユウヤの提案には首を振る。


「ううん、大丈夫。きっと忙しいだろうし」


「そうか」


 端々に寂しげな感情を滲ませるアイムを見て、彼女に一言伝えておこうと決める。それならばひとまずは自分が話し相手になろうと、話題提供のために頭を回転させた。


「タクナバルトは知ってるか」


 傾ぐ首の角度がきつくなり、アイムの心情がありありと伝わってくる。


「えっとね……わかんない。何、それ?」


 ユウヤは知識を与えるという名目で、タクナバルトの素晴らしさを語った。アイムは拒絶することなく、熱意を持って口を回すユウヤの言葉を聞き続ける。


「ーーと、いう訳だ。本当にすごいんだぞ」


「へえ、そうなんだ。ユウヤ、詳しいね」


「当然だ。散々本で読んだからな」


 あことタクナバルトについての知識は他に引けを取らないと自負している。アイムの称賛に胸を張るユウヤだったが、ふと関連する情報を思い出した。


「それなら、リードも知らねぇよな」


「りー、ど……」


 どこか引っかかりを覚えたのか、アイムはたどたどしく繰り返す。想定していなかった返しに、ユウヤは記憶を頼りにしながら無いに等しい知識を手繰り寄せた。


「オレも最近知ったんだけどな、魔術の天才らしい。全部の属性を使えて、しかもユニーク……ってことしか知らねぇけど。そんな奴が存在するなんて信じーー」


 られねぇよな、と顔を上げて続けようとしたユウヤは、次の言葉を告げようと口を開けたまま固まってしまう。


 リードに関する情報を頭の中で整理しつつ言葉にしていたユウヤは俯き気味に話していた。故にアイムの表情に気がついたのは、自らの見解を締めくくるための言葉を発する直前。

 まさかの反応に驚き、アイムを凝視してしまう。


 眉間には皺が強く刻まれ、眉も平常時に比べて吊り上がっていた。微笑みに動かされる頬は硬直し、顔の下から半分の表情が消え去っている。

 あまりの豹変ぶりに、ユウヤは声をかけられずにいた。


「ん、あれ?」


 はっと気づいたように常の声音が取り戻され、アイムは目を瞬かせる。


 どれだけ時間が経ったのだろうか。いや、そこまで経っていないのかもしれない。

 場を満たしていた緊張感は、ユウヤの時間感覚を麻痺させていた。


「大丈夫か。具合悪いのか」


「ええっとね……うん、そんなことないよ」


「なら、どうして……」


 自らの体を確かめ、困ったように眉を下げるアイム。

 先を続けることができなかったユウヤに対し、首を傾げながら口を開いた。


「なんかモヤモヤして……ぼく、知らないはずなのに。これ、前のぼくと関係あるのかな?」


「……かもな」


 今までに見たことのない表情を引き出したこの言葉が、記憶を取り戻す足がかりである可能性を秘めているらしい。

 果たしてそれが良いことであるのかという懸念は残るが、心なしか笑顔のアイムにそれを言うこともできない。


 頭を悩ませているその時、アイムの手が口元へ運ばれた。彼の動きを目の端で捉えたユウヤは、体調の悪化を疑う。しかし、その焦りは杞憂に終わった。


「ふわ……う」


「眠いのか?」


 目を擦り、欠伸を噛み殺す様子にユウヤが尋ねると、小さな声が返ってくる。


「……少し、だけ。さっき起きたばっかりなんだけど」


回復に体力が回されたのだろう、今にも寝入ってしまいそうな蕩けた声が眠気に逆らって発せられている。


「また、夜にでも来る」


小さく笑うユウヤの言葉に、アイムは諦めたように横たわって手を振った。


「うん。待ってるね」


 その声に送られ、ユウヤは廊下へと踏み出す。

 経過が良好のようで何より。すぐに動けるようになるだろう。

 安堵に胸中を覆われながら道を進むと、背後から重い足音が聞こえた。そこで、ある違和感が生じる。


 その足音は本来の重みではなく、後から足された何かが原因で大きくなっているようだ。故に慣れないそれにふらつき、余計に音を立てている。何か荷物を運んでいるといったところか。

 ユウヤが振り返ると、大方予想していた通りの光景があった。


「おい」


「え、ご、ごめんなさい。前が見えなくて、その……誰、ですか」


 自信なさげな声の主はあの少女だ。短い付き合いだが、まず謝罪という点から始まるところからも彼女らしさが感じられた。

 少女は積み上げられた本の横から顔を出そうと動くが、揺れたのを感じ取って慌てて引っ込む。ユウヤは彼女の背よりも高く積み上げられたそれを半分程掴み、腕の中へと収めた。


「あ……」


「スズリ、何してんだ」


 突然開けた視界に驚き、こちらを見上げるスズリ。口を閉じることなく呆然としていたが、我に返ったように慌てて説明が為される。


「く、倉の整理です。定期的に風を通さないと、その、本が腐っちゃったりする、ので」


「これは?」


 本に目を落としつつ尋ねると、いっぱいいっぱいの様子はさらに加速する。


「えっと、あの、今日は天気が良いので、その、外に干しに行こうと思って、あの……です」


 尻すぼみになっていく声。最後は微かな息に聞こえるほどまで音量が下げられていた。

 いつまでも合わない視線が、ユウヤに対する心の内をありありと感じさせる。ただし隠し通すつもりなのであろう本人のため、気づかないふりをする。


「そうか。どこまで持っていけばいい?」


 彼女一人に任せるのは酷な量の荷物だけは、見ないふりをすることはできない。スズリはあからさまに困った顔になり、一歩後ずさった。


「えっ。……だ、大丈夫です! 私一人でーー」


 せめてこれだけは手を貸そうと思ったところ、一瞬で拒否の返答。


「前見えないって言ったじゃねぇか」


「……あ。そ、そうですね」


 明らかな矛盾に口を挟むと、自らの失言に気がついたスズリは目を泳がせながら必死になって言葉を探し始めた。

 そこまで嫌か、とユウヤは多少肩を落としつつ、彼女の態度について考える。しばらくは視線を外さずにいたが、この対応がいけないのかと思い直して目を逸らした。

 会話をしているとは思えないような不自然な空気が流れ、動きがないため消えることもない。解決策は見つからないらしく、心なしかスズリの顔色が悪くなっているように思える。


 こちらが意図していないにも関わらず追い詰められているような表情を浮かべるスズリに、ユウヤは空気を断ち切るべく端的に告げた。


「やることねぇから、オレも手伝う」


「や、あの、でもーー」


 先の失態に慌てふためく彼女はもはや必死だ。ユウヤはそこで一つの可能性を描き、動きを止める。


「迷惑なら、やめる」


 静かに待つユウヤを見上げ、言葉にならない唸りを数度上げたスズリは俯きながら答える。


「……迷惑では、ないです」


 諦めのようなものを感じはしたが、言質は取った。


「それならいい。さっさと行くぞ。……と言っても、場所知らねぇな。先、歩け」


「は、はい」


 ぎこちなく動き出したスズリを見て、ユウヤは複雑な心境の広がりを自覚する。彼女の上擦った声に、最近得た仲間からの評価を思い出したという理由で。



◆◇◆◇◆



 時折聞こえるのは彼女からの指示のみ。会話も碌にないまま黙々と作業をする二人は、その謎の組み合わせで時たま通りかかる里の人間を驚かせつつ進めている。


 この状況に関して特に思うところはない。ただ、スズリは違うようだった。

 視線を落としていてもわかるおろおろとした態度。彼女にとっては望まざる状況らしい。

 しかし、以外にも口火を切ったのはスズリだった。


「すみません、手伝わせてしまって」


「良いって言ってんだろ。オレが自分でやったんだから、お前が気にすることじゃねぇよ」


「す、すみません……」


 これまでに何度繰り返されたかわからない謝罪の言葉が再度響く。どうにも埋まらない距離に居心地の悪さを感じ、小さなため息が溢れた。それに反応したスズリが肩を揺らす。こうして悪循環が発生しているようだ。スズリの前でため息を吐くのはやめることを新たに記憶し、今度はこちらから話をする。


「お前は稽古しねぇのか?」


「稽古、ですか?」


 心底わからないといったように首を傾げるスズリに、ユウヤは続けた。


「ここに来てから、お前が稽古してるって話をあまり聞いてねぇ気がしてな。アイリはよくしてるだろ?」


 ああ、と不自然な笑いの混ざった息を溢しつつ、スズリは口を開く。


「あの子は期待されてますから。私よりも長く稽古の時間が取られているんです」


「それは……いいのか?」


 他人はもとより、当人も察するほどの明らかな贔屓。僅かに顔を顰めたユウヤに対し、スズリは答えを出した。


「里のためですから」


 そう言ったスズリの声音は納得とも諦念とも取れず、しかし淡々とは言い難い。どこかちぐはぐなそれに、ユウヤは僅かに疑問を抱いた。


「ところでユウヤさん。あそこにいたということは、何か用事でもあったんですか?」


「ない。アイムと話してただけだ」


 解消することはなく、話題の転換によって些細な疑問は片隅に追いやられる。


「アイムさん、大分良くなったみたいですね」


「ああ」


 会話は終了、無言の時が続く。

 たまに気まずそうにこちらを見やるスズリがあったが、目が合うと居た堪れないとばかりに落ち着きがなくなる。

 彼女には悪いが、気にすることを諦めたユウヤは作業に集中することにした。


 そして、数分の後。


「……これで全部です。すみません、ご迷惑をおかけして」


 全ての本を並べ終えたことをスズリが知らせる。

 ユウヤは立ち上がり、長時間丸めていた背中を伸ばした。背骨が大きな音を立て、かなり無茶な姿勢を取っていたことを理解する。


 スズリも近くの陰に移動し、腰を下ろしている。

 二人でこの有様だ。もしもスズリだけだったなら、さらなる疲労が襲っていたことだろう。


「あんな量を一人でやろうとするなよ。お前が呼んだら、オレも手伝う」


「そ、それは申し訳ないです。大丈夫です」


 この期に及んでなお遠慮するのか。すっと目を細めたユウヤは、わざと調子を変えた声を出す。


「そうか。それなら、勝手に手を出す」


「ええ!?」


 弾かれたように顔を上げたスズリはこちらの真意を確かめようと視線をよこした。ようやく相互の意思疎通のために開かれた眼に、ユウヤは口の端を緩やかに崩す。


「オレが乱暴に触る前に、ちゃんと誰かに頼れよ」


 それじゃ、と手を一振りし、彼女に背を向ける。


 返答はなかったが、ひとまずは伝わっただろう。これでユウヤの仕事は終わりーー。


「ーーあ!」


 反射的に声を上げ、振り返った。スズリは去ろうとしていた者が次の瞬間振り向いたことに面食らっている。


 ユウヤは彼女に用事があって、探そうとしていた。好都合のはずが、今の今まで思い出せなかったとは。

 ずんずんと近寄るユウヤを恐れるスズリに気がつき、その場で立ち止まる。


「後でアイムのところ行ってやってくれ。お前と話がしたいらしい」


「え? あ、はい」


 揺れる声が戸惑いを示すが、今度こそ別れを告げて歩き出す。

 そして、一人静かに残されているはずの部屋へと向かう。

よいお年を。

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