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ロストハーツクロニクル  作者: すずめ
第2章 望まぬ再会
36/85

22.最後の贈り物

 近づいて来た警官は足を揃え、敬礼。


「ハモバダ警察の者です。この場所から轟音が聞こえるとの通報を受けましてーー」


「あ、いた」


 一番に声を上げたタクヤ。行動もさることながら、その言葉。全て予想もしていなかったものだった。

 警官を含め、一行はぽかんと口を開ける。しかし、そこで動いたのはさらに予想外の人物。


「は……げえ!? まわーー」


 しっ、と人差し指を唇まで持っていったタクヤは目を弓なりに反らせて笑顔を作る。


「何か言いましたか、お巡りサン」


「何で、こんなところに……あ、相棒殺しまで!?」


「静かにって言ってんだけど」


 一気に声を低く落としたタクヤに、警官の顔は青ざめる。


「どうかしたか?」


 状況の異質さに気づいたのか、遠くの警官が張り上げた声が響いた。


「はい、繰り返して。『何でもないです』」


 距離を詰めたタクヤは警官を見下ろす。逃げ出したくなるような圧が、警官に降り注いでいた。


「ひぃっ!?」


 警官は動くことすらできず、漏れる悲鳴をかろうじて押し込む。


「おい、聞こえてるのか?」


「早く」


 返答が無かったことに痺れを切らしたらしく、こちらに体を向けた別の警官。

 それを確認したタクヤは素早く指示を出す。


「は、はい! 何でもないです!」


 遠くの警官がちょうど踏み出したタイミングで、ようやくこちらの警官が答えた。裏返ったその声は明らかに不自然だ。


「お前、声がーー」


「大丈夫です! 何でもないです!」


「そ、そうか。それならいい。ちゃんと仕事はしろよ」


 異常なしと連呼する彼に押され、持ち場へと戻っていく警官の姿を目で見送る。


「お前、警察に知り合いいるんだな……」


 三人が一気に確保される、という最悪の危機は脱した。


 タクヤとは正反対の位置に立つであろう警察と繋がっているというのは不思議な話だ。弱みでも握られているのか、と思わせるほどにタクヤ優勢で進んでいるが。


「コイツは警察じゃないよ。潜入してる裏の人間」


 その一言に納得。それと同時に、国家権力にまで手を伸ばしている裏の深淵を覗いた気がする。


「な、何だよ! 俺が何したってんだよ!」


「静かにしなかったね。まあ、それはどうでもいいけどさ」


 タクヤはある一点を指差した。


「実はコイツら、カラーズなんだ」


 一箇所に固まって座り込む白衣の集団に示された指。それを視線で辿った男は首を傾げた。

 そして恐怖から一転、哀れむような眼差しを向ける。


「……とうとう、頭おかしくなったか?」


 そんな視線に晒されたタクヤは男の肩に手を置く。


「話は、最後まで聞こうか」


 タクヤの背後にいるためその表情は見えないが、壊れた人形のように首を縦に振る男に予想はつく。


 この男には同情の念しか湧かないが、ここでタクヤに会ってしまったのが運の尽き。こちらに縋るような目を向けていることには気づかないふりをする。ユウヤたちではなく、己の不運さを呪ってもらおう。


「そっちで引き取ってくれない? そうだな……実験という不慮の事故で研究所を倒壊させた犯人ってことでどう? それなら、危険な研究者ってことで厳重に見張ってもらえるし。そういうことにしておいてよ」


「無理に決まってるだろ!? 百歩譲ってカラーズだとしてだ! 警察の手に負えるもんじゃねぇ!」


 激しく拒否を主張する男だが、律儀にも声の大きさはそこまで目立たない。


「今はカラーズじゃないらしいから大丈夫だって」


「何言ってんだよ、無理だ!」


「そこを何とか」


「無理だって!」


 ユウヤは何もすることができず、手持ち無沙汰にその様子を眺める。そんな時に発揮される無駄な観察力は、男の腰に備えられた剣に向いた。


 本物を見るのは初めてだ。帯剣を許されているのは警察と王都の騎士団のみとされているため、森から出ることのなかったユウヤには見る機会がなかった。


 ユウヤも男の子ならではの憧れ、その対象として見ていた時期もあった。今は特に必要がないと熱烈な興味は失っているが、やはり本物を見るとその気持ちが僅かに蘇る。

 ユウヤがうずうずと視線を集中させている間に、しばし続いた話し合いが終わりに近づいていた。


「俺がここまで言ってるのに?」


 すうっと目を細めたタクヤに、男は体を震わせる。


「頼むから、勘弁してくれ!」


 男は悲痛な声で叫んだ直後、慌てて口を塞いだ。

 たった数分の会話で思い出され、そして新たに刻まれたタクヤへの恐怖が目に見えるようだ。


「……別に、俺はいいんだよ? コイツは潜入してる裏組織の人間だって、アンタの先輩に話しても」


「そ、それをやったら、困るのはそっちも同じだろ」


 直接的な手段の話題になった途端、男は強気に出た。


「どうして?」


「け、警察からの貴重な情報が手に入らなくなる。そうなれば、お前の仕事もやりにくくなるはずだ」


 威圧へのささやかな反抗として、男は仮初めの立場を利用する。それは卑怯と言えば卑怯だが、この状況で唯一の打開策なり得るものだろう。


 両者が腰を据える領域において、圧倒的優位に立つタクヤ。社会的立場において、公的に行使が可能な権力を持つ団体へ所属する男。

 この場に限り、立場は逆転する。


 しかし、タクヤは顔色一つ変えずに返した。


「だから、アンタが必要だと?」


 空気が冷たく変質する。タクヤは息を漏らし、憫笑を浮かべた。


「残念だけど、代わりはいくらでもいる。正直、アンタの階級じゃ得られない情報だって、俺には簡単に手に入るんだよ」


 その一言に、男の顔が強張った。


 普段と変わらない様子のタクヤだが、言葉そのものの温度と対照的に平坦な声音。それが余計に冷徹さを演出している。


「正体がバレたらどうなるかなぁ。……職を失うだけで済むといいね」


 含みを持たせた言葉。裏の事情を全く知らないユウヤでさえ、その言葉の指すところがどちらに働くか、容易に想像できる。

 幸か不幸。間違いなく、不幸となる。


「まあ、アンタの場合はそれでもいいのか。公になる前に逃げてしまえばいい。ーー金は、たくさん持ってるもんね」


「……とんだ言いがかりだな。何の証拠があってーー」


「それはそうと、最近おもしろい奴に会ったんだ」


 男の話を遮って話題を切り替えたタクヤ。男は面食らって口を閉じる。それがいけなかった。


「ある露店商なんだけどね? そんなところで店を開いているわりにはかなり高価なアクセサリーを景品にしてたんだ。不思議だよね、アンタにしたのと全く同じ話をしたらタダでアクセサリーをくれた。……心当たりは?」


「な、なんで……!?」


 男の反応を見て満足気に頷いたタクヤは話を続ける。


「仲間と共謀して、自分の組織から金を盗んだ。お仲間は事が大きくなる前にとんずらしたみたいだけどね。残念、アンタは引き際を見誤った」


 意地の悪い笑みと共にタクヤの口から流れ出るのは、男にとっては最悪の言葉。


「ひょっとして、バレてないと思ってた?」


 男の顔が絶望一色に染まる。


 そして、次の言葉。それはもはや、死刑宣告だった。


「アンタのところのボスも勘付いてるよ。まだ誰とは特定できていないみたいだけど」


 もはや震えるばかりとなっている男へ届いたのは、悪魔の囁き。


「大丈夫、俺が言わなきゃわかんないよ」


「……ッ、脅しの、つもりか?」


 自分の命運が目の前の相手に握られていることをまざまざと意識させられた男。か細い声は、その効果が現れたことを知らせるには十分だ。


「そう取ってもらって構わないよ。身に覚えがあるんならね」


「ぐっ……」


 図星を突かれた男はとうとう黙り込んでしまう。


「ひでぇな」


「あの人、可哀想……」


 男が犯した罪が命取りになった訳だが、あまりに一方的な展開に憐れみすら覚える。


 一度振り返ったタクヤは不服そうな顔をしていた。


「聞こえてるよ。全く、人を悪者扱いして」


 向き直り、遠くの警官を指差すタクヤ。


「交渉、してくれるよね?」


 四人から集中的に浴びせられる視線。


 タクヤを除く三人は事の行く末を見守っていただけなのだが、それも一因となったのだろう。男は視線の重さに耐え切ることができず、項垂れた。


 結果、タクヤの勝利。



◆◇◆◇◆



 タクヤが警官と話を詰めている間、何もすることがない三人は思い思いに休んでいた。

 ユウヤは体をほぐすために柔軟、ユアはうつらうつらと眠気に攫われ、リズはぼんやりと空を眺めている。


 ユウヤが他の二人に比べて落ち着きが無いのには理由があった。


 あのことは伝えなければならない。しかし、何の確証もないのだ。現実的に考えて起こり得ないことを、ましてや極限状態で確認したという点で信憑性など欠片もない。


「……なあ、リズ」


 振り向いたリズ。疲れ切ったようなその瞳がいつもほど光を放っていないことに気づき、決意が揺らぎそうになる。


 ユウヤにはただの言葉としか捉えることができなかった。しかし、きっとリズは違う。偶然だとしても、結果だけ見ればあの男から託されたのはユウヤだ。拳を握り、ようやく口に出す。


「オレの目が間違ってたのかもしれねぇし、頭もやられてたのかもしれねぇ」


「何よ、突然」


 ユウヤの発言にその通りの疑いを育てたリズは訝しげな視線をよこした。


「とにかく信じられねぇ話、なんだが」


 一応、話を聞く姿勢を取ってくれたリズに感謝し、そのまま続ける。


「お前が、その……刺した、時。あの男、笑ってたんだ」


「……エル、が?」


 曖昧に場面を指定したユウヤだったが、リズは察してくれた。驚いたように目を見開いたリズへ、最期の情景を伝える。


「最後に口が動いた。ーー多分、『ありがとう』だ」


「……そう」


 リズは一言返し、下を向いてしまう。


 何と声をかければいいのかわからず、間抜けに口を動かしていたその時、ようやくタクヤが戻ってきた。


「全部アイツに押し付けーーもとい、任せてきたから。早いとこ撤収しよう」


 言い直しているが、既に手遅れだ。見ると、先程の男が他の警官を説得をしているようであった。

 怪訝そうな顔をする先輩警官へ、それはもう必死の形相で。

 そして、なりふり構わずの姿勢に、若干距離を取る警官たち。


 当然だ。こちらからでも伺えるほどに汗を流し、血走った目を見開いているのだから。あの汗はきっと冷や汗だろう。ユウヤは心底、同情しながら歩き出す。


「リズ?」


 ユアの声に振り返ると、リズはまだ立ち上がっていなかった。

 先程の言葉が消化しきれていないのだろう、と責任を感じたユウヤは肩を貸すために近づく。


「……このことだったの?」


 リズが唐突に投げかけた問い。ぽつり、と寂しそうに呟くその姿にユウヤは動きを止める。


 それはユウヤに向けられた言葉ではない。


 ゆっくりと顔を上げたリズが瞳に映していたのはタクヤだった。

 タクヤは前を見据えたまま立ち止まる。


「ーータクヤ。あなたが知っていたのは、これだったの?」


 いつもと違う雰囲気に、二人の間を邪魔しないように移動することさえ躊躇われる。


 あれだけ名前で呼ぶことを求めていたタクヤ。ようやくその時が来たというのに、その顔に喜びの色は見えない。


「いいや、違う。ーー君に、そんなことはしないよ」


 ほんの一瞬俯いたタクヤ。顔を上げ、静かに口を開く。


「どうもおかしいとは思ってたんだ。だから調べて、噂と事実が食い違ってるっていう情報は掴んだ。でも、カラーズだって話は知らなかった。……何で、気づかなかったんだろうなぁ」


「……あなたは、エルの何だったの?」


 リズの問いを受け、ようやく振り返ったタクヤは泣き笑いのような顔をしていた。


「……ただの知り合いだよ」


 先刻と同じ言葉だが、どこか悲哀を漂わせるその姿に胸が締め付けられる。


 リズの縋るような瞳を見たタクヤはそのまま背を向けた。リズから逸らした目が、これ以上の言葉を受け付けない姿勢を表す。


「そう。……ごめんなさい、行きましょうか」


 そう言ってようやく腰を上げたリズ。明らかに空元気とわかる声の調子に、痛々しさを感じずにはいられない。


 リズがタクヤの横を通り過ぎようとしたその時、道を塞ぐように手が伸ばされる。


「これが、俺だけが知る情報だ」


 その手にあるのは二つ折りにされた一枚の紙。


「……これ、は」


「自分の身に何かあったら君に渡せと頼まれた。俺も内容は知らない。ーーこれで、契約は終了だ」


 タクヤは必要以上の説明をせず、そのまま口を閉じる。


 ーー契約。ユウヤにはその言葉の意味もわからない。しかし、それを問うのは今ではない。


 ただ、リズの中の何かがようやく終わりを迎えるのだと感じていた。


 受け取ったリズの手は小刻みに震え、一向に紙を開こうとしない。


「リズ、大丈夫……?」


 紙を手に固まるリズの袖を、ユアが恐る恐る引いた。


「ええ、大丈夫。……大丈夫よ」


 リズは自分に言い聞かせるような言葉で躊躇を払い、長く息を吐く。そして心を決めたか、ぱらりと開いた。


「……!」


 瞠目し、瞬間に唇を噛み締めたリズ。目が潤み、堪え切れなかった涙が頬を伝う。


「ふっ……う、うう……!」


 座り込んでしまったリズを、ユアが追って屈んだ。


「エル、エルぅ……!」


 リズは大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら、相棒の名を呼ぶ。

 その胸には一枚の紙がしっかりと抱え込まれていた。光り、弾けた水滴は紙の端に丸い跡を生む。


 それは覚えたての子どものような歪な文字。そして、簡単な単語で綴られたものだった。




『ありがとう。あなたのことが、だいすきでした』。

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