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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第3章 失われた魔法
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14.スミレの娘

 滑り出しの段階でつまづいたスズリの案内。


 始まってみれば先程の心配はどこへやら、驚くほど円滑に進んでいた。


 理由は単純である。退屈ではないが、特に興味深いものもないのだ。

 これは誰の家、あそこは誰の家、と案内のほとんどが人の名前で占められている。

 もはや、部分部分でぽつりと加えられるスズリの解説を聞くために歩き回っているようなものだった。


 そして、ふいに投げられたたまにカリムが出るという情報。ユウヤを除く三人が謎の大盛り上がりを見せる。

 そこから、土でカリムをを作らされるというまさかの珍事に発展。


 どうしてこんなところで土をいじることになるのか、言われるがままにこね始めるユウヤにはわからなかった。


 そんなどことなく哀愁漂うユウヤの背景に流れるのはタクヤの爆笑。

 砂をかけて沈静化し、ユウヤは黙々と作業をする。

 喜ぶ顔が見られるのなら、と半ば己に言い聞かせるようにして取り組んだ。


 そして一匹完成した途端、後ろから歓声が飛ばされる。


 静かに振り返ったユウヤの瞳に映ったのは何やら楽しげな女子三人組、そしていまだかかった砂を払い落とす男一人。

 これで満足か、と視線で訴えるが、返ってきたのは期待のこもった眼差しが向けられた。


 黙って次を作り始めたユウヤに、再びタクヤの笑い声。

 泥団子を投げつけるが、タクヤは余裕で回避する。


 どうやら、ユウヤが諦めた方が早いらしい。

 諦念のため息を吐き、土と向き合うユウヤ。


 そんな時だった。


「あなたが、スミレ様の……?」


 どこから現れたのか、そこには一人の老爺がいた。

 縋るようにリズへ手を伸ばし、震える声で確認を取る。

 リズが肯定すると、突然その場に崩れ落ちた。


「ああ、本当に! 本当に、スミレ様の……!」


 その老爺は拝むように膝をつく。

 押さえた顔の隙間から微かに聞こえるのは嗚咽だ。


「よく、帰られて……ずっと、ずっと待っておったのです」


 感涙に咽ぶその姿に、リズは困惑のまま立ち尽くしていた。


 この場はスズリの執り成しによって事無きを得たが、その後も次々と声をかけられ、似たような反応を返される。

 遠く聞こえる声も同様だった。


「あの方がスミレ様の娘よ!」


「まあ、本当にそっくり……!」


 先の老人のように、涙を流す者も少なくない。


 リズに向けられる言葉全てが、喜びに満ちていた。

 誰もがリズを祝福していた。


 そこに響く、ほんの僅かな不調和。


「どうして案内をするのがスズリ様なのかしら。お稽古だってあるはずなのに」


「本当に、お稽古に専念して欲しいものだよ」


 ユウヤは声の主を特定し、鋭く視線を送る。

 かち合った目は驚きの表情が浮かぶと同時に逸らされ、その集団はそそくさと距離を取っていった。


「……なんだ、今の」


「ユウヤ、どうしたの?」


「今向こうに行ったやつ、スズリのことを……」


 ユアの問いを曖昧に濁し、口を閉ざす。


 様子を見るに、その言葉を聞き取ることができたのはユウヤ一人。

 気がついていないのなら、むやみに話すことは避けるべきだ。

 スズリを傷つける結果を招きかねない。


 怒りをそのまま、後を追うために動いたユウヤだったが、それはスズリに引き止められる。


「気にしないでください。本当のことですから」


 ユウヤの言葉の意味するところを理解したらしく、スズリの声音は静かに落ちていた。

 残り三人は意図が掴めず、怪訝な顔をするばかりだ。


 視線に険が残るユウヤに、スズリは薄く笑みながら言う。


「私は桃の巫女の中で、一番力が弱いんです。……不安なんですよ。里の希望の一人がこんなに頼りないんですから」


 この一言で、全員が状況を察してしまう。


 ユウヤは何を返せばいいのかわからなかった。


 彼女の言う通り、その言葉を発した者の顔は悪意にあふれたものではなかった。

 悪気はなく、本心からの憂慮がこぼれ出たような一言。

 それは彼らの表情が物語っている。

 彼らに、賊心に突き動かされる人間特有のいやらしさは欠片もなかった。

 ただ、不安気にこちらを見つめていただけだったのだ。


「……お前は、いいのか」


 口を突いて出た言葉に、スズリは反応を見せない。


 ーースズリは平気なのだろうか。


 いくらスズリを責める意図がないとは言え、向いている方向は変わらない。

 悪意のない分、純粋に届いてしまうそれは余計に辛いものだろう。


 しかし、彼女はひどく穏やかに微笑んだ。


「慣れてますから。それより、今は里を見て回りましょう。あっちはちょっとおもしろいものがあるんですよ」


 スズリはその笑みを崩さぬまま、さらに別の方角を指差して歩みを進める。


 後味の悪い出来事があったにも関わらず、スズリはあまりにも平然としていた。

 一同はどう接していいのか計りかねる。


 暗く落ちかけた雰囲気、それは予想外に早く打ち消された。


「あー! いたー!」


 突如響き渡る朗らかな声。

 こちらに手を振り、駆け寄るアイリだ。


「アイリ? 急にどうしーー」


「スズリ姉様! やっと見つけたのー!」


 勢いを殺さぬまま迫るアイリに、スズリはおずおずと両手を広げた。


「んぐっ……」


 受け入れる体勢を整えたはずが、胸に飛び込んで来たアイリの頭がスズリの鳩尾に直撃。

 小さく呻き、後ろに重心が寄ったところをタクヤが片手で受け止める。


「あ、ありがとう、ございます」


「ああ、スズリ姉様! ごめんなさい、大丈夫!?」


「だ、大丈夫……そんなに急いでどうしたの?」


 スズリは咳き込みながらもタクヤに礼を述べ、慌てるアイリに用件を尋ねた。


 するとアイリの表情が一転、明るく輝く。


「母様が、夜ご飯一緒に食べましょうって! それでね、アイリ頼まれたの。何か、食べられないものとかある?」


 スズリの影から顔を出したアイリがこちらに向けて問いかけた。

 四人は顔を見合わせ、口々に回答。


「大丈夫よ、何もないわ」


「いいや、全然」


「私も」


「……ああ、ねぇな」


 一人だけ異なる反応を見せた者。そこへ視線が集中する。

 さりげなく目を逸らすように動くその人物ーーユウヤだったが、タクヤは目ざとく指摘。


「あれ、何その間。さては……あるな?」


 妙な勘ぐりをするタクヤは放置し、ユウヤはアイリに目線を合わせるように屈んだ。


「おにぎり、うまかったって伝えてくれるか」


「うん! おいしいよね、母様のおにぎり!」


 笑顔を咲かせたアイリは大きく頷き、そのまま駆け出していく。


 アイリは途中で振り返り、大きく声を張った。


「母様、とっても料理が上手なの! だから、楽しみにしててね!」


 今度こそ去っていくアイリ。

 軽やかな足取りは、彼女の心を写しているかのように楽しげだ。


「あの子、元気だね」


「そうですね。羨ましいです」


 五人は、その微笑ましい光景をのんびりと眺めていた。


 そこへ、入れ替わるようにして一人の男が現れる。

 目を見張るような足の速さ。それを維持したまま通り過ぎるかと思われたがーー。


「スズリ様!」


 男はナギナタを地に突き立てて鳴らし、スズリの前に膝をつく。

 顔を上げた男は息一つ乱さぬまま告げた。


「ーー少年が、目を覚ましました」


「本当か!?」


 いち早く反応したユウヤに視線が移り、肯定の頷き。


「ええ。ですが、少し様子がおかしいのです。スズリ様、今すぐお戻りになってください」


「わかりました。……すみませんが、一緒に来てもらってもいいですか」


「謝る必要はねぇよ。連れて来たのはオレたちだ。それより、行くぞ」


 申し訳なさそうなスズリに否定を入れ、大急ぎで屋敷へ戻る。

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