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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第2章 望まぬ再会
40/85

26.タイムリミットまで

「急に魔力量が増大したってことは、ユウヤに何かあったってことだと思うの」


 ユアが顎に手を当て思考の中、並行して問題点を炙り出していた。

 ユウヤは膝を抱えて座り、その話を聞く。


 ーー早朝。住んでいた森とは違う香りを漂わせるが、根っこの部分は変わらない。青臭く、それでいて不快感を感じさせない緑の匂い。澄んだ空気が胸に染み渡る。我が家が恋しくなるが、それはさておき。


「何か……アーデスと戦ったことくらいか」


「それは私たちも同じよ。そんなこと言うなら、私だって魔術が使えるようになっているかもしれないじゃない」


 ユウヤの言葉にリズが反論。もっともな意見だ。


「使えるのか?」


「いいえ、無理だけど」


「…………」


 一言、口に出すとするならば。


 ーーじゃあ、言うなよ。


「と、取り敢えず、練習だね」


 流れた微妙な空気。それを打ち消すように音を強く出したユアに従い、それぞれ動き出す。


「無よ、我が意志に従え。ーーシールド」


 ユアの言葉に応じ、シールドが出現。それは三人を囲み、さらに二重にユウヤを除く二人を囲む。万全の態勢だ。


「ユウヤの魔術はムラがあって、コントロールが効かない。これであってるよね?」


「……そうだな」


 ユアの確認に首肯。


「やっぱり、回数をこなすしかないと思うの」


「…………」


 黙り込んだユウヤへ、ユアは気遣わしげに問いを投げた。


「……怖い?」


「……少し」


 喉から出たのは掠れた声。想像以上に怯える自分に、自嘲気味な笑みが浮かぶ。


 使うたびに少なからず迷惑をかけてきた。しかし、一番は人を殺し得る力を制御することができない自分自身への恐怖だ。

 シャーロットのように、アーデスのようにならないために、制御をするか、行使しないか。普段なら後者を選ぶが、今のこの状況はユウヤのせいで引き起こされている。

 全ては自分のせいだというのに、怯え、躊躇う。自分の手の届かないところで、体が勝手に恐れているのだ。

 その様子を見たユアは目を伏せ、静かに考え込んだ。


「んー……そうだ!」


 言葉と同時にシールドが解除される。


「水よ、我が意志に従え。ーーウォーター・ベール」


 切り替えられた魔術は水属性。薄い水の壁がユウヤの眼前に現れる。


「これなら、当たったらすぐに消えるから大丈夫だと思うよ」


 威力の調整に失敗し、大暴投となった場合も、水の壁が一瞬でかき消してくれる。

 その提案にユウヤの考えは前向きなものへと傾いた。


 そして、十分に距離を取った二人から合図が出る。


「炎よ、我が意志に従え。ーーフレイム・ボール」


 放たれた火球は、頭上に姿を現す太陽と並んだ。



◆◇◆◇◆



「ご飯、買ってきたよ……し、死んでる」


 うつ伏せに倒れ伏すユウヤを見て、事件の第一発見者のような反応を見せるタクヤ。


 何度放っても明後日の方向に飛ぶ火球。ユアが慌てて水の壁の高さを調節し、事無きを得る。


 ユウヤが使ったのは『フレイム・ボール』のみだ。

 しかし弱々しいものや巨大なもの、同じものは一つもなく、豊富な種類を見せるばかり。

 そんなことあるんだ、と純粋に感心するユアの視線が痛かった。


 全てを総合した結果、練習開始から僅か数十分、既に疲労が頂点に達しようとしている。


「ちょうどいいし、休憩にしよっか」


 既にリズが向かっていたが、手助けにとユアも歩き出す。


「暴走しそうになったらお前に言うから、オレを一人にしてくれよ」


 自棄気味にこぼしたユウヤ。


 それは近いうちに訪れるだろう限界を前にして、全く成果の出ない自分向けてだ。

 ユアはその言葉に振り向き、苦笑いを見せる。


「そんなことにならないように頑張るから、ユウヤも頑張ってね」


 そう言って、ユアは今度こそタクヤの元へと向かって行った。


 一人取り残されたユウヤは自らの手を顔の前に運ぶ。


「……変化か」


 開いては閉じ、開いては閉じ。

 特に変わったように感じられないこの体。

 開閉を繰り返すが、それはただの手遊びとなっていた。

 そして、ここ一番のため息を吐く。


 魔術を使うと体の力が根こそぎ持っていかれるような感覚に陥り、疲れるのだ。これを平然と何度も使用するユアとタクヤには尊敬の念すら覚える。


 まさに今、ユアが魔術を使ってタクヤの顔に水を吹きかけていた。

 一体、何をやらかしたのやら。

 小さく漏れた笑いの息を収め、ユウヤはアーデスとの戦いで行使した魔術を思い出す。


 命の危機に晒されてなお、思い通りに行使されない魔術。もはや向き不向きの次元ではないのでは、とまで思えてくる。

 そもそもユウヤは例外中の例外、あまりに遅い発現のだというのはユアの談。

 ユウヤの持つ知識の中で、その部分は薄かった。

 魔術関係の本が買い与えられることは無く、自分でも必要のないものと判断していたからだ。


 考えてみると不思議なものだ。

 アーデスとは全てが異なっている。しかし、下された評価は同じ部類のもの。あのように、地面を自由自在に操ることが可能だったアーデスさえだ。


 今更、アーデスのことを考えても仕方がない。嫌な記憶が蘇るばかりだろう。

 体を起こし、胡座をかいて視線を下へと向ける。


「ーー動け」


 ーー何となく。本当に、何となくだった。


 左手を地につけ、言葉を発する。


「ま、そんなにうまくいくわけーー」


 うんともすんとも言わない地に、馬鹿なことをしたと笑った。


 ーー直後。


「うお!?」


 突然の地面の隆起。ユウヤの周りを切り取ったように高く上がっていくそれから急いで飛び降りる。


「ユウヤ!? 今、何したの!?」


「な、何となく、地面動かねぇかなって考えてたら、急に……」


 慌てて走り寄るユアへ、ユウヤの返答は何とも曖昧なものだった。ユアの横には真顔で見上げるタクヤがいる。


「魔術って何となくで発動できるんだ。俺、知らなかったよ」


「そこじゃないでしょ! ユウヤが今使ったのは、地属性の魔術!」


 遠い目をしたタクヤに噛み付いたユア。首をぐるりと回し、次はユウヤ。


「ユウヤ、どういうこと!?」


「え、いやーー」


「ちょっとこっち来て!」


 なすがまま、ユアに腕を引かれる。

 その力に抗うことはできたが、この状況からは逃れられない。

 とんでもないことをやらかしたのではないかと、ユウヤは冷や汗を流すのだった。



◆◇◆◇◆



「結局、炎属性と地属性だったね」


 四人で集まり、隆起した地面を遠目にしながら、輪になって話し合いを始める。


 ユアに術式を教わって全属性を試してみた結果、炎の他に発動したのは地属性の魔術。

 おかげで、四人から離れた位置に先程とは別の小高い丘が出現。やはり制御がうまくいかない。


「……やっぱり、おかしくない?」


 声の主が真剣な顔で違和感を主張する。目線をやったユウヤだったが、別の意味で目を奪われた。


「お前、食うか喋るかどっちかにしろよ」


 タクヤは買ってきた肉厚のサンドイッチを頬張っている。

 真面目な話をしているのだろうが、格好がつかない上に話が入ってこない。

 もぐもぐと咀嚼をし、飲み込み終えたところでタクヤは口を開いた。


「じゃあ、喋るよ。ーー橙の玉を取り込んだ途端にアブソーバーが壊れて、地属性が使えることがわかった。……偶然で片付けていい話なのかな」


 答えられる者はいない。それがわかる者は虹その人、もしくは存在しているのならアダムとイブだ。


「赤の時だってそうだ。シャーロットを倒してすぐに暴走して、魔術が使えるようになった。関係ないとは言うのは無理があるよね」


「じゃあ、どうして魔術が発現したと思うの?」


 タクヤは無言でサンドイッチを口に含み、ユアの言葉にそのまま考え込む。


 そんなに空腹だったのだろうか。かなり悪いことをしたな、と他人事のように捉える原因・ユウヤ。

 話に参加するタイミングを完全に逃し、同じようにサンドイッチに手を伸ばす。


「……魔術が発現したっていう考え自体、違うのかもしれない。例えば、ユウヤが自力で魔術を使えるようになったんじゃなくて、あの玉を取り込むことで魔術が身についた、とかね」


「ま、魔術が身につく!?」


 大きく転換された発想、驚いたのはユアだ。タクヤの話は続く。


「そう仮定すると、現時点で推測できるのは条件を満たした者に限って魔術が使えるようになる道具ってことかな」


「魔術も随分発展したのね。そんなものまであるなんて」


「ーーないよ。あるわけないじゃん。そんなのあったらヒュールがこの世から消えて、裏も人口が減ってるよ」


 リズの相槌に、タクヤは可能性の一切を否定する。僅かな思考の後、リズは納得したように頷いた。


「……それもそうね。減ってるようには思えなかったし」


「そこで疑問が残る。なぜ、死体が残らずにあの玉が現れた? どうして、ユウヤにだけ反応した?」


 それもまた、誰にもわからない。誰に向かってか、タクヤの問いの方向もだ。風が通り抜ける音だけが場を支配する。


「逆に言うと、なぜ俺たちには反応しないのか。それは俺たちとユウヤの間に、何か決定的な違いがあるからだと思うんだ」


「……あっ、オレか」


 急に、ようやく話が回ってきたユウヤは話を聞く態勢を取った。言い換えられたそれならば、まだ理解が及ぶ。


「体術は俺とリズがいるから違う。魔術も俺とユアが使える。ユウヤ、他に何かあったりする?」


「何かと言われてもな……」


 改めて聞かれると難しいものがあった。

 そもそも、ユウヤは自分が他人と変わっていると思っていない。ユアやタクヤに指摘され、ようやく自分の価値観の異常に気づいたほどだ。そして、他にも細々と相違点があるようだった。


「言いづらかったらいいよ。あるかないかだけ教えて欲しいんだ」


 黙り込んだユウヤに別の理由を見出したか、一言付け加えられる。ただ、そういう訳ではない。


「いや、単純に思いつかねぇんだよ。……家事?」


「そういう話じゃない。何かこう、体質とかさ」


 下手をすればこの中で一番得意だと自負しているのだが。関係ないのなら仕方がない。


「あんまり病気しねぇ」


「そんなこと言ったらリズも当てはまるよ」


「何か腹立つわね」


 褒めてるんだよ、とその場を流そうとするタクヤだが、リズの目は据わっている。

 これは、後で一悶着あるだろう。何かが始まった時の避難場所を確保しておかねば。


「無属性が使えない、とか?」


 ユアが手を挙げ、控え目に意見を出す。


「確かに、魔術は使えるのに無属性が使えないのはユウヤだけだね」


 タクヤは納得したように頷く。


「……実は何も関係なくて、ただの天才とか」


「それはねぇだろ」


 ユウヤはリズの案を即時却下する。

 天才であれば、今のユウヤはここにいない。アレンに拾われる事態にはなっていなかったことだろう。結果、楽しく過ごせているので特に不満はないが。


「……いや、あるんじゃない? ユウヤが一番最初に何となくで使った魔術、無詠唱だったよね」


「それは発現してすぐの子どもにはよくあることだよ。一度に使う魔力量を調整できなくて、一気に放出しちゃったりすると起こるの」


「あ、そうなんだ。じゃあ、ユウヤ天才説は薄くなったね」


「勝手に言っておいて何なんだよ……」


 ひらめいたと言わんばかりに声を上げたタクヤを、ユアが否定。


 勝手に持ち上げ、落とすタクヤ。あっという間の手の平返しに、特に気にしていた訳ではないにも関わらず何だか複雑な気持ちだ。


「……あ!」


「どうした、ユア」


 突然、声を上げたユアに注目が集まる。ぱっと口を塞ぐユアだったが、意を決したように手を下ろした。


「あ、あの、これ言っていいのかわからないんだけど」


「何? 思い当たることでもあった?」


 躊躇うユアを促すタクヤ。ユアは小さな声で話し始めた。


「ユウヤ、言ってたよね。……記憶が、その」


「ああ、それか。すっかり忘れてた」


「忘れてたってユウヤ。記憶喪失、一番重要なことじゃん」


 覚えていないのが当たり前の状態で過ごしていたのだ。その発想は簡単には出てこない。

 しかし、この中に驚愕を露わにした者が一人。


「ーー記憶喪失!?」


「言わなかったか? オレは八年前からの記憶しかない。だから、ガキの頃のことはさっぱりだ」


 目を剥いたリズへ、端的に説明を済ませる。

 ユアは深刻な顔をするが、ユウヤにとっては大したことではない。現に、記憶が無くともこれまで生きている。


「……八年前って、エストランド王国が滅亡した年よね」


 ユウヤと合っていたリズの目が、微かに上に逸れる。頭部にやられた視線が、暗にリズの言わんとするところを示していた。


「そうだね。そして、ユウヤは黒髪。関係ありそうだけど、生き残りはいなかったはずだよ。俺のとこには何の情報も入ってきてない」


「あら、そうなの。タクヤが知らないってことは、本当に関係ないのね」


 リズはあっさりとその話題から興味を逸らした。


 こと情報においては無類の信用があるらしいタクヤ。普段の行いが負の方向に働いていたとしても、それを上回る手腕をもってその評価を受けているのだろう。


「厳密に言うと、信憑性のある情報は入ってこなかった。王様が動物に変身して逃げ出した、とかさ、馬鹿みたいじゃん。大混乱の大錯綜だったよ」


 そんなタクヤは肩を竦めながら、事実の訂正をする。それにしても、随分と馬鹿げた話だ。


「まあ、仕方ないんだけどさ。あの頃のエストランド王国って何かおかしくなってたわけだし。国王陛下ご乱心のせいでね」


「第二王子と王妃が立て続けに死んだって話でしょう? 同情はするけど、ああまでなるのはわからないところね」


 虹に関するこの話もまた、最近知った話。そんなリズの言葉に、タクヤは首を捻る。


「そこなんだよねぇ。それに比べて、この国はまともだよ。先代国王が死んでちょっとしか経ってないのにちゃんと機能してる。それなのに、あの大国をまとめ上げる力を持つ、ましてや賢王と名高い王様がなぜ狂王になってしまったのか。ーーま、そんだけ愛してたってことじゃない? 愛は人を狂わせるってやつだよ」


 自己解決を済ませて一人頷くタクヤに、リズが不思議そうに尋ねた。


「妙に説得力があるけど、経験談?」


「一般論だよ、一般論。説得力があるなら日頃の俺の行いがいいからじゃない?」


 再び訪れる静寂。


「ユウヤ。今、何か聞こえた? 新種の動物の鳴き声かしらね」


「ああ、そうだな。きっとそれだ」


「またそういうこと言う。何なの、俺のこと嫌いなの?」


 好き勝手言い合う二人に、タクヤは口を尖らせ抗議する。視線は下に注ぎながら、ユウヤは慰めに言った。


「割と好きな方だから安心しろ」


「その言い方あんま嬉しくないし、草弄りながら言うことじゃないよね? もし君が仕事相手だったら絶対許さないレベルだよ。……ところで、さっきから何作ってるの?」


「まあ、怒るなよ。これやるから」


 手持ち無沙汰に作っていた花冠をタクヤへ突き出す。


「綺麗……」


 ぽつり、とユアの声。

 どれも雑草ばかりだが、それにしてはよくできたと思う。


「何でそこら辺の花でこんな豪華な花冠ができるの。おかしくない?」


「ほら」


 受け取ったタクヤは微妙な表情を浮かべ、角度を変えながら眺めていた。


「手先が器用なところが腹立たしいんだよなぁ。俺じゃなくてユアにあげなよ」


 その台詞と共に手元に戻ってきた冠。タクヤの言う通り、次の行き先はユアの頭の上へ。


「おおー、似合うね。やっぱり、女の子がつけたほうがいいよ」


「ユア、可愛いわよ」


 ユアを褒めちぎるリズへ、一つ提案をする。


「リズも欲しいか?」


「私は別にーー」


「できた」


 言葉と共に冠を頭に被せたユウヤに、リズは目を白黒させた。


「いや、早くない?」


 突っ込みを入れてきたタクヤへ、ユウヤはできるだけの慈愛を込めた瞳を向ける。


「やっぱり、お前も欲しいんだろ?」


「いらない。絶対いらない」


「遠慮すんなって。一番豪華なの作ってやるから」


「やめて。俺を可愛くしてどうする気なの?」


 勢い強めに首を横に振るタクヤ。これはますますやらねば、と立ち上がる。


「あっちの花取ってくる」


「嘘でしょ。ちょ、待った!」


 焦った声が聞こえたと同時に腕を掴まれる。


「よかったわね。可愛くなれるわよ」


「わかった、君も敵だな? 今度、変な仕事を斡旋してあげるから」


「言ってなさい。ユウヤ、ぜひやってあげて」


「おお、任せろ」


 それはもう気品の感じられるゆったりとした笑みを浮かべるリズ。ユウヤは意気込んで花のある場所を目指す。


「あ、力強っ……ま、ごめんちょっと待って!?」


 数分後、頭に咲く色とりどり冠とは正反対、死んだ目のタクヤがいたとかいないとか。

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