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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第3章 失われた魔法
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4.見知らぬ世界

 門をくぐった先には、未知の世界が広がっていた。

 歩きながら、ユウヤの目は忙しなく動く。


 建物は平屋で藁葺き屋根。そんな形式の家は目にしたことがない。

 そして、人は皆、少女と同じ奇妙な服装だ。

 一様に揃えられたその服はゆったりと落ち着いた空気を感じさせる。


 最も大きく、雰囲気が違う。


 ーー良い意味でも、悪い意味でも。


 自然と共存するように位置するここは、特別に絢爛な様子はなくとも十分に豊かであるのだろうと想像がつく。

 綺麗な住居や、設備がその証拠だ。


 きっと穏やかで平和な場所に違いない。


 ーー普段は、と言わざるを得ないが。


 門番とのやり取りから察しはついていたが、ものの数歩で歓迎など微塵もされていないことが明らかになった。

 怪我人を連れていることにより集まっている視線の他、妙なものを感じる。


 ある者は目を見開き、立ち竦む。

 ある者は距離を取るよう、一目散に走る。

 ある者は口を開けて呆ける子どもの手を無理矢理に引き、庇うように抱き寄せる。


 大半の者は逃げ込むように住居へと入っていった。


 途中すれ違った先程の門番。どうやら伝令としての役割を果たしたらしい男が小走りに門へと向かって行くが、そこでも観察するような視線を投げられる。


「どういうことなの?」


「見て、あれ。連れて来たのはスズリ様みたい」


「何考えてるのかしらね」


「どうして、外の人が……?」


 細く聞こえるその声。そして、背けられるか刺されるかという視線。

 奇異から発生する類のものか、もしくは排他的によこされたものか。決して友好の眼差しでは無い。

 どこか居心地の悪いそれに晒されながらも、一行は歩き続けた。

 そしてほどなく、大きな屋敷に辿り着く。


「……あ、靴はそこに置いてください」


 履き物を脱いで中へ上がる少女。

 家で靴を脱ぐ習慣が無かったユウヤには驚きだが、事態は一刻を争う。何も言わずに少女に倣った。


 少女は無言で長い廊下を進んで行く。

 そして、突然止まったかと思うと、木の枠に紙が貼り付けられている変わった見た目の引き戸をゆっくりと開けた。


「少し、いいですか」


「スズリ姉様! どうしたの?」


 驚いたように振り返ったのは、これまた少女だった。

 横髪を三つ編みに結び、後ろへ持っていって束ねるという洒落た髪型の少女が大きな目を瞬かせる。

 さらに奥にいる老婆はこちらをじろりと睨みあげた。


「どうされたのです。今はアイリ様のお稽古の最中ですよ」


 厳しい口調で叱責された少女は肩を震わせたが、弱々しくも答えを返す。


「ご、ごめんなさい。その、治療して欲しくて……」


「スズリ姉様、怪我したの!?」


 勢いよく立ち上がろうとする少女を制し、こちらの少女が話を続けた。


「私じゃないの。ちょっと、ついてきて欲しいんだけど……」


 それだけで何かを察したのか、少女は薔薇色の髪を翻して老婆と向き合う。


「お稽古、一旦休憩にしていいよね?」


「……アイリ様がおっしゃるのでしたら」


 にっこりと笑った少女は不服そうな老婆を置いて立ち上がり、後ろ手に戸を閉めた。


 少女はタクヤの背で青ざめている少年を見ると真剣な顔つきになる。

 そして、叱責の後に俯いてしまった少女の手を引いて歩き出した。


「奥の部屋に行こ、スズリ姉様」


 少女の導きで、一行は早足に進む。


◆◇◆◇◆



 目的の部屋に到着したか、二人の少女は立ち止まる。


「お兄さん。この人の怪我、見せて」


 少女の求めに応じ、タクヤは背負っていた少年を抱きかかえるようにして前に移動させた。


「顔色悪いね……って、わ! 血だらけ!?」


「俺はどうすればいい?」


 少年を見て驚きを隠せずにいた少女だが、派手に取り乱すこともなく指示を出す。


「取り敢えず、奥の布団に寝かせてあげて。治療は一人でやるから、部屋の外に出て欲しいな」


「中にいたら駄目なのかい?」


「お兄さん、里の人じゃないもん。だから、駄目です」


 少女は微笑みながらも頑なに受容しない。きっぱりと断る言葉と共に、その態度も明白なものだ。


「……そうかい。わかったよ」


 有無を言わさぬその口振りに、タクヤも大人しく引くしかなかった。

 少女の後に続いてタクヤも入室し、すぐに身一つで戻る。


「終わったら呼ぶから、少し待っててね」


 戸から顔だけ出し、手を振って再び姿を消す少女。


「…………」


「あの……」


 ある箇所に釘付けとなっていたユウヤへ、残った少女は恐る恐る声をかける。


「何だ?」


「その……手、大丈夫なんですか?」


「ああ! ユウヤ、治療!」


 少女の視線に従い、自分の手に目を落としたユウヤだったが、ユアの大声でようやく思い出す。


「これか。忘れてたな」


「忘れてたって……ユウヤ、痛くないの?」


 ユアが気遣わしげに尋ねたそれは既に血が乾き、腕を一直線上に流れて痕を残していた。

 ふむ、と一呼吸置いて端的に述べる。


「痛ぇ」


「早く言ってよ!」


「本当にどいつもこいつも……」


 ユアが一喝、リズが呆れたような息を吐くが、ユウヤとしては不満だ。それどころではなかったのだから、大目に見て欲しい。


「無よ、我が意志に従え。ーーヒール」


 温かな光がユウヤの手を包んだ。淡く光り、患部がみるみる姿を消していく。


「……これ、が」


 発言に気がついたユウヤが視線をやると、顔を強張らせた少女がいた。

 掠れたその声がどうにも引っかかるが、腰を据えて気に留める暇はなかった。


「もう入っていいよ」


 そっと引き戸が開けられ、ひょっこりと顔を覗かせる先程の少女。


 今は考えるよりも優先すべきことがある。


 続いて部屋に入ると、仕切りの向こうに敷かれた布団に少年が横たわっていた。

 顔色は劇的に改善され、呼吸も安定している。


「アイリ、どうだった?」


「もう大丈夫。今はぐっすり眠ってるから。多分、しばらくは起きないと思う」


 姉の問いに回答した少女はこちらに向き直った。


「傷はかなり深かったの。でも治療された痕が残ってて、止血もしてた。そのおかげでぎりぎり大丈夫だったよ。多分、元の傷は左の脇腹をぐさーって感じだよね?」


「よくわかるね、お嬢さん」


「怪我を治すのは得意だから! アイリの仕事なの!」


 微笑んで褒めるタクヤへ、少女はえっへんと胸を張る。

 やっと十を満たすのではないかと思われる少女のその行動で、場の空気は一気に和やかなものとなった。

 可愛い、と呟いたのはユアだ。


「お兄さんも血だらけだけど、平気?」


 少女は首を傾げ、タクヤを指差した。


 血が付着することを厭わずに少年を背負ったタクヤだったが、改めて見るとそれはひどいものだった。


 身に纏う黒で見えにくいとは言え、誤魔化すことができないほどに濡れた赤が染み込んでいる。

 手袋は湿り気を帯び、ユウヤの視線に応えてか、タクヤが重ね合わせるとべちゃりと音を立てた。

 そして、小さく息を吐く。


 この一連の動作を、タクヤは無表情で行った。

 確認のようなその行為はどこか慣れているようにさえ見える。


「俺はコイツおぶってただけだから。後で着替えるのでお構いなく」


「じゃあ、気にしません。でも、早めに着替えた方がいいと思うよ? そのままだと、危ない人に見えちゃうから」


「お嬢さんの言う通り」


 笑いを取りに来たらしい少女へ、タクヤは肩をすくめた。

 タクヤに余計な会話をする気は無いようで、それ以上は口を開かない。


 普段の様子からはまるでぴんと来ないが、この男は十分に危険人物である。

 それは対人戦闘になると顕著に現れるが、こうしてみると本当に普通の男だ。

 ユウヤの視線に気がついたのか、タクヤは取り敢えずといったように微笑む。


「終わったことだし、アイリはお稽古に……そうだ!」


 立ち上がった少女は思い出したように声を上げ、部屋の中央へ移動。服をふわりと靡かせて振り返る。


「アイリの名前、アイリって言います! 十一歳です!」


「そうでしたね。ーー申し遅れました。私はスズリです。えっと……十六歳です」


 はつらつとした妹とは正反対に、姉のスズリは静かに一礼。

 あまり似ていない姉妹のようだ。


「それじゃあ、アイリはお稽古に戻るね。またね、スズリ姉様!」


 手を振りながら、スズリと似たような服装で器用に走るアイリ。満開の笑顔が遠ざかって行く。

 スズリと言えば、それを棒立ちで見送るばかりだった。


 その表情は、どこかーー。


「皆さんの名前は聞いていませんでしたよね。差し支えなければ、伺っても……?」


 思考は、スズリの言葉に遮られる。答えたのは、なぜかタクヤ。


「手を怪我してたのがユウヤで、それを治療したのがユア。何もしてないのがリズで、俺はタクヤって言うんだ。気軽にお兄さんって呼んでくれていいからね」


「えっと……」


 リズが手刀を食らわせる。タクヤは頭を押さえようとして手を硬直させた。

 頭を庇えば、タクヤは髪をも血の色となる。


「いって……!?」


「困らせてどうするの。気にしないでいいわ。こいつには言って聞かせておくから」


「掴みは大切なのに……それより、さっきと同じところ叩いたね。君は許さん」


 痛みを逃すこともできずに悶絶するタクヤは声を震わせながら抗議。

 自分で招いた結果だとは言え、あまりに憐れなその様子。ユウヤは内心同情した。


「頭撫でてやろうか」


「いらない。後で自分でやるから」


 心の内に留め切れなかった同情が漏れてしまった。蹲るタクヤはこちらを睨み上げながら断固として拒否する。

 遠慮する必要はないのだが。

 ユウヤにとってこの状況はどちらかと言えば楽しいものである。日頃の恨みを晴らさん、とばかりに準備は万端だ。


「あの……名前、似てますね。ご兄弟ですか?」


「違います」


 慌てたように話題を変えたスズリに、タクヤの食い気味の否定が入る。

 唐突な敬語に耐えられなかったユウヤは小さく吹き出した。


「何笑ってんの?」


 勢いよく立ち上がり、ユウヤに噛みつかんばかりに目をつけるタクヤ。ユウヤはさりげなくリズの後ろへと移動する。

 さっきの今で手出しはできまい。ユウヤの考えは大当たりだ。悔しげなタクヤの表情に勝機を見る。


「あ、あの、ごめんなさい。とても、仲がよく見えたので」


「別に仲が悪いわけじゃないから。君は気にしなくてもいいよ。君はね」


「そうよ。馬鹿みたいねって笑ってやるくらいでちょうどいいわ」


 慌てふためくスズリを見て、タクヤは訂正を、リズは横槍を入れた。


「そ、そうなんですか……」


 スズリは苦笑いを見せる。ここに来て、ようやく笑顔と言える類の表情だ。

 笑う要素が無かったということもあるが、それにしてはどこか暗いばかりで妙に顔の緩まない少女だった。


 ユウヤの見当違いの安堵はさておき、諸々へ向けて眉を怒らせるタクヤだったが、咳払いで切り替えを図る。


「とにかく! 今更だけどさ。ここ、どこ? 地図に載ってないよね?」


「こ、ここは桃の里です。桃といっても、桃が有名なわけではないんですけど」


 数秒前とは大違い、にこやかに尋ねるタクヤの豹変振りに戸惑いつつも、スズリは答えた。


「不思議な話だね。どうして?」


「えっと、この里には三人の巫女がいます。総称して、桃の巫女です。決まって桃色の髪を持って生まれることから、この名前が取られたそうですよ」


 『巫女』という言葉は聞いたことがない。

 それはユウヤ特有の常識の欠如か、はたまた共通の疑問なのか。そっと他を伺った。


 三人とも平然と話を聞いている。残念なことに常識の欠如だったようだ。黙って話を聞くことにする。


「巫女さんって何をするの?」


「儀式やお稽古です」


「どんな?」


「……おい」


 流石に質問責めが過ぎるのではないかと思い始め、窘めようとしたその時。


「ーーあなたたちには、関係のないことです」


 先程までは、緊張が濃くありながらもこちらの疑問の解消に協力的だったスズリ。突然の明確な拒絶が、友好と取れていたはずの時間を断絶へ導くような感覚に突き落とす。


「……ふうん。そう」


タクヤの反応に、やってしまったとばかりの慌て振りを見せたスズリだが、訂正する気もないらしい。

 四人に背を向け、戸に駆け寄る。


「あ……そ、の。私は用事を済ませに行ってきます。私が戻って来るまで、外には出ないでください。……また後で、来ます」


 細くそう残したスズリは誰とも目を合わせること無く、早足に部屋を出て行った。


「スズリさん、急にどうしちゃったのかな……」


「俺、何にもしてないよ」


「今回はタクヤが悪いとも言い切れないわね。特に余計なことも話していないわけだし」


「だよね」


 不安気なユアの頭を撫でながら、珍しくタクヤの無実を認めたリズ。

 特に応えた風でもなく、のんびりと構えたタクヤは戸の方向を指差した。


「出ないでっていうか、出られないよね。あ、後ろ向いてて。着替えるから」


 いつの間にか、部屋の外には見張りの影がある。

 言葉の割には大して気にした様子を見せないタクヤは、思いついたように着替えを始めた。


 随分と余裕がある。

 ユウヤは捕らえられたような気さえしているというのに。


 明かされない何らかの事実があることは明白だ。それはこの里の根本に関わることなのだろうか。

 疑問は尽きないが、思考するにも限界が訪れる。材料が少ない今、考えたところで時間の無駄だ。

 不安は消えることなく、胸に居座り続けていた。

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