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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第3章 失われた魔法
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13.失せ物の回答

「スミレ様は、本当にすごい呪術師だったそうです。代償さえ支払えばあらゆる呪術をなんでも簡単に扱ってしまえたらしくて。この里始まって以来の天才で、それこそ、タクナバルト様の生まれ変わりなのでは、とまで言われていたんです」


「お母様が、ね……」


「そうなんです! 本当に、この里にとっては神様みたいな存在で……」


 スズリの熱のこもった解説に、リズは頷きつつも戸惑いを隠せずにいた。


 その様子に気づいているのかいないのか、スズリは構わずに話し続ける。


「里に伝わる有名な話がいくつかあるんです。例えば、あそこの井戸はスミレ様が掘り当てたから作られたんですよ」


 スズリの指が示した方向を向くと、そこにあったのは大きめの井戸だ。

 特筆すべき点のないように見えるそれに対し、いまいち反応することができない。


「それが、有名なの?」


 リズが首を傾げながら口に出した一言。

 ユウヤも同じ考えだ。


 時間と設備さえあれば、誰にでもできる。有名と言うには、いささか地味過ぎやしないだろうか。

 敢えて口に出すことはしないが、疑問はいろいろある。


「この話はここからが本番なんです」


 ふふん、と控えめながら彼女なりに得意気なのであろう表情が浮かべられた。

 この僅かな時間の中でさえ沈んだ表情をすることが多かったスズリ。ようやく見せた明るさに、話を聞く姿勢をきちんと取ることに決める。


「実は、見つかった理由が喧嘩だったんです。父様と地形が変わるんじゃないかってくらいの大喧嘩をした時、たまたま水が噴き出したんだそうです。父様もすごいので、それはもう大惨事になったらしいですよ」


 胸を張りながら言ったスズリだが、ユウヤは思いもよらない裏事情に吹き出しそうになっていた。


 地形が変わる喧嘩とは、一体。何が理由でそんな喧嘩を。どれだけ地面を深く抉れば、水が湧くまでに到達するのだろうか。


 ほら、と再び井戸を指差すスズリ。

 よく見ると、井戸周辺の地面の隆起が他の場所よりも激しいように見える。


 言いたいことは色々あったが、ありすぎてどこから手をつけようか悩みどころだ。


「それ、喧嘩の域を超えてるよね」


 全ての思いは、タクヤの一言に集約された。

 この状況にふさわしい言葉を導き出したタクヤに感動さえ覚える。


「お互いに自覚していて、滅多にしなかったみたいですけどね。たまに爆発すると恐ろしいことになったとか」


 スミレは随分なお転婆娘だったようだ。


 リズが思ったよりも冷静なのは、これまでに思い当たる節があったからか。

 片手で目を覆うリズに察した。


 そして、スズリの話題の中心がスミレなために目立たないが、ソウタもよっぽどのものだろう。


 警戒時はさておき、どっしりと構えながら落ち着き払うその様は安堵感をもたらすものであったために意外だ。


 端々に散らばり、見え隠れする事実を確かめているうちに、リズが何か思いついたように息を吸う。


「私にも、同じことができるの?」


「……そうでした。リズさんも、桃の巫女なんですよね」


 呆気に取られたようにリズを見つめるスズリだったが、自分で結論づけた上で納得した。


「呪術は、本当に何でもできるんです。代償さえ支払えば、それこそなんでも。ただし、扱うほどの力があれば、の話ですけど」


「スズリもできるの?」


「血筋的には可能です。ただ、今の私には難しいものばかりで」


 スズリは全員が食べ終えたのを確認し、後片付けをしながら短く述べる。


 それは自分の話をしながらも、そこで発生しているはずの何らかの感情と自身を切り離してしまっているように感じられた。


 違和感に眉を寄せるが、ここで話を止めてしまってはいけない。

 よく当たると自負しているユウヤの勘が働いた。


「あの治療も呪術だったのか?」


 スズリの表情は切り替わり、思い返すように思考の音を発する。

 そして、肯定。


「そうです。あの子はこの里で一番の治療術の使い手で……本当に、すごいんですよ」


 スズリの話は、妹を認める内容でありながらも、どこか寂しげな声音で響いた。

 ユウヤが憂う間もなく、彼女は苦笑いで話し始める。


「ユウヤさんが石のことを指摘した時、心臓が飛び出るかと思いました。アイリの呪術は、時間だけでは代償として見なされないんです」


「あの腕のやつか!」


 ようやく合点がいった。

 初めは石が吊るされていて、帰りに数個失われていた理由。それは、治療の代償として石を使用したからではないのか。


 全てが繋がり、答え合わせにスズリへ視線を送る。


 スズリは脱力し、肩を落として笑った。


「ーーはい。宝石を使うことを代償に、高度な治療を行っています。あの時は、本当に……ばれてしまうのではないかとひやひやしました」


 あの時の不自然な様子に、早口に切られた会話。

 それは警戒に値する行動としてユウヤの記憶に刻まれていた。

 誤魔化しきれていなかった気はするが、彼女なりに必死に動いた結果だろう。


 無意識であれ、常に正直なところがスズリの美点であり、弱点でもあるようだ。


 今のところ、スズリの不器用も相まって弱点として働くことが多いように思う。

 これまでの彼女の行動を思い返しつつ、その心情を慮ると実に不憫である。


「なんか、悪いことしたな」


「それは……はい」


 本気で参っていたのか、あまりに素直な返事に面食らう。

 申し訳なさでいっぱいになるが、後ろに流れるタクヤの爆笑によって散らされかけた。


 渾身の睨みを効かせると、タクヤは視線が届く直前でそっぽを向き、口笛を吹き始める。


 矛先が完全に自分へと向く前に、タクヤはスズリに話題を振った。


「それにしても、呪術はすごいね。あれだけ深い傷を痕も残さず治しちゃうなんて、よっぽど実力のある魔術師だとは思ってたんだ」


「魔術、ですか」


「……あ。君も魔術が嫌いだったり……?」


 タクヤは一瞬固まり、スズリを伺うように首をぎこちなく傾げる。


 ウメの魔術に対する憎悪は尋常ならざるものだった。

 ソウタも負けず劣らず憎しみを露わにしている。


 スズリの怒りを覚悟し、四人は息を呑んだ。


 しかし、返ってきたのは驚きの答えだった。


「いえ、私は今日まで見たことがなかったのでなんとも……嫌いと言われるとどうなんでしょうか。びっくりはしたんですけど」


「確かに、ユアがオレの治療してた時は驚いたような顔してたが……憎んでないのか?」


 予想外にあっさりとした返答に、思わず突っ込んで問い返してしまう。

 スズリは律儀にも考えているようで、僅かに間が空く。

 そして、回答。


「そうですね……話を聞く限り、許せないことだと思います。でも実際に私が何かされたわけではないですし、わからないって言った方が正しいのかもしれません」


「そんなもんか」


 スズリがユアの魔術を目の当たりにした時、彼女の顔に浮かんだのは敵対の意志ではなく、純粋な驚愕だった。

 よって、その答えは嘘ではない。


「ユアさん、すごかったです。私が呪術で治療するよりも回復力がありました」


「あ、ありがとうございます……」


 スズリの称賛に、戸惑いながらも礼を述べるユア。

 呪術の基準を知らないこちらとしては、その評価の善し悪しがわからない。

 少なくとも貶されている訳ではなさそうなので、ユアの対応は間違いではないだろう。


「皆さんも、魔術を使うんですよね。魔術って、どんなものなんですか?」


 今度はスズリからの質問。

 一発目から答えにくいそれに、沈黙が広がっていく。


「どんなものって言われてもねぇ。まともに使えるの、ユアしかいないんだよ」


「そうなんですか? 魔術はほとんどの人が使えるって聞いたんですけど……」


「ここ、例外の集まりだから。参考にしない方がいいよ」


 全くもってその通り。


 スズリの疑問、それは魔術が不得手な人間、もしくは使えない人間が過半数を占めるこの集団にぶつけるものとしては失格だ。

 故に、全てをユアに押し付ける形となってしまう。


「魔術は、全部で七つの属性があります。私は無属性と水属性が使えます。無属性はさっきの治療、あとはシールドです。水は色々ありますよ」


 改めて考えると難しい質問でありながら、ユアは簡潔に説明を終える。

 そんなユアに、スズリは新たに疑問を生み出したらしい。


「水、ですか」


「やってもいいんですけど、見られたら大変なことになるような気が……」


「あ……そうですね。なります」


「隠すか」


 ユウヤは周囲の視線を遮るように動く。タクヤもさりげなく寄り、隙間を詰めた。

 二人を囲むような動きを見て、ユアは周囲を伺いつつ準備に入る。


 ユアは小声で術式を唱え、ほんの小さな水球を浮かび上がらせた。


「これが……」


「触っても大丈夫ですよ」


 おっかなびっくり浮かぶ水球の周りに手をかざしていたスズリへ、ユアは微笑みながら伝える。


 スズリはおそるおそる触れたり、つついたりと存分に堪能していた。


 一方ユウヤは、ユアの口からすらすらと流れ出る言葉に圧倒されるばかりだ。

 敬語を使うことで、普段とは随分印象が変わったように思える。

 別人と言われても納得してしまうほどの変貌振りだ。


 視線を感じたか、顔を上げたユアと目が合う。

 こちらに向けられたその笑みは、相変わらず綺麗に形作られていた。


 そうしてひとしきり遊び終え、水球は消滅。


 スズリが感想を伝える横で、タクヤは呟いた。


「……結局、俺たちはどうすればいいの?」


「何がーーあ」


 当初の目的は、里を案内するための説明をすることだったはずだ。

 そして結果、ユウヤの頭には井戸の情報しか入って来なかった。


「そ、そうでした。すみません、すっかり忘れてしまって……」


 慌てて頭を下げるスズリ。


 彼女は必死に考え、数分の後。


「取り敢えず、里を一周しましょう。狭いので大して時間もかかりません」


「そ、そうか」


 これまでの流れを一切無視した提案。

 まさかの展開に思わず気の抜けた声を出してしまう。


 恐らく四人が抱いたであろう戸惑いには気がつかず、スズリは立ち上がる。


 そして、ようやく里の案内が始まった。

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