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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第2章 望まぬ再会
39/85

25.望みの薄い賭け

今日は少し早めに投稿します

次話の調整に手こずっております…

なので、明日から2日間は出来上がり次第、投稿という形を取ります

 ーー子どもが歩いている。


 絢爛なはめ殺しの窓から差し込む光に小さな影を作り、狭い歩幅で進んで行く。

 歩き続けた子どもは、一際大きな影を見つけた。


「珍しいな。こんなところまで来るなんて」


 耳朶を打ったのは柔らかな低音。


 影の正体を確信した子どもは、顔を輝かせて男の腰に飛びついた。

 それはもはや体当たりと言っても過言ではなかった。しかし、男はやすやすと受け止める。


「ーーおっと。……危ないだろう? 怪我でもしたらどうする」


 それは男が自らの身を案じた故の言葉ではない。その証拠に、男はその身を倒すことなく立ち続け、子どもの頬は硬い腹の感触を得ている。


「ご、ごめんなさい……」


 注意の言葉とは裏腹に、男の顔には笑みがたたえられていた。


「叱っているわけではない。元気があるのはよいことだ」


 子どもはおずおずと男を見上げる。そしてその言葉が真実だと知るや否や、再び光を宿した瞳を男に向けた。


「稽古へ行くのですか?」


「そうだ。一日たりとも欠かすわけにはいかないからな」


 そう言って真剣な表情を覗かせる男。纏った空気が鋭く尖ったものへと変わる。子どもはその様子に首を傾げ、口を開けて見るばかりだ。


「お前にはまだ早い話だったな。だが、そろそろ始まるだろう」


 ぱっと空気が霧散すると同時に、男の温かく大きな手が子どもの頭を包み込むように撫でる。


 目を閉じ、心地よさに身を委ねる子どもを優しい眼で捉えた男。


「期待しているぞ、ーー」



◆◇◆◇◆



「……また、これか」


 前は子どもが牢に閉じ込められていた。あの絶望に染まった瞳が、どうにも頭から離れない。

 しかし今回は一転、明るい一幕が繰り広げられていた。


 とても穏やかで、幸せな情景。

 はっきりと顔を認識できた訳ではないが、恐らく同一人物だ。ユウヤの知る者は誰一人として出てこなかった訳だが。


 それならば、これも誰かの記憶なのだろうか。

 どうせ見るなら、ユウヤ自身が楽しいものがいい。例えば、料理。ここ最近全くできなくなってしまい、どうにも手が疼くのだ。食べるのもいいが、作る方が性に合っている気がする。


「……あ?」


 ふと、違和感に気がつく。


 こつん、と手に当たる固い感触。

 それは複数あり、体重をかけた手の平の下でころころと転がっていくものだから、バランスを崩しそうになる。


 ーー石が散らばっていた。


 見覚えのあるものだ。いや、見覚えしかない。

 なぜならこれは、先日までユウヤが身につけていたもの。


「た、タクヤ、起きろ。タクヤ」


 ユウヤは慌ててタクヤを揺すり起こす。


「ーーッ、ユウヤか。まだ日が昇ったばっかじゃん。寝かせてよ……」


 ユウヤによって発生した振動に素早く反応するタクヤだったが、先日の疲れからかその動きはどこか緩慢に思えた。

 しかしさすがと言うか、意識の覚醒は済んだようだ。


「こ、壊れた」


「何が?」


 焦るユウヤは自分の言葉足らずに気がつかない。


「これ、こわ、壊れーー」


「寝ぼけてる?」


 なおも慌てるユウヤに、タクヤの瞳は怪訝を映した。


 ユウヤは石を両手ですくい上げ、目を覆ったタクヤの顔の前に突きつける。


「だから……はい!?」


 面倒臭そうに視線をやったタクヤが目を剥いた。


 ユウヤが焦っていた理由。それは昨日肝を冷やしたばかりで、これからは注意しようと決意したばかりのものがーー。


 ーーアブソーバーが、壊れていたからだ。


「何で、アブソーバーが……大変だ、ユア!」


「ん……?」


 タクヤの大声に体を動かしたユアだが、布団を頭まで被って再び入眠。


「早く起きて! 本当に緊急事態!」


「うるさいんだけど。朝から何してるのよ」


 目当てのユアではなく、リズが起きた。迷惑そうな視線がこちらに注がれる。


「起こしてごめんね! ちょっと助けて!」


「何をそんなに狼狽えてるわけ?」


 狼狽が過ぎるタクヤに何かを察したか、リズは話を聞く姿勢を見せた。


「ユウヤが! アブソーバー壊した!」


「アブソーバー……」


「魔術が発現したての子どもにつける制御装置! これがないとユウヤは暴走する!」


 タクヤは一息で説明を終え、リズは傾げていた首を元に戻した。


「ああ、弟がつけてーー暴走!? ユウヤ、大丈夫なの!?」


 ユウヤは体を震わせたが、それは突然こちらに向いたリズに驚いたことから来たものであり、身体の異常ではない。

 ーー取り敢えず、現段階では、の話だが。


「……何、してるの?」


 その時、タクヤに揺さぶられ続けたユアがようやく目を覚ました。


「ああ、やっと起きた! 大変なんだ、ユウヤのアブソーバーが!」


「アブソーバー? ……何で、壊れてるの?」


 寝ぼけ眼を擦りながら微睡みの声でぼんやりと認識を始めたユア。


「ごめんな、壊して」


「……そこじゃないよ!? あれ、何で壊れてるの!?」


 意識がはっきりしたタイミングがわかる反応だ。ユアは相変わらず朝に弱いーーと、現実逃避に全く関係ないことを考える。


「ねえ、ユア。これって何をしたら壊れるの?」


「アブソーバーが壊れた話は聞いたことないんだけど……ユウヤ、心当たりはある?」


 ユアは少し考えた後、ユウヤに問いかける。そこまで乱暴に扱った覚えはない。むしろ、貰い物だからと大切にしていた。


 しかし、言われてみれば一つ。


「……昨日、投げた」


「俺にだね。でも、あの後は普通につけてたはずだよ」


 それもそうだ。装着した後で、確認は一通り済ませている。脆くなっている部分は見つからず、割れていた箇所も無かったはずだ。


「それ以外はねぇな」


 投げたことではないのなら、ユウヤに原因はわからない。完全にお手上げ状態だ。


「アブソーバーって子ども用だから、どれだけ乱暴に扱っても壊れないように作られてるはず、なんだけど……えっと、どのくらいの強さで投げたの?」


「どういうことだよ」


 恐る恐る尋ねるユアに思わず喧嘩腰で返してしまう。


 その聞き方では、まるでユウヤが力加減のできない暴れん坊のようではないか。ユウヤとて、壊したくて壊した訳ではない。


「ユアの言いたいことはわかるけど、受け取った感じは普通だったよ。骨が折れたりはしなかった」


 タクヤの助けにもならない助け舟。普段だったら物申すところだが、ふざけんなと拳を突き出したいところだが、ぐっと堪える。壊したユウヤに言い返す権利は無い。


「ーーまさか」


「お、何かわかった?」


 期待に満ちたタクヤの声とは反するユアの強張った表情。


ユアの視線はちぐはぐな二人の様子を見ていたユウヤに向けられ、彼女はその声を深刻な音に落とす。


「魔力保有量が、アブソーバーの限界を超えた……?」


「……待って、そんな話ある? だって、アブソーバーって普通の子ども十人分まではもつって言われてるよね。いくらユウヤが特殊だと言っても、まだ発現したばかりだよ?」


 先程とは真逆の表情を浮かべたタクヤを見たユアは、平然とこう答えた。


「信じられないけど、特殊だからこそ何があってもおかしくないって前に誰かさんが言ってたから」


「俺でした……」


 過去の意趣返しといった口振りのユアの言葉に、タクヤは頭を抱える。


 これだけ特別扱いされると、浮かれて勘違いするというよりは、自分が珍獣か何かであるのではないかという錯覚に陥る。


 本当に、自分は何なんだろうか。

 哲学的な領域に達しようとするユウヤの思考は、ユアの懸念の声でその姿を収めた。


「ユウヤ、前は暴走する直前にもやもやするって言ってたけど、今はどう?」


「それは大丈夫だ」


 以前感じた体を巡る妙な気持ち悪さは訪れていない。ーー今は、まだ。


 ユアもそれをわかっていたのか、心配の瞳のまま考え込む。


「でも、そのうち来ちゃうよね。どうしよう……」


「アブソーバーの予備は持ってないの?」


 タクヤの提案に、ユアは非常に言いづらいといった様子で俯く。


「……持ってない」


「ーーだよね。わかってたよ」


 その言葉を最後に、部屋の空気が一気に落ち込む。タクヤの声の調子が明るくなかったのは、この答えを予想していたからだろう。


「大分まずいな。いつ暴走するかわからない状態で放っておくわけにもいかないし……」


 あのタクヤでさえ、打つ手なしと判断をしているこの状況。ユウヤに考えつく案は一つだった。


「オレ、ちょっと行ってくる……」


「こんな時にどこへ行くつもり?」


 ふらふらと扉へ向かうユウヤは、リズの声に引き止められる。


「オレ一人なら、被害は抑えられるはずだ。誰もいねぇところで発火してくるさ……」


 まず思いついたのは家に帰って森に引き篭もることだが、恐らくそこまではユウヤがもたない。街道で暴走して終わりだ。


 それなら、魔術の練習をしたあの草原にでも行こうか。あそこなら訪れる人間がほとんどいない。誰かに迷惑をかけるといったことはないだろう。


「それはやめようか」


 自棄になったユウヤをさらに言葉で抑え、こちらに戻ってくるように手振りをするタクヤ。

 ユウヤはその場から動かず、停止するという選択を取る。

 打開策がない今、最善はユウヤが一人になることだ。


 今すぐにこれ以上の案は出るのか。それによっては、今この瞬間に駆け出すこともやぶさかでは無い。

 そんなユウヤの決意は、小さくありながらはっきりと聞こえたある一言に散る。


「一つだけ、方法はあるよ。……かなり難しいかもしれないんだけど」


「いや、少しでも可能性があるならやるしかない。それで、内容は?」


 タクヤに促されたユアは、躊躇いながらもその方法について話し始めた。


「魔術を使いこなせるようになれば、魔力の循環がうまくいくようになるから暴走は防げる。でも、暴走まであとどれだけ時間が残ってるか……」


「『使えるように』じゃなくて、『使いこなせるように』ならなきゃいけないのか。でも確かにそうだね」


 出力、操作の調整、その他諸々までもままならないユウヤが、使いこなせるまでになる必要がある。本当に難しい注文だ。

 ユアの言う通り、暴走するまでにユウヤの制御が間に合うのか。残り時間の見当さえつかない現状では危険すぎる賭けだ。


 そんな思いで遠くを見るユウヤを遮ったのはタクヤだった。

 既に諦めかけているユウヤと違い、タクヤの瞳の色は普段通り。薄く浮かべた不敵の笑みに、根拠のない少しばかりの安堵を覚えた。


「ーー予定変更。まだ朝早いけど、練習しよう。ご飯は俺が適当に買ってくるから、三人は先にあの草原に行ってて」


 言うが早いか、するりと扉から出て行ったタクヤ。


 呆然としていた三人だったが、慌ただしく準備を済ませ、宿を出る。

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