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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第3章 失われた魔法
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5.失せ物

「この子、何者なんだろうね」


 重たげな雰囲気の中、口を開いたのはタクヤだった。


 着替え終え、さっぱりとしたタクヤだが、時折髪の毛から雫を滴らせている。


 ユアの魔術で顔を洗い、もとい水弾を顔面にぶつけられ、今は大きな水球の中で服の血を抜いている最中だ。

 現在、発動主は漂う服と血液から目を背けている。


 水弾の件は完全にタクヤに非がある。上の服を着ないままユアを呼ぶからだ。


 そういう訳で多少髪を濡らしたタクヤの言葉に、規則正しい寝息を立てる少年に視線が集まる。


「あんな怪我こさえて道端に倒れるって。盗賊にでも襲われたのかね」


 タクヤは毛布を剥がし、少年の服に手をかけた。

 あろうことか服をめくり、腹を露出させる。


「傷は残ってないのか。あの子、可愛い顔して相当やるね」


「あんたね……」


 リズがその手を押さえ、服を元に戻した。


 それでね、とタクヤは続ける。


「変な言い方だけど、刃物だったら傷口はもう少し綺麗に切れてるはずだ。ただ、この子はだいぶぐじゅぐじゅだった。よっぽどのなまくらでやられたか……それか、枝にでも引っ掛けたんだろうね」


「枝でここまでひどくなるか?」


 あまりに大きく聞こえるその話に、ユウヤは違和感を唱えた。しかし、ユウヤの疑問はすぐに解決する。


「俺たちの通ってた道って、崖のすぐ下なんだよ。上から勢いよく落ちてきたんだとしたら、あるいは……ってね」


 想像するだに恐ろしい考えに至り、ユウヤは身震い。それを見たタクヤは肩をすくめる。


「これは全部推測。実際のところは本人に聞かなきゃわかんないよ」


 お手上げだと手を投げ出し、タクヤは長いため息を吐いた。


「俺らはあの子を待つしかないってことだね。下手に動いたらどうなるか」


 言いながら、タクヤは戸を指差す。

 そこにはぼんやりと見張りの影があった。よく見ると、見張りの人間よりも高く、細いものが携えられている。


「見張りにしては、随分と重装備だ。あれ、なんて言うんだっけ。……ナギナタ?」


「ナギナタって、刃物がついてる武器か?」


 ユウヤの知識では、それは魔術の発展によって姿を消していったものの一つである。

 遺物とさえ言えるであろう代物が目の前にあるこの状況。残念なことに、喜びではなく警戒が先をついてしまう。


「ちょーっと、おかしいよねぇ」


 タクヤは声を潜めながら、そして三人にも同様に小声で話すように指示を出し、距離を近づけた。


「この場所について、里の名前の由来について、巫女の仕事について。この三つには答えてくれたのに、肝心の内容については完全に拒否された。いくら知られたくないからって、あそこまではっきり言うなんてよっぽどだよ。特に、あんなに気弱そうな子がね」


 指折り数えながら、タクヤは不審な点を炙り出していく。


 部外者に知らせたくないという気持ちはわからないでもない。

 しかしそれならば一言、教えることはできないと言えばいい話だ。口を挟む隙もないほどに拒否する必要は無い。


「門番の態度だって、ここにいる見張りだってそうだ。この里、何かあるのかもね」


 その結論にユウヤも納得する。


 何かなければおかしい。

 そう断言できてしまうほどに、里に入ってからの住人の行動は不自然なものばかりだった。


「あっちも必要以上に俺たちを疑ってるみたいだし。長居は無用だ。さっさと終わらせて、さっさと出て行こう」


 最後の一言を強く言ったタクヤ。見張りに聞かせる意図があるのだろう。

 案の定、向こうは微かに動きを見せた。


「そうだな」


「……何してんの?」


 突発的なユウヤの行動、這いつくばるような姿勢を取るという奇行に疑問を抱いたタクヤが訝しげな視線をよこす。


「話、終わったよな?」


「いや、終わったけど……何かあった?」


 タクヤは何とも言えない顔をしたが、ユアは首を捻りながらも当たりをつけたようだった。


「ユウヤ、何か探してるの?」


「ああ。石を探してる」


 ユアの問いに返しながら、ユウヤは少年の周囲を重点的に捜索する。


「石? 何でまた」


 予想もしない答えだったらしく、タクヤは目を丸く驚きを表した。


「あいつ、石落としていっただろ?」


「話が全く見えないんだけど……」


 小さく首を振るリズに、タクヤが補足する。


「アイリだよ。確かにあの子、石のついた紐つけてたけど……」


「それ、失くしたみてぇだから」


 治療の直前にアイリが手を振った時、ユウヤは腕に嵌められた革の紐、そしてそれに吊るされていた複数の小さな石の存在を知った。

 くたびれた革とは違い、様々な色に輝く綺麗な石が印象的な代物だ。

 それが帰りがけに手を振った時にはいくつか失われていたのだ。


「あの一瞬でよく気づいたね。なるほど、かなり値も張りそうなやつだったし、失くしたらもったいない」


 スズリが戻ってくるまでやることもない。暇つぶしくらいにはなるだろうと、四人での捜索に入る。



◆◇◆◇◆



「ただいま、戻りまし……何してるんですか?」


「あ? 何って……」


 眼前に広がる光景を前にして、一番に疑問を口に出すスズリ。

 それもそのはずだ。第三者の視点を鑑みて、ユウヤは自分の行動が異様であることを察する。


「おーっと、お嬢さんか。待ってたよー。もう退屈で退屈で」


 大袈裟に言ってみせるタクヤは床に這う態勢を取っている。他の三人も似たような姿勢だ。

 スズリの表情はますます怪訝そうに変化していく。


 ユウヤの見た石。それは小指の爪の半分ほどの大きさであり、一度落としてしまえば探すのは容易ではない。故の姿勢が、スズリには怪しさしか読み取ることのできないものだろう。

 何か誤解しているように一歩後ずさるスズリの行動を責めることはできない。


「えっと、全然退屈そうに見えないんですけど……何かありましたか?」


「お前の妹、石失くしてただろ? 探してたんだ」


 退屈だったというのはあながち間違ってはいないが、それだけでは何の情報にもならない。

 ユウヤは立ち上がり、状況の説明に努める。


「石、ですか? 会ってきましたけど、特に何も言ってませんでしたよ」


「また稽古中に踏み込んだのかい?」


 胡座をかきつつ尋ねるタクヤに、スズリは首を横に振った。


「あ、いえ、そういうわけじゃないです。父様に呼ばれて集まったんです」


「父様……あのおっかない人か」


 四人の頭の中には、恐らく共通の男があった。

 門番に見張りをつけるように指示したあの男。疑いを隠さずに向けてくるという点で、タクヤの評価に賛成だ。


「多分、それで間違ってないと思います」


 スズリは苦笑を落とし、こちらの考えを肯定する。

 自分の父親に対してその反応は正しいのか。


「アイリはよく物を失くすんです。その時はもう大騒ぎで。だから今回は何もないと思うんですけど……どうして、妹が石を失くしたと?」


 苦笑いから純粋な微笑みに変化したスズリの表情。

 そんなスズリは首を傾げ、ユウヤの発言の意図について回答を求める。


「革紐、腕につけてただろ。そこにくっついてた石、治療前はちゃんとあったはずが、帰りは何個か失くなって、た……?」


 ユウヤは言葉を止めざるを得なかった。



 ーー明らかに様子がおかしい。



 スズリは目を見開き、その場に硬直していた。


「お、おい。どうかしたか?」


 は、と我に返ったように息を吸い込み、スズリは顔を上げる。


「そうですか。まだ気づいていないだけかもしれません。後で探しておきますね」


 一息で会話を切り、ここからが本題とばかりにスズリが姿勢を正す。


「ばば様がお呼びです。ばば様のところまで、私が案内します」


「ばば様? 俺たち、この少年が起きたら帰るつもりでいたんだけど……何か、聞いただけでめんどくさ……じゃないや。どうして、急に?」


 再び、拒絶とばかりに瞳を閉じたスズリ。


「ばば様が、呼んでいるので」


 同じ内容を繰り返すスズリだったが、今度はタクヤも引かなかった。


「理由は言わないつもりかな?」


「すみませんが、それは……」


「言えないって?」


「…………」


 タクヤは瞑目し、微かに笑いの吐息を漏らす。


「挨拶ってわけではないらしいね。嘘でもそう言ってくれればよかったのに」


 よっこいせ、と勢いをつけて立ち上がったタクヤ。歩みを進め、スズリの目の前で立ち止まる。


「何でここに来たばっかりの俺たちが、危険人物である俺たちをその一言で簡単に動かせるほどの力を持つ人間と会わなきゃいけないのかな?」


「え、えっと、その……」


 見下ろすように立つタクヤに、スズリは怯えを見せた。しかし、タクヤの言葉は止まらない。


「囲んでやっちまえ、みたいなことはやめて欲しいなっていうのが俺の希望なんだけど」


「ーーひ」


「タクヤ。やり過ぎよ」


 腕を引かれ、タクヤの体が傾ぐ。

 その正体がリズであったことにタクヤは目を瞬かせ、首を傾げた。


「そう?」


「そうよ。……怖がらせてごめんなさいね」


「い、いえ。大丈夫、です」


 腰を抜かし、壁を伝ってずるずると尻餅をつくスズリだったが、リズへの返答は聞こえる。


「ごめんね。俺たち、今までに結構危ない目に遭ってきてるからさ。つい警戒しちゃった」


 いつもの笑顔でスズリを助け起こそうと動いたタクヤ。

 先程とは一転した空気、差し出された手に躊躇を見せたスズリだが、素直に従う。


「……こちらこそ、不確かな態度しか取れなくてすみません。私も、全ては聞かされていないので。でも、暴力は無いと思います。そんなこと、私たちにはできません」


「そうだね。俺たちは挨拶するつもりで行くよ。そのばば様がどんな目的であろうとね」


 形ばかりに取り戻した関係を、タクヤは言葉で繋ぎ止めた。


「それでは、こちらに」


 引き戸に手をかけ、振り向いたスズリ。その言葉に頷き、四人は部屋を後にする。


 静かな部屋の中、動くものは一つとしてなかった。

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