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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第2章 望まぬ再会
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30.出立

 タクヤが土産を片手に帰ってきたのは、いい加減日も落ちてどっぷりと暗くなったまさに夜のことだった。

 それはちょうどリズの髪を切っている場面で、お互いにしばし無言で状況把握に努める。


 ユウヤはタクヤの持っている紙袋の中によからぬものが入ってはいないかと疑う。

 タクヤはユウヤの持っている鋏に僅かな緊張感を抱く。


 紙袋から漂う匂いに気づいたリズがそれを取り上げたところで、主にタクヤから発生する張り詰めかけた空気は消滅。

 両者共に誤解が解け、タクヤは紙袋に群がる三人を遠く見つめていた。


 ついでに、とユウヤはタクヤにも髪も切るかどうか尋ねたが、速攻で却下された。

 鋏を持った人間が背後に立つことに抵抗を覚えるらしい。アレンと全く同じ理由だったことに驚かされる。


 その後、朝から何も食べていないと愚痴をこぼしながら食事を取り、疲れたと一頻り騒いだ後にベッドに倒れ込んでいった。そして三人にある程度の情報を伝えた後、一瞬で眠りへ落ちていく。

 流石に気の毒に思ったのか、リズが毛布をかけてやっていた。


 それから、二人の散髪を再開する。


 アレンとは全く異なる髪質に内心戸惑いながら、慎重に切り進めていった。さらさらと手から零れ落ちて行く指通りのよい髪から、ふわりと漂ういい香りが鼻を抜けていった。

 切り終えた後、二人からの想像を超える大絶賛に驚いたが、喜んでもらえたのなら何より。


 タクヤの帰還よりも前に夕食を済ませていた三人だったが、別腹と称して土産に手をつける。小さなカップケーキがちょうどいい満腹感を与えてくれた。

 中途半端に五つ入っていたため、取り敢えずと二つ残し、明日に取っておく。

 一つはタクヤの分だとして、もう一つはどうすべきか。その考えも明日へ持ち越しだ。


 眠気に蕩けた視界はもはやベッドしか映さない。それはユアも似たようなものであり、船を漕ぐその姿に思わずリズと顔を見合わせて笑った。

 そして、大人しく就寝。


 明日はこの町に滞在する最後の日となる。

 入眠直前のタクヤに、翌日の昼頃には宿を出ることを告げられた。理由を口にする前に限界が訪れたようだが、先日聞かされた通り、騒ぎになるからだろう。

 度重なる異常事態により、先延ばしになってしまっている旅の行程だったが、ようやく動き出す。



◆◇◆◇◆



 それは早朝、人々がようやく起き切った頃に行われた。


 警察によって虹である橙の出現、そして消滅が発表。研究所倒壊の原因が橙であることも明らかにされた。それにより、町は急速にざわめき出す。


 虹の自然消滅はあり得ない。

 しかし討伐者は不明、さらには橙の正体まで明かされずじまい。不安や疑念の声が多く挙げられたが、警察は公開した以上の情報はないと頑なに話し続けた。


 それでも、討伐については真実であると繰り返す警察。

 人々は首を傾げながらも、そのような不謹慎な嘘を警察がつくはずもないと判断し、その情報を信じることになる。


 疑いの声が過ぎ去れば、町に溢れるのは歓喜だ。

 赤に続く虹の討伐。町全体の話題が持ちきりになるには充分な要素である。そんな軽くお祭り状態となった道をかき分け、四人は草原へと向かった。




「ーーあはははは! うわ、見たかったな、ユウヤの一回転」


「殴られてぇのか」


 リズによって暴露された昨日の出来事。目に涙を浮かべて笑い転げるタクヤに怒りが込み上げてくるが、事実であるために弁解のしようもない。


「やっぱり、そうなるよね」


「見てねぇくせに何でわかんだよ」


 息を切らしながら納得の声を上げたタクヤへ、ユウヤは不満をぶつける。始めからわかっていたかのようなその口振りへの微かな憤り、そして一番は笑いすぎなタクヤへの怒りだ。


「ユウヤの戦い方って、一人で完結してるんだよ。共闘のことは一切考えられてないみたいにさ。……いや、ユウヤに協調性が無いって言ってるわけじゃなくてね?」


 それは当たり前だ。アレンから教わったのがこの戦い方。一人で戦い、一人で生き延びる方法を徹底的に叩き込まれたのだ。アレンの口からは協力のきの字も出なかった。


「そう? 私は結構やりやすかったけど。共闘相手にはもってこいだと思うわよ」


「ユウヤ、あの時は本気出してなかったよね?」


「ああ、まあ」


「…………」


 タクヤの問いをあっさりと肯定したユウヤに、リズが複雑な表情を向ける。


「ご、誤解だ! そういうことじゃねぇよ!」


 これではリズの大事な場面でユウヤが真面目に戦わなかったように思われてしまう。

 慌てふためくユウヤの横、タクヤも焦ったように口を開く。


「おっと、そういう意味じゃなくてさ。無理に周りを見てたから、ちょっと鈍ってたって話」


 まとめられたその一言に、ユウヤは何度も首を縦に振った。


 そもそもの相違点として、ユウヤはリズと共闘したつもりがないのだ。


 誰かが崩れたらいつでも助けに入れるよう、周囲の確認は行っていた。

 そしてユウヤの考えを汲んだかのように戦っていたリズによって死角が消え、目の前の敵に集中することができた。ただ、それだけだ。

 それはリズも同じこと。そう思っていたのだが。


 ユウヤが考えを口に出すと、リズは唖然としたまま固まってしまった。


「そう、だったの……」


 相棒がいたということは、共闘が前提の戦いをしてきたのだろう。本当に、ユウヤとは正反対だ。


「俺が気づいたのはシャーロットと戦った時。本当はユウヤに合わせて奇襲かけてやろうと思ってたんだけど、やられそうになるまでタイミング掴めなかったんだよ」


「声かければよかったじゃねぇか」


「三人目の存在がバレていないっていうのが、あの時唯一のアドバンテージだったんだよ? 声なんて上げたら全部水の泡だ」


 肩を竦めるタクヤに抗議するユウヤだったが、次の言葉に納得する。

 シャーロットの驚異的な力の前では効果を発揮しなかったが、一般的に見れば成功してもおかしくはなかった戦法である。


「ところで、これって言ったっけ。……必死に魔術の練習しなくてもよくなったかもしれないって」


「……あ? どういうことだよ」


 突然の話題の転換、そして衝撃の発言。


 魔術の練習をしなければ、ユウヤは暴走してしまうのではないのか。一度経験した暴走だが、体が燃えるあの苦痛は、できればもう二度と味わいたくない。

 さらに、今回は地属性が加わっている。暴走してしまえば被害はユウヤだけに留まらず、それこそ周囲を派手に巻き込んでしまうかもしれないのだ。

 それだけは、何としても阻止しなければならない。


 故に、タクヤの発言は意図を理解することができないユウヤにとっては光明と言い難い。

 そんなユウヤの憂いを内包した視線を浴びたタクヤだったが、お構いなしに話は続けられる。


「お、やっぱり言ってなかったか。ーー宿に戻ったらわかるよ。多分、そろそろだからね」


そう言って、いつもの笑みを浮かべるのだった。



◆◇◆◇◆



「あら、お客さん。荷物が届いてましたよ。これ、差し入れですって」


 宿に足を踏み入れるなり、受付の女性から声をかけられる。すっかり顔を覚えられたようで、その声掛けには一切の躊躇いもない。


 荷物はタクヤが受け取り、部屋まで運ぶ。昨晩、タクヤが買ってきた土産の紙袋よりも一回り大きいそれは、揺らすたびに涼しげな音を立てていた。


 部屋に戻ってベッドに腰掛け、中身を確認したタクヤはほくそ笑む。


「流石、仕事が早いね」


「それ、何なの?」


「はい、これと……うわ、細かいな。もう一つ、こっちも」


 リズの問いかけに顔を上げたタクヤは紙袋の中に手を入れ、それを一掴みユウヤによこした。

 ユウヤはタクヤの手の中で溢れそうになっているそれを慌てて両手で受け取る。ユウヤの手にはいっぱいに積まれた小さな石。その上から見覚えのあるものが置かれる。


「これ……アブソーバー!? それに、魔蓄石まで!」


「ま……何だって?」


 ユアの驚きの声、そして聞き覚えのない言葉に聞き返すと、彼女はいささか早口で教えてくれる。


「魔蓄石だよ。魔力を溜めておくことができる石のこと。溜めた魔力は後から取り出せるからすごく便利な魔道具なんだけど……こんなに高価なもの、どこで手に入れたの?」


「え。……これ、高いのか?」


 指で押し潰せそうなほどに脆く見えるのだが、そこまで価値のあるものなのだろうか。ユウヤにはただの綺麗な石にしか見えない。


「気にしない、気にしない。俺が買ったわけじゃないし。それより、そのアブソーバーは前のよりも強めだから、壊れにくいと思うよ」


 考えようによっては問題となる一言だが、それは恐らく聞かないのが正解だ。ユウヤは自らの勘が主張する危険信号を受け入れる。


 ユウヤは無言でアブソーバーを装着。魔力と共に詰めていた息が軽くなる。正直なところ、不安で仕方がなかったのだ。


「危ないと思ったら……っていうか、もうできるだけ毎日その石に魔力を移した方がいいね。これ以上、アブソーバーは無いんだし。寝る前にでもやっておきな」


「……どうやってやるんだ?」


「それは夜にでもユアに教わって。……と、いうわけで。早くご飯を食べて、いい加減ここを出ようか」


 その言葉に反対する者は無く、再び階段を下っていった。



◆◇◆◇◆



「そろそろしゅっぱーつ、の前に。ユウヤ、これも」


 出発直前、思い出したように声を上げたタクヤから手渡されたもの。


「ホルダー、渡しそびれてたからさ」


 革で作られたそれは新品同然であり、まだ硬さが残っていた。

 大腿部に括り付け、そこにナイフを差し込む。


「おお、似合う似合う」


 ぱちぱちと拍手をするタクヤだったが、純粋な称賛として受け取ることができないのはなぜだろうか。


「ここから先に進むとしたら、次はユドミネだね」


 そうしたユウヤの視線をもろともせず、タクヤは行き先を述べる。


「ユドミネってあれか。メシうまいって評判の」


「君はご飯のことしか言わないね」


 食い意地が張っているように言われるのは心外だ。

 どちらかと言えば調理する側の気持ちに立っているつもりなのだが、確かに食事関係の話が多いのは否めない。


「ご飯美味しいの? ユウヤのより?」


「んー、どうだろう。俺も行ったことないからねぇ」


 ユアの質問に、タクヤが首を傾げる。


 少々、聞き捨てならない話だ。

 静かに闘志を燃やすユウヤに気づいたタクヤは慌てて扉へと向かった。


「はい、今度こそ出発! 早く行こう!」


 その様子に、ユウヤは思わず吹き出す。


 最後まで慌ただしくなってしまったこの町での滞在。今度こそ、のんびりと楽しんで過ごせるものだと期待しよう。


 ユウヤは扉の向こうから差し込む光に飛び込んで行った。

これにて2章本編は終了です

後3話ほど予定しているのでぜひそちらも!

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