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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第2章 望まぬ再会
43/85

29.男の受難その2

sideタクヤ、終了です

私は眠いので一旦寝ます…

起きたら続き書きます

「本部長が、どうしてここに……!?」


 本部長と呼ばれた男は瞠目する警官を一瞥し、タクヤに視線を移す。


「話は聞いた。目撃者を強制連行した上に容疑者のような扱い。失礼にもほどがあるだろう。ーーこれは、誰の指示だ?」


 その眼光の鋭さに喉奥で唸った警官は躊躇いながらも声を絞り出した。


「……ざ、ザリム班長、です」


「そうか。その者には然るべき処罰を下す。君たちに関しては追って沙汰を伝えよう」


 静かに向けられた視線に竦み上がる二人を見たタクヤはこっそり感心する。

 しかし、それは隠して口を開いた。


「あれ、かなりお偉いさんが来た感じ?」


「うちの者がとんだ無礼を。……ここは私がやる。君たちは通常業務に戻りたまえ」


 これまでの空気が霧散とはいかずとも、柔らかなものに変質していく。

 口元を微かに緩めてタクヤに非礼を詫びた男は再び警官と向き合い、指示を出す。


「し、しかし……!」


「ーー聞こえなかったのか。戻れと言っている」


「……は、は! 了解しました! ……何固まってるんだよ。早くしろ!」


 その冷ややかな言葉に、棒立ちの潜入警官の背中を強烈に叩いた警官。


「ひゃい! りょ、りょ、了解しました!」


 噛み続ける男を前にして、タクヤは笑いを嚙み殺す。


「ばいばい、お巡りサン」


 男に向けて手を振ったタクヤだったが、化け物でも見るような目を向けられた。


 この別れの言葉はどちらの意味で取られているのだろうか、と朝に続く好奇心が頭をもたげたが、今は目の前のことに集中だ。

 戸惑いを見せる警官を一言で従わせ、場を預かることを独断で決定したとなれば、この男はかなりの権限を持つ人物だ。


 ーー戦いはここまで。


 二人となった室内には徐々に静寂が満ちていく。

 ばたばたと忙しない靴音が遠ざかり、本物の静けさが訪れたのは一瞬。それを破ったのはタクヤだ。


「アイツ、潜入向いてないんじゃない?」


 開口一番、あっさりと警官の立場を明かしながら非難するタクヤ。足を組み、背もたれからずり下がるその姿は横柄にもほどがある。


 しかし、目の前に座る男の反応は驚愕や動揺といった類のものではなかった。

 大きく嘆息、テーブルに肘をつく。


「そんなこと言わんでくれ。ーー聞いたぞ。あれは少々やりすぎだ」


 ネクタイと共に緩んだ口調。男は疲れ切ったように体を崩していく。


「何で俺がこんなところにいるのさ。あり得ないよね?」


 この部屋は防音設備が整っている。外に会話が漏れ聞こえることはない。そして盗聴の心配も。そう来れば完全にタクヤの独壇場、愚痴大会の始まりだ。


「それには同意だ。お前が事情聴取を受けていると聞いた時は、流石に肝を冷やしたよ。……次の異動で飛ばすとしよう」


「ここ、結構田舎でしょ。これ以上どこにやるんだい?」


「今の私は警察だぞ」


 男は両の人差し指を交差させ、話す意志がないことを示した。


「そうだね。知りたきゃ自分で調べるさ」


 これで、タクヤの側から何か行動を起こす必要もなくなった訳だ。余計な作業が減ったことは思わぬ収穫。素直に喜んでおこう。


「それで調べられるのがお前の怖いところだよ」


 こうは言ったが、恐らく調べないだろう。あの男に大した興味は湧かない。

 タクヤの中であの男への評価は最悪なものであり、気に留める必要さえ感じられなかった。


「この件は、上まで話が伝わった。話を聞く限り、警察はお前を疑っているわけではないようだ。……かろうじて、と頭に付くことだけは言っておこう」


 退屈そうに手遊びを始めるタクヤへ、深刻な顔つきとなった男が現状を知らせる。

 タクヤは顔を上げ、先程とは一転、愉快そうに笑った。


「怪しいけど、確実にやったとも言えない。犯人以上に危ない人物だよね」


「その件はこっちで処理しておく。じきに収まるさ」


「本当にやってないんだけど、どうもね。……全員がアンタみたいに話のわかる奴だったらいいのに」


 けたけたと声を上げて笑うタクヤへ、問題解決を約束する男。

 その有能振りを見て、タクヤの口からは再び愚痴が漏れる。


 男は苦笑いをこぼし、背もたれに思い切り寄りかかった。椅子が悲鳴を上げているが、それにはお構い無しだ。椅子からひっくり返る本部長というのも面白い話だと思うのだが、その時が訪れることはなかった。


「それだけ特殊な位置にいれば疲れもするだろうな。休業の理由はそれか?」


「そんなところ。実際、あんまり気は休まらないけどね。……ところで、捜査状況を聞いてもいい?」


 関わりのある人間に会うたびに理由を聞かれている。煩わしいといえば煩わしい。休業という決定事項のみを通達させたのは失敗だったのだろうか。

 しかし、事情を知らない人間に話す義理もない。唯一あの老人には伝えているが、タクヤとしても公表しないほうがいい、むしろしてはならないと判断した上での行動だ。


「機密事項なんだがな」


 男からの追求はなく、いっそ清々しいほどに核心に触れてくるタクヤに対して頭をかくという反応を見せた。


「彼らは全く記憶がないと話している。そこまではお前も聞いた通りだ」


 それは知っている、と頷く。問題はそこからだ。


「そして、お前が事情聴取を受けている最中に新たな情報が入った。ーー質問の前に、カラーズであることを告げられたと」


「ああ、言ったね。そこまで話してるんだ」


「やっぱり、お前か。混乱はしていたが、男の特徴を聞くにどうもお前にしか思えなかったからな」


 あっさりと認めたタクヤを見た男は頭を抱える。


「気づいてたんだ。今日は少し雰囲気変えたつもりなんだけど」


「斡旋を受けてた頃からそこそこの付き合いだ。他の特徴で一致させることくらいはできる」


 髪を触るタクヤに、男は付き合いの長さを主張する。

 確かに、この男とは斡旋を始めた直後から知っている。言ってしまえば、最初の顧客であった。

 現在は年齢から来る身体能力の衰えを理由に一線から退いているが、その実力はかなりのものだ。


 タクヤの高評価など露知らず、男は真剣な表情を崩さないままに話を続ける。


「幸い、この話を知っているのは三人。私と同じく潜入中で容疑者の事情聴取を担当した警官二名と私だ。命拾いしたな」


「その情報、改竄してもらうことはできる?」


「……それを、堂々と警察に頼むのか」


 にやり、と笑みを作るタクヤを見た男は呆れ笑いへ移行。男が一線時代はよく見られた光景だ。


「俺たちは記憶喪失がわかった時点で外に連れ出したってことにしといてよ。アンタならできるでしょ?」


「できないとは言わないさ。しかしまあ、随分な厄介ごとを持ってきてくれたな」


 その言い方に簡単ではないことを悟ったが、それはタクヤの考えることではない。


 男には、男の役割を。


 ーータクヤには、タクヤの役割を。


「早めに疑いを晴らしてほしいから一つ提案、そして一つ情報を出そう。どっちを先に聞く?」


「お前が言うってことは、本当に役立つ提案で、情報だな。提案から頼む」


 目をぱちくりさせた男だったがすぐさま切り替え、提案を選択する。


 男のこういった冷静さや切り替えの早さは好ましい。話が円滑に進むため、余計な労力を使うこがない。

 変わらぬ男へ好印象を抱きつつ、タクヤも切り替える。


「じゃあ提案。国中の研究所の所員について調べた方がいいよ。不自然に失踪した奴は大体カラーズになってるはずだから。今回と同じく、記憶の無い人間が出てくると思う」


 男は目の前に広げられた聴取用の紙には目もくれずに話を聞いていた。

 タクヤはそれを見て安堵する。

 形に残るもの、即ちメモでも取られた日には本当に耄碌してしまったのだと絶望するしかなかった。


「そして情報。ーー研究所の崩壊。アレは橙の仕業で、その本人は死亡。要は虹の一角、橙の消滅だ」


「な!? 橙の、消滅……!?」


 椅子を倒す勢いで立ち上がり、大声で復唱する男。タクヤは唇まで持っていった人差し指でそれを注意する。

 すまん、との一言の後、静かに腰を下ろした男を確認して続けた。


「残念ながら、証拠はどこにもない。全部消えちゃったから。……まあ、元カラーズの研究員は必ず共通の名前を出すと思うから、それが唯一の救いかな」


「一体、誰がーー」


「誰が橙を倒したか、どうして知ってるのか。ーー俺は答えられないよ」


 自らの疑問を全て先回りで封じられた男はタクヤの瞳を見据える。

 その行為の結果、そしてタクヤの声音に本気であることを感じ取った男は諦めたように息を吐いた。


「……その、共通の名前というは?」


「アーデス・プロムザ。多分、両親は健在だろうから、下手に名前を公表しない方がいいかもね」


「両親が全く関与していなかった場合、社会的に死に追いやられる。そういうことだな」


 名前を明かしたタクヤは笑みを貼り付けたまま口を閉ざす。

 これが、タクヤが提供できる情報の限界。いい加減わかっている男も話を切るかのように伸びをする。


「情報源は明かさないようにお願いね」


 手をひらひらと振って返答する男。随分と適当な返事だが、返事があるだけいい。

 これで、秘密は守られる。


 守られなければ、というのは裏の世界での常識。口に出すまでもなく、その末路は決まっている。


「赤に続いて橙まで……時代が動いたな」


「そうだねぇ」


 しみじみと呟く男に、タクヤもそれなりにしんみりと相槌を打つ。

 男の言葉を借りると、時代を動かした者の中にはタクヤも含まれている。


 闇の中でひっそりと生きてきた人生、こんなところで直射日光ほどの光に当てられるとは予想もしていなかった。

 あの三人はタクヤにとって光源そのもの。眩しくて仕方がない。


 やりづらいことこの上ない状況に居心地の悪さを感じることも無くはないが、それなりに興味深い生活を送ることもできていた。

 そんな時、ふと今の状況を思い出す。


「ねえ、情報の見返りに一ついい?」


 疲労の故か無言の男に聞く意志があると判断して、勝手に話を始める。


「かなり強めのアブソーバーが欲しいんだ。あと魔蓄石も」


「……なぜ、とは聞かないことにするさ。生憎、私とは無縁のものだからな。手持ちがない。今すぐにとはいかないが、後で送らせよう」


 呆気なく成功した交渉に肩透かしを食らいながらも、ひとまずは喜んでおく。


「んじゃ、俺らの宿の受付の人に渡しといて」


「了解。だったら……そうだな、差し入れだとでも言っておこう」


「話が早くて助かるよ」


 話は終わったとばかりに脱力するタクヤを見て、再び苦笑いをする男は音を立てて立ち上がった。


「それでは、出口まで送ります」


 ネクタイを締め、警察の皮を被りながら扉を開く男にようやくの解放を知り、盛大な欠伸をかますのだった。



◆◇◆◇◆



 夕刻を回り、夕日が赤く世界を照らす。


 二人は署の出口に立っていた。


「ご協力感謝いたします。ーーカイ殿」


 にやり、と見覚えのある笑みを浮かべ、わざとらしく名を口に出す男の敬礼。それがあまりにも様になっていることから、この男の潜入の才能を見出したあの老人は間違っていなかったのか、と改めてその手腕に驚かされる。


「ああ、もう二度と呼ばれないようにするけどね。ーーじゃ、アンタも飛ばされないことを願ってるよ」


「ひどいな。そこは私を信頼してくれよ」


 堅苦しい空気が消失。大して思ってもいないであろうことを口にする男へ、タクヤは別れの言葉を告げる。


「信用はしてるよ。ーーそれじゃ、二度と会えませんように」


「それはこちらの台詞だ。二度と来るんじゃないぞ」


 タクヤは背を向け、夕日に向かって歩き出す。


 そろそろ夜市が始まる時間だ。ちょうど、宿への帰り道の途中に位置していたはず。


 朝食兼昼食兼夕食という一日最初の食事を取ろうと考えながら、何ならついでにお土産でも、と頭を回しながら、三人の待つ宿へと歩みを進めるのだった。

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