27.染み付いた癖
「ハモバダ警察です。事情聴取のため、ご同行願います」
呆気に取られる三人を背に、タクヤは前に進み出た。
◆◇◆◇◆
それは突然やって来た。
既に目が覚めた三人に、寝起きの悪い一人。その一人がソファで二度寝に沈もうとしていた。
普段であればそのまま寝かせてやりたいところだが、今日もまた、ユウヤの魔術の練習だ。
起こさなければ後で無言の抗議が続くだろう。僅かに頭をもたげた悪疑心に従い、三人がかりでユアを起こしにかかる。
その時、ノックが聞こえた。
「すみませんが、開けてもらえますか」
それは男の声だった。
寝ぼけた一人を除く三人は、緩んだ意識を鋭いものに切り替える。
この宿の従業員に男性がいない訳ではない。いるにはいるがたった一人、厨房の人間だ。
調理担当の者がわざわざ客の部屋に出向くとは考えにくい。しかし、絶対にないとは言い切れない。ここまで警戒する理由は、さらに他のところにあった。
確かに男性はいる。ただ、その男性は白髪交じりの四十路に差し掛かった風貌だ。
しかし、聞こえた声はとても若い。
今までになかった事態に、ユウヤの頭には警鐘が鳴り響く。
「聞こえますか。……受付に確認は取っているんですよね?」
扉の向こうで会話が始まる。どうやら人違いではなく、ユウヤたちを指名しているらしい。内容までは聞き取れないが、何かを相談しているようだった。
さすがに目が覚めたようだが、なぜ張り詰めた空気が漂っているのか理解できていないユア。リズに連れられ、共にベッドの影に移動する。
二人も視線でやり取りし、タクヤはナイフの準備をするようユウヤに指示を出した。
「えーっと、今は手が離せないんだ。鍵は開いてるから、どうぞ」
敢えてゆったりとした口調を使い、その間に影を伸ばすタクヤ。鍵穴に差し込まれたそれは、音を立てないように慎重に回される。
慎重に、慎重に、慎重にーー。
その瞬間がわかっていた者以外には聞こえない音量の解錠音。
直後、扉が開く。
「ハモバダ警察です。事情聴取のため、ご同行願います」
「……俺らを疑ってるってことかい?」
突然の展開に呆気に取られた三人をさりげなく庇うように立ったタクヤは警官の動作を伺う。
この部屋の警戒の臭いを嗅ぎ取れているのかいないのか、警官の落ち着いた声が響いた。
「いえ、そんなことは。少し気になる話がありまして、目撃者であるあなたたちに事情を聞きたいのです」
「俺一人でもいい? 今日は行かなきゃいけないところがあるんだ。せめて俺以外で用事を済ませたい」
「ええ、構いません」
「わかった。ーーじゃあ、行ってくるね」
タクヤはあっさりと了承し、開けられたままの扉から出て行く。
その時、ユウヤは見た。あの野郎、と去り際に口を動かしたタクヤを。
警官の目礼を最後に閉じられた扉を、三人は呆然と見つめていた。
「ど、どうしよう。タクヤが、捕まっちゃった……!」
「落ち着いて、まだ捕まってないわ。ただの事情聴取よ。……ただ、斡旋のことが知られたら、その限りではないでしょうけど」
その言葉に、ユアの瞳は不安に揺れる。ベッドの角に足を打ち付けたユウヤも少なからず動揺しているらしい。
「大丈夫よ。あんなことで捕まるようなら、ここまで生きてこられたはずがないわ」
「本当に?」
「心配しなくても、きっとお土産携えて戻ってくるわよ。あれはそういう男だもの」
そんな二人を落ち着かせるように優しく言って、扉に向かうリズ。
「取り敢えず朝食にして、それから練習に行きましょう」
三人は階段を降り、これからに備えるのだった。
◆◇◆◇◆
「じゃあ、始めようと思うんだけど……体調は大丈夫?」
「おう、任せろ。今日は調子いいんだ」
胸を張って答えたユウヤだったが、ユアの反応は芳しくなかった。むしろ、不安気にこちらを見つめていた。
「それはいいことだけど……昨日の今日だし、言っておくね。使える魔術が増えたのに、魔力制御はあまりできてない。それって、ただ暴走する可能性が倍になったってことだよ」
「やべぇな、それ」
「やべぇでしょ? 練習、頑張ろうね」
そう言って優しく笑いかけたユア。ユアには悪いが、ユウヤの感じる限り、結果はあまり期待できそうにない。
さて、太陽が真上まで昇り、直射日光が煩わしくなってきた頃。
「ね、ねえ。ユウヤ、大丈夫?」
「もう、疲れた……」
蹲り、項垂れるユウヤの側、ユアはおろおろと視線を送る。
「そ、そんなに……?」
ユアは目線を合わせるように屈み込んだ。
「でも、ほら、少しできるようになったから。あと少しだよ!」
ユアの励ましの言葉。何だか申し訳なさでいっぱいになる。
正直なところ、ユウヤは大した進歩を見せていない。
威力は六割方調整できるようになった。しかし、問題はやはりコントロールだ。
水の壁は何度も引き伸ばされ、その度に虚しい消火音が響く。自らが生み出した炎球があらぬ方向へ飛び、消えていくその様をただ見ることしかできなかった。
地べたに座り、膝を抱え始めたユウヤを一瞥したリズは短く息を吐いた。
「休憩しましょう。これ以上続けても変わらないでしょうし」
「うっ」
胸に刺さる一言だ。膝を一層強く抱え込む。
「……あっ、そういう意味じゃないわ。コツも掴めていないまま焦っていても、どうにもならないってことよ」
「……うっ」
弁解するリズの言。慰められた気がしないにも関わらず、気を使っていることはわかるために余計な効果を発揮していた。再び刺さる言葉に胸を押さえ、草の上に倒れ込む。
「ははっ……どうせオレは、ガキができて当然なことも満足にできねぇ記憶喪失の役立たずだよ……」
「……そんなに落ち込むこと?」
二人に背を向け、自嘲気味に笑ったユウヤ。それを見たリズは不可解だと呟く。
「リズ、それはひどいよ……」
「わ、私が悪いの?」
ユアの苦言に焦るリズ。そして思考の後、ふてくされるユウヤの横にしゃがみ込んだ。
「私は魔術が使えないから、何とも言えないけれど」
リズは静かな声で自身の足りない部分を語る。
悪いことをした、と来たる謝罪を阻止すべく上体を起こしたユウヤ。そんなユウヤに待っていたのは。
「ユウヤにも、苦手なことってあるのね」
「うっ!」
「リズ!?」
気遣いの言葉が来ると思いきや、とどめを刺された。今度は顔面を地につけ突っ伏す。
「……楽しんでるだろ」
「いいえ、全く」
顔だけを横に向けたユウヤへ、リズがこれまで一番の笑みを浮かべて否定する。
揶揄われ、翻弄されたユウヤは目を細めて無音の抗議。リズは知らん振りをしてユアの方へと向かっていった。
「ユウヤが倒れたままだから、そのまま休憩させておきましょう。ユア、私と護身術の練習しましょうか」
「あ、そうだね。全然やってなかったっけ」
リズの提案に賛成したユア。もう誰もこちらのことなど見向きもしない。悪い意味ではなく、本当に休憩の時間が与えられたということなのだろうが、何だか虚しい。
「オレもやりてぇんだけど」
「休憩はもういいのかしら?」
のそりと起き上がったユウヤへ、リズはわざとらしく目を見開いて驚く。
「お前、わかってんだろ。……まあ、体動かしてる方が落ち着くからな。何なら、オレがユアの相手する」
「ユウヤが?」
こちらは本当に驚いたユア。
リズはユウヤをじっと見つめ、頭を振った。
「……多分、できないと思うわ」
「な、何でだよ」
予想もしなかった答えに、ユウヤは瞠目する。
そんなユウヤを見たリズは少し考え、結論が出たのか頷いた。
「実際にやってみないとわからないわね。ーーいいわ、やりましょう」
その言葉にそれぞれが立ち位置につき、後はユアが来るのを待つばかり。
「ユウヤ、あなたはユアに指示された通りに動いて。攻撃だけは駄目。そうなったら、私が止めに入るわ」
ユウヤは頷き、両手を広げて無抵抗を示す。
「えっと、腕を片方だけ掴んで」
ゆっくりと前方から向かってきたユアの指示通り、彼女の右腕を掴んだ。
あまりの細さに驚き、僅かに動揺していると、ユアが関節を決めようと右腕を捻る。
ユウヤはその手を押さえ、動きを停止させた。
今度は肘辺りを掴まれ、引かれると同時に足払い。前のめりになるが、反対の手で地面を押して一回転。そして、そのまま着地。
すると、大きなため息が耳に届く。
ため息の主はリズ、そしてユアが戸惑っていた。
リズは頭を押さえ、やれやれと言いたげな動きをする。
「……だから言ったでしょう?」
「オレ、失敗したのか?」
やっぱり気づいてない、と顔を上げたリズの説明が始まった。
「私は護身術を使った結果を見せたかったの。普通は倒れるでしょう? その後の押さえ方を教えようと思っていたのよ。それなのにユウヤときたら……普通は一回転なんてしないわよ」
「そうは言われてもな……」
呆れ顔を崩さないまま、リズの指摘は続く。
「厄介なのは、反射的に躱しているってこと。回避行動が体に染み付いているみたいだから、こればかりはどうしようもないと思うんだけど」
考えながら回避をしていれば、その僅かな時間が命取りとなる。そんな危険を冒さぬようにと、アレンから習ったのだが。
「多分、あなたは一対一になると駄目なのよ。完全に戦闘態勢に入ってしまうのね」
「……オレ、教えるのは向いてねぇらしいな」
「そうね。あなたの力は完全に実戦向きよ」
否定せずにばっさりと切り、その力は限定的な場面でのみ発揮されるものであると評価したリズ。
切り取るべきところを間違えているとは思うが、リズほどの実力者から褒められるのは素直に嬉しい。
「じゃあ、オレは見学だ。ユア、頑張れよ」
「う、うん。ありがとう……」
ユアに手を振り、木陰まで移動しようとリズの横を通り過ぎた時、ユウヤはあることに気がつく。
「髪、まばらに出てるぞ」
リズの耳が覆われる高さまで切られた髪に、長い数本を見つけたのだ。当の本人は今知ったような反応だ。
「ああ、あの時に切り損ねたのね。……伸ばすつもりだったから、放っておいていいわ」
「でも、先の方ガタガタだぞ。オレ、切るか?」
指で鋏の形を作り、それを開閉させながら提案すると、リズは不思議そうにこちらを覗いた。
「できるの?」
「アレンの髪は切ったことある。まあ、大丈夫だろ」
放っておくと伸ばし続けるアレンの散髪はユウヤが担当していた。
最初は鋏を持った人間が背後に立つことを嫌がったための拒否をされたが、一度やってしまえばそれも解消された。
元より身だしなみには無頓着、清潔であればいいとしていたため、小さな子どもに自分の髪を委ねること自体に抵抗はなかったらしい。
「アレンって男でしょう?」
リズの声に現実に戻されたユウヤは一呼吸置いて返答する。
「……先を揃えるだけだろ? 大丈夫だって。アレンと自分の髪で散々練習はしてる」
「今のところ、不安要素しか出てこないわね」
なおもユウヤの技術を疑うリズだったが、次に飛び出す一言がそれを塗り替えた。
「それなら、私の髪も切ってほしいなぁ」
会話に加わったユアが自分の髪をつまみ上げながら言う。
「ちょっと長くなってきて邪魔かなって思ってたの。お願いしてもいい?」
「ああ、別にーー」
「待って。それなら、私の髪を先に切って」
勢いよく会話を遮ったのはリズ。突然、意見をひっくり返したことに驚かされたユウヤだったが、一先ず理由を聞くとする。
「……急に、どうした?」
「あなたの腕を疑ってるわけではないの。でも、こんなに綺麗なユアの髪で万が一失敗したら……と思うと怖いから」
ーーユウヤは思った。
「お前、ユアのことになるとおかしくなるな」
「そんなことないわ。普通よ」
普通の人間は、自分のことを普通とは言わない。その言葉は思った以上に真剣なリズの瞳に阻まれた。
「私、別に気にしないよ?」
首を傾けたユアはリズに肩を掴まれ、驚きにその体を震わせる。
「こんなに綺麗な髪なんだから、少しは気にしないともったいないわよ。喉から手が出るほど欲しい人だっているでしょうに」
「ええ……綺麗なんて、お父さんとお母さん以外の人に言われたことないよ?」
「本当に? 見る目がないわね」
「そこまで言うか。……結局、二人とも切るんだよな?」
過激な発言に一言投げつつ、最終的な確認を取る。
「絶対失敗しないから、安心しろ。何を賭けたって構わないくらいには自信があるからな」
拳を自分の胸に当て、自信の強さを示すユウヤ。
思わぬ約束をした三人は、再び各々の練習を再開する。




