21.橙を生み出した者たち
「ーー何だこれ」
四人は最初に通った道へと戻って来ていた。カラーズとの戦闘があった場所だが、よくわからないものが浮いている。
黒い球体。それ以外の何とも言えないものがひしめき合い、至るところにあった。最後に見た時とはあまりに違う光景に警戒を強める。
そんなユウヤの姿勢は、肩を叩いたタクヤの一言によって崩れた。
「俺の魔術」
「お前かよ」
がくっと落ちる肩につられ、一気に力が抜ける。門外不出はどこへ行った。やはり適当なことを言っていたタクヤに視線で訴える。当の本人はあっけらかんとしており、大して気にしていないようだったが。
「俺たちがアーデスと戦ってる間に背後から襲われても困るじゃん?」
「だったら最初から言えばよかったでしょう。何が門外不出よ」
腕を組んで指摘するリズに、タクヤは片目を瞑って見せた。
「秘密のある男って魅力的でしょ?」
リズは冷めた視線を送ると、タクヤからユアの姿を遮る。正しい判断だ。そして、リズはため息と共に追求を諦める。
一言多かったが、この不気味にも思える塊はタクヤの対処の結果だったことはわかった。
「これ、大丈夫なのか? 魔力使い過ぎなんじゃ……」
「ああ、一回発動すれば魔力を使わないまま残しておけるんだ。だから、大丈夫」
そう言って一歩進み出たタクヤの足取りは心なしか頼りない。
「解除するから、離れてて。……腕も治ったことだし、最悪の場合は俺がやる」
『最悪の場合』とは即ち、カラーズが襲って来た場合を指すだろう。四人全員が心身共にボロボロなこの状況、どれだけ前向きに考えたとしても、出てくる言葉は『無理』一択。
あれだけ休めば体力も回復している。自分も協力するという意志を示すべく、タクヤの隣へ立つ。
ユウヤが横に並んだその時、タクヤは意外にもナイフを取り出した。
くるりと回転させることで表に現れた刃は月明かりに照らされ、その刀身を鈍く光らせる。
「すげぇ、アレンみたいだ」
「それは褒めてくれてるのかな?」
ユウヤにとっては最上級に等しい賛辞のつもりだったが、タクヤがアレンのことを知らない以上、その評価がどれほどのものか理解されることはないだろう。
一度真似をし、結果は無惨。ぱたぱたと指から垂れる血に恐怖した記憶がある。こっぴどく叱られたが、その記憶は頭から抹消した。溢れる血よりも怖かったような気はする。
それから最近までお守りとしてしか扱ってこなかったナイフの扱いは、実戦時のみに発揮される程度の腕だ。
「……うん。もう大丈夫かな」
タクヤは自身の手を確かめるようにナイフを弄っていた。
「お前も持ってたんだな」
巧みにナイフを操るタクヤの手元から目が離せないまま、新たに話を振る。
「職業柄、必需品だからね。やっぱり、これが一番やりやすいかな」
タクヤは自分のナイフに目を落とした後、ユウヤの胴を指差した。
「ユウヤのナイフいいよね。俺もそういうの欲しい」
「これは貰いもんだ。やらねぇぞ」
「何の話をしてるのよ」
じり、と距離を詰めるタクヤに、腕で胴を覆うユウヤ。
ナイフ談義に花を咲かせる二人に、リズは呆れ顔だ。
「ユウヤもナイフを持ってるの?」
驚きの声を上げたユアが、目を丸くしてこちらを見ていた。
「知らなかったか?」
今更すぎる問いかけに、ユウヤは首を傾げる。
赤の使者が訪れた時、ユアは部屋の中にいた。シャーロットとの戦闘はもちろん参加していない。そう考えると、確かに見せたことはなかった。
ほら、と懐から出したナイフの鞘を抜く。
今回出番はなかったナイフ。その少し鈍った輝きを目にして、後で手入れをすることを決めた。大切な貰い物をなまくらな状態に落としてしまうのは気が引ける。
「そこに入れるのやめたら? その形だと鞘が外れた時に危ないし、もっと取り出しやすいところにしようよ」
タクヤの提言に一考するが、しかし。
「そんなこと言われても……ホルダー持ってねぇからなぁ」
「リズみたいなやつ? 俺使わないし、余ってるからあげるよ」
「本当か?」
期せずして発生し、解決した収納問題に喜ぶユウヤ。
「あんたたち、目を離さないで。危ないでしょう」
リズの苦言に慌てて視線を戻す。
「同じナイフなのに、全然形が違うんだね」
ユアは受け取りはしなかったが、まじまじとナイフを見つめていた。
「……私も、持ってた方がいいのかな?」
「お前はいらねぇだろ」
「君には必要ないよ」
「ユアは絶対に持ったら駄目よ」
「そ、そう……」
三人から一斉に否定されたユアは、その勢いに押されてすごすごと後ろに引いた。真剣に見ていたようだが、その瞳に映るナイフはユアには似合わなかった。ユアの魔術の方がよっぽど綺麗だ。しっかりと鞘へ納め、懐にしまう。
「君には魔術があるだろ? それに、いざとなったら皆で守るから余計な心配はしなくていいよ」
そう締めくくったタクヤの表情は真剣なものへと変わる。
「それじゃあ後ろに。ーー三、二、一」
弾かれた親指と中指が小気味のいい音を立てた。それと同時に、黒い球体がどろどろと溶ける。液体のようになった影は夜の闇に紛れていった。
そして僅かな高さから落下するカラーズたち。彼らは微かな呻き声と共に体を起こす。
「こ、ここはどこだ……?」
「私はどうしてこんなところに……」
辺りを見回すカラーズに向かって、あろうことかずかずかと近づいていったタクヤ。
「はあい、カラーズども。殺されたくなきゃーー」
「ひぃっ!! な、何だお前は!」
これ見よがしにナイフを回転させながら近づいたタクヤは、その反応に歩みを止める。
すごいね、と小声で話しかけてきたユア。再び練習をしてみようかと本気で考えるが、今はそれどころではない。それを感じるほど、どこかおかしな空気が漂っていた。
「いや、何だってアンタ。さっき会ってるよね」
予想外の返しに戸惑うタクヤだが、ナイフの構えだけは崩さない。
「し、知らない! 僕は研究所にいたはずなんだ! こ、これは一体……!?」
「はあ? ……どういうことだと思う?」
「私に聞かないで。知るわけないでしょう」
振り返ったタクヤへ、にべもないリズの答え。タクヤは味方間での解決を諦め、再び向き直る。
「アンタらはさっき俺たちと戦った。覚えてるかい?」
「戦うだって……? そんなこと、僕たちにできるわけがないだろう!」
ユウヤに正確な判断はつかない。もしもこれが演技だとすれば、明らかに怪しいこの状況での解答を間違えながらも真に迫る芝居をしてみせるこの男は大した役者だろう。
「噛み合わないなぁ……ん?」
困り果てたように頭をかいたタクヤだったが、何かを思いついたらしく、改めて口を開く。
「……今年何年か、あと日付言える?」
「そんなの決まっているだろう」
一片の迷いもなく答えた男だが、それは四人に衝撃を与えるものだった。
「……アンタが言っている日付は九年前のものだよ」
ーーそう。男の口から飛び出したのは、九年と少し経った日付だったのだ。
「九年、前……? う、嘘だ! 嘘に決まっている! ぼ、僕のことをからかっているんだな!?」
顔を紅潮させながら今にも爆発しそうな勢いで怒りを見せる男へ、タクヤは冷静に問いかける。
「虹は知ってる?」
「……虹? あの空にかかる虹か?」
こちら側の三人の顔が驚愕に塗り潰される。ユウヤは一拍遅れながら、その驚きを理解した。
虹の被害は伝え聞いただけのユウヤでも最悪だと評することができるものだった。その時代を生きた人間ならば誰もがそう思う、忘れられない事件。この話を聞いて平然としていられるのは、ユウヤのように記憶の無い者だけだ。
「……アンタらが覚えてる限りで、最後に起こったことは?」
「ーーアーデス! そうだ、あの男が研究所に来た! 何か様子がおかしかったことは覚えている。ただ、そこからは……」
記憶を探っていた男は弾かれたように顔を上げ、今回の元凶の名を口にする。
「……それ、本気?」
「どういう意味だ。一体、何があった?」
心底わからない、といった様子で早口に質問を繰り出す男へ、タクヤは決定的な一言をもって証明した。
「ーーエストランド王国が滅んだ」
「……は!?」
「八年前だ。たった七人の手によって王族も国民も皆殺し。その後も、あちこちで被害が確認されてるよ」
淡々と事実を告げるタクヤへ、男は半狂乱となる。
「ま、待て! あの大国だぞ!? そんな話、信じられる訳がーー」
「俺たちからしたら、アンタらの方が信じられないんだけど。虹を知らない人間なんて、世界中どこ探してもいないよ」
取り敢えず首を縦に振って説得力を高めておく。ユウヤは知らなかった訳だが、それは今言うことではないだろう。
「他にもあるよ。大きいのはリードが出場した魔術大会に、この国の王の死かな」
指を折りながら紹介していくタクヤに、男は声を上擦らせた。
「……あのリードが? それに、王が死んだって……!?」
「納得してくれたかい? カラーズさん」
「か、カラーズ……?」
「虹に従う奴隷みたいなものさ。俺たちは、アンタらに襲われてるんだよ」
もはや言葉も出ないのか、男は絶句。
「そして、アーデスは虹の橙。アンタらの主人だったんだ」
「ーーあんな落ちこぼれに、この僕が従うわけないだろう!」
先程の男とは別の場所から聞こえて来た声。タクヤはその場所まで歩みを進め、ある一人の前で立ち止まる。
「落ちこぼれって、アーデスが?」
「ああ、そうだ。地属性しか使えないくせに蘇生をしたいなんて我儘を言った挙句、何にも成果を上げられないまま追い出された。これを落ちこぼれも言わずして何と言うか!」
アーデスの行いを悪し様に語る男の顔は酷く歪んでいた。
そして、流れは一気に男へ傾く。それまで口を開くこともなかったカラーズたちが一斉に怨嗟の声を上げ始めたのだ。それに応じて、彼らは覇気を取り戻していく。
これではどちらが悪なのかわからない。当然アーデスは悪だが、彼らも善とは程遠いように思える。その様子に顔を顰めたユウヤだったが、タクヤは至って普通に受け入れ、こう言った。
「ふぅん、そう。ーー嘘だね?」
これまでの流れの一切を無視し、躊躇なくナイフを向けたタクヤ。驚く三人だが、それ以上に狼狽したのはカラーズだ。
「つ、ついていない! 神に誓って、嘘なんて!」
「……神、ね。またか。ーーもういいよ」
投げやりにぶつけられたその言葉を用済みと捉えたカラーズは震え上がる。しかし、つまらなさそうに帰って来たタクヤにそんなつもりはないようだった。
「コイツら、本当に覚えてないらしいね」
「私、あの男嫌いだわ」
はっきりと嫌悪を示したリズに肩を竦めることで返事としたタクヤ。カラーズの方へ振り向き、声を響かせる。
「取り敢えず、外まで歩いてもらえる? 早くしないと、生き埋めになっちゃうよ」
その言葉に座り込んでいたカラーズが慌ただしく立ち上がり、出口へと走り出す。
「この建物、走ったら崩れるから。そこんとこ、よく考えた方がいいよ」
タクヤの一言で揃って足を止めたその姿は、どこか小動物の群れを思い出させた。恐怖に由来する小刻みな揺れも含めて。
◆◇◆◇◆
ぞろぞろと出口に向かうカラーズの後ろを歩く四人。
タクヤの魔力が尽きる寸前のため影で拘束することはできなかったが、抵抗する気力も無いのか無言である。
「今回は一般人がカラーズにされた例みたいだね」
「他にもあんのか?」
「虹に賛同した奴らが自主的にカラーズになることもあるよ。当然、相当にイカれた奴だ」
数は少ないが質だけは一級の惨劇を見て来たユウヤにとって、タクヤの指す人間は不可解そのもの、むしろ嫌悪しかない。あの大惨事を知った上で付き従うその精神は、まさしくどうかしているのだろう。
「ただ、演技って可能性は捨て切れない。そんなことできるほど器用にも見えないけどさ」
「どうするんだ?」
疑っていてはきりがない。真実かどうか、本人にすらわからないことも多いのだ。それこそ、神のみぞ知るというものだ。
「どうぞお帰り下さい、とはならないよね。でも、ここにいたらすぐに警察が……警察?」
タクヤは自分の言葉に立ち止まり、何かを考え出した。
「ここの管轄……そうだ、思い出した」
光明が差したと言わんばかりに笑みを形作ったタクヤ。その時、ようやく長い通路が終わりを迎える。
外に出るが、明るさは所内とさほど変わらなかった。天井が破壊されており、上を遮るものが何もなかったからという理由だが。
しかし、開放感は桁違いだ。あの空間、暗くは無くともどこか空気が淀んでいた。
遠くからサイレンが聞こえる。もうじき、警察が到着するだろう。タクヤはカラーズに一言釘を刺してから座るよう指示した。
「それじゃ、警察を待とう」
研究所を出てすぐの地面にめり込んだ岩片に腰を下ろしたタクヤへ、リズは焦りの色を見せる。
「あんた、そんなに悠長に構えて平気な立場じゃ無いでしょう。捕まったら一生出てこられないわよ」
「大丈夫だって。俺らはただの通りすがり。いいね?」
リズの焦りは、一人余裕を見せるタクヤによって空回りしていた。
ユウヤも警察には忌避感があった。特に何かされた訳ではないが、なぜか身に染み付いている感覚だ。アレンが嫌っていたということもあるだろう。
しかし、よくよく考えてみると四人中三人がお縄にかかるような顔触れだ。
裏の世界で大活躍の二人。死体が消えかつ虹ではあるが、つい最近人を殺したユウヤ。捕まれば、重罰は免れない。辺りを見回すが、身を隠すことができる場所はどこにもなかった。
そして、警察が到着。一人、こちらに向かってくる警官に後退りするが、無駄な抵抗だ。
「ーーハモバダ警察の者です」
ーーこれは、人生最大の危機かもしれない。
冷や汗が一筋流れるのを感じながら、直面寸前の危機的状況からの脱出に頭を回すのだった。




