20.あと一つ
お久しぶりです。
何とか2章終了の目処が立ち、3章へと繋げられそうです。
書き溜めの期間に修正した部分はかなりあるのですが、あまり大きく影響はしないかなという感じです。一部の一人称がカタカナに変更、ということはあります。
さて、本日は21時にも投稿致します。一週間は毎日投稿していきたいと考えていますが、最終調整が間に合わなければその次の日に連続投稿なんてこともあるかもしれません。一週間で2章が終わるといいなと淡い希望を抱きつつ、頑張って調整しています。
意識の浮上。
「ユウヤ!」
上から覆い被さる影がユウヤを呼ぶ。
「ここ、は」
「ユウヤ、私のことわかる……?」
体を包む暖かい光。それを行使する者は、恐らく。
「ユア、だろ」
寝起きのような倦怠感に襲われながら、その不安気な表情を和らげようと声を振り絞る。
無理に口角を上げ、笑みを形にしようとするユウヤ。それを見たユアは俯いてしまう。
二人からは隠せているが、ユウヤの視線に影響はなかった。
目を固く閉じ、唇を噛み締める姿がはっきりと見えてしまう。
その表情はユウヤがさせてしまったのだろうか。声をかけあぐねるユウヤの横で、もう一つの影が動く。
「記憶が飛んだわけではないみたいだね。どこか痛いところは?」
ユウヤの一挙一動を観察していたタクヤが、最悪を回避したことに安堵した様子で言葉を投げかける。
「……大丈夫だ」
次第に覚醒する意識下で自分の状態を確かめ、無事を伝える。
度重なる戦闘で酷使したという点では痛い箇所もあるが、タクヤの指したものではない。
「そう。よかった」
タクヤは大きく息を吐き、その場に座り込んだ。
「ほんと、無茶しかしないね、君は」
重い体を起こし、壁際まで後退するユウヤに視線が刺さる。
「いや、落ちそうだったから、つい」
「つい、じゃない。心臓止まるかと思ったよ」
相当、心配をかけてしまったようだ。そこに関しては反省する。
ーーユウヤが見たもの。それはアーデスと、アーデスを導いた二人。導いた結果は、大量殺人。
恐怖が連鎖し、餌食となれば肉片すら残らない。おぞましさ以外、感じることのできない所業だ。
しかし、信じられないことに、ユウヤにはアーデスの気持ちが手に取るようにわかってしまった。
認められない悔しさ。侮られる憤り。もはや自分にはどうすることもできないという無力感。リードへの羨望と、妬み。
憎悪、憤怒、嫉妬、殺意ーー。
あらゆる悪感情を当然のものとして膨れ上がらせ、行動に反映させた。
散らばる紅に、満足感を覚えていた。
あまりの無様さに、嘲笑が漏れた。
全て終えて辺りを見回した時、歓喜の震えが止まらなかった。
恐怖など、微塵もなかった。
今考えると、あり得ないことではある。ただ、そうとしか思えない。
ーーユウヤとアーデスは繋がっていた。
確かに、アーデスの思いを自分のものであるように受け取っていたのだ。
無抵抗の人間に危害を加え、そして殺す。到底、ユウヤには考えられない行動の数々だ。
しかし、自分があの状況に陥ったとしたら。これらの感情は全く生まれないと言い切ることができるのだろうか。
もしかしたら、憎むかもしれない。
もしかしたら、思いを爆発させるかもしれない。
もしかしたら、自ら手を下すかもしれない。
アーデスの感じた快感は、薄まることなくユウヤへ伝わっていた。
もしかしたらーー。
最悪の想像に身を震わせるが、いくら考えたところで無駄だろう。
ーー結局は。
「……夢でしか、ねぇんだから」
独りごつユウヤに、タクヤは目敏く反応した。
「夢って、何の話?」
「あ、いや、別にーー」
更なる心配をかけまいと思考を戻したユウヤに、タクヤは真剣な表情を見せる。
「ユウヤ。君、前も同じ状況で倒れたよね? 虹の残したものを吸収したんだから、大したことじゃない、なんて言わせないよ。いいから、何の話?」
今、求められているのはアーデスの話だ。
しかし、一つ話すのなら先にもう片方ーーシャーロットの話からする必要がある。
そうすると話が長くなってしまうのだ。こんな崩落直前の建物では、いつ限界が訪れてもおかしくない。
そんな考えなど、今のタクヤの前には意味を成さない。
じっとりとした視線が、口を噤んだままのユウヤの側面から注がれる。
誰か助けて欲しい。ちらりと視線をやった先にいたのはリズ。随分と顔色がよくなっている。安堵したと共に目で訴えるユウヤに、リズは瞬きで返した。
「落ち着きなさいよ。あんたの言う通り、ユウヤは倒れたばかりなんだから。少しは休ませなさい」
「……そうだね。ちょっと、気を張りすぎてたみたいだ」
リズの助け舟によりようやく解放されたユウヤは、増した疲労に逆らわずに項垂れる。
「ーーユア。ふ、ユウヤを、何とかして」
落ち着いたと思った途端、不自然な息を残してそれきり後ろを向いてしまったタクヤ。その体は震えていた。
ひょっとすると、タクヤこそ何か隠していることがあるのではないか。人にあれだけ言っておきながら、と理由を問い詰めようとしたところにユアが割り込んできた。
「……ユウヤ、治療しよう」
ユアはなぜか顔を背けながら、手だけをこちらに近づけてくる。
「オレ、そこまで怪我してねぇぞ?」
不可解な行動に体を反らすが、ユアの動きは変わらない。
「いや、その。……ふふっ。か、顔、赤いから」
ーー顔が、赤い?
リズの方を向くが。
「こ、こっち見ないで。早く治してもらった方がいいわ」
あっという間に目を明後日の方へと向けたリズ。
「なん……タクヤ?」
思い当たる節が一つしかない。ユウヤが意識を落とす寸前にタクヤがしていた行動はーー。
「ごめん、やり過ぎた。あまりにも起きなかったから」
ユウヤはそっと自分の頬に手を当てる。
そこにあったのはじんわりと広がる温もり。
ユウヤの手は戦闘の名残でかなりの熱を持っていた。それでもなお感じるこの熱さは。
近くの水たまりを覗き込む。
同じようにこちらを覗き込む人間は、頬の大きさが増した滑稽な姿をしていてーー。
「本当にやり過ぎじゃねぇか。……こっち向けよ」
「ご、ごめんってば。だから回り込むのやめーーあはははは!」
「笑ってんじゃねぇよ!」
自分でやった行為の結果にも関わらず、爆笑。そんなタクヤへ憤慨の念をぶつける。
「俺のおでこを傷つけた恨みだ! 言っとくけど、少し腫れたんだからな!」
ほら見ろ、と前髪を上げたタクヤ。確かに赤くなってはいるがーー。
「オレの方が腫れてるだろうが!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる男二人を遠巻きに見ている残り二人。
「馬鹿なことしてるわね」
「り、リズ……止めてよ……」
それぞれが言葉とは裏腹に穏やかな表情をしていた。
◆◇◆◇◆
「あー、面白かった」
「ほんと、ふざけんなよ」
一頻り馬鹿騒ぎした後、息を切らした二人。
一息ついたタクヤに、ある一点を指したユアが心配そうな声を出す。
「タクヤも、早く」
「俺?」
手で催促するユアだったが、タクヤは首を傾げた。ユアと同じ部位に視線を落としたユウヤは愕然とする。
「腕、痛いでしょ? 早く出して」
タクヤはその言葉を受け、ようやく自分の腕を見た。
「……そうだった。ユウヤのせいで忘れてたよ」
「わ、忘れてたって、お前……痛くねぇのか?」
ユウヤの問いに、タクヤは顔を強張らせた。
「それ言わないでよ。思い出したら痛くなってきた。……あ、やば、痛い痛い痛い痛い」
「は!? 何で急に……ゆ、ユア!」
突然、タクヤは血の気の失せた顔で痛みを訴える。
折れてもなお酷使された右腕は倍に腫れ上がり、もはや紫に変色していた。
改めて見ると、この場において最も重傷なのはタクヤだ。
先刻、腹を抱えて笑っていた男とは別人のように苦しむ姿に、ユウヤは慌てて治療を要請する。
「は、はい! む、無よ、我が意志に従え。ーーヒール」
ずるずると壁を伝ってしゃがみ込むタクヤの元へ大急ぎで向かったユアは魔術を行使する。
ユアの手により、みるみると腫れが引いて正常な色に戻っていくタクヤの腕。やはり、魔術での治療は段違いに治りが早い。
「ありがとね。こんな大怪我するの、久々だよ」
「前はしてたの……?」
恐々と尋ねるユアに、タクヤは曖昧な一唸りで誤魔化しを見せた。
「……それより、魔力の方は大丈夫? 結構危ないと思ってたんだけど」
タクヤの言う通り、ユアはあの魔術で限界だと自己申告していた。魔力切れによる体調不良を一度目の当たりにしたユウヤの胸に不安がよぎる。
「自然に回復した分があるから、それは気にしないで。怪我を直す方が優先」
そう言って魔力を注ぎ込むユアに、タクヤは不思議そうな顔をしていた。
「珍しく優しいね」
「はい、治ったよ」
タクヤの余計な一言に、ユアは治したばかりの腕をはたいた。それは大丈夫なのか、と焦ったのはユウヤ一人。当の本人は平然と立ち上がり、腰を下ろしていた三人を見下ろした。
「さあ、治療……んっふ、も終わったことだし。行こうか」
「笑うな。お前がやったんだぞ」
言葉の途中で笑いを見せたタクヤに抗議するが、小刻みに震える肩は止まらない。
「ごめん、思い出しちゃって」
誠意の感じられない謝罪を口にしたタクヤ。通路を振り返ったが、そのまま固まった。
「あ、待って。俺たち出られない」
「は? 何言ってーー本当だな」
大きな岩が隙間なく積み重なる、たった一つしかない通路。タクヤと視界を同じくしたユウヤはその言葉が事実であることを認識した。
「ユアは……もう魔力が限界だよね」
「必要ならいいけど」
「やめておこうか。前の俺みたいになるよ」
タクヤは快諾したユアを制止する。前の、と言うとシャーロットとの戦闘後を指しているのだろう。青白い顔で睡眠を取るタクヤに肝を冷やしたことを思い出した。
「今、一番魔力が残ってるはユウヤか。何かない? この岩、爆発させるとか」
確かに、魔術自体をほとんど使用していないユウヤの魔力は余るほど残っていると言えるだろうが、しかし。
突飛な考えを披露したタクヤへ、ユウヤは返答する。
「建物ごと壊していいんなら構わないが。安全は保証しねぇぞ」
「じゃあ、やめよう。……仕方ないか」
あっさりと意見を下げたタクヤは、深くため息を吐いて前に出た。そして右手を突き出しーー。
「待った。何する気だ?」
治ったばかりの腕を掴んでしまったことに怯むが、本人はさして気にした様子を見せない。
「魔術を使おうと」
平気な顔でそう言い放ったタクヤ。落ち着き払ったその態度に動揺したのはユウヤだ。
「お前、さっきの魔術で最後だって言っただろ!?」
つい先程聞いたばかりが、さらりと実行されようとしている現実だ。
「それは俺の体調が悪くならない限界の話。ほんの少しなら使えるよ」
「いや、そうは言ってもな……」
食い下がるユウヤに向け、タクヤが指を差す。
「じゃあ、あの岩どかせる?」
示されたのは、両腕では囲えないほど巨大な岩の数々。
そんなの決まっている。
「無理だ」
「潔くていいぞ、少年。ーーユア、こっち来て。」
なぜか褒められるという結果を残したユウヤを背に、タクヤはユアに協力を求める。
「うん。何をすればいいの?」
「岩の隙間に水を流し込んで、動かしやすくして欲しい。それなら、今の君にもできるだろ?」
「それだけ?」
首を傾げるユアに、タクヤは前に進み出ながら苦笑した。
「それができれば十分だよ」
二人並んで岩の正面に立ち、術式は発動される。
「水よ、我が意志に従え。ーーアクア・バレット」
浮かんだ小さな水球が低速で放出される。それは岩に触れた途端に弾け、僅かな隙間に入り込んで行った。
この魔術は何度か見たことがある。特に汎用性が高いとされる水魔法だが、実際にその効果を見ると、知っているにも関わらず感心してしまうものだ。
そして、タクヤの魔術。
「影よ、我が意志に従え。ーーシャドウ・エスパーダ」
通路を塞いでいた岩の上半分が削り取られ、静かに転がった。
「大丈夫?」
「意外と軽かったな。ユアのおかげで思ったよりも平気だよ」
すぐさま問いかけたユアに、タクヤは手をひらひらと振って答える。
「肩ぐらいなら貸すけど」
タクヤは歩み寄って来たリズに対して大袈裟に驚き、笑いながら頭をかいた。
「いやあ、誰かさんに怒られそうだからやめとくよ」
「……それ、誰のことなの?」
「気にしない、気にしない。さあ、早く帰りたいなぁっと」
何なの、と抗議するリズを含め、三人の背中を押すタクヤ。
ようやくの終結を感じながら、ユウヤは先行して岩山を登る。足場を確認したところ、途中で崩れることはなさそうだ。ユアの手を引き、向こう側に着地。リズも遅れてやって来る。
後は、タクヤを残すのみ。
◆◇◆◇◆
残りは自分一人。三人を送り出したタクヤは振り返り、目を細める。
「……俺、言ったよね。面倒臭いから無事でいろってさ。お前くらいだよ、俺に『お願い』なんてして、本当に言うこと聞かせた奴は」
一人の男が体を崩した場所、即ち虚空へ語る。
「お前に嘘をつかれるとは思ってなかったよ。今の今まで騙された。信用してたのにさ」
空を仰ぎ、息を吐く。月明かりに加えて降り注ぐ星の光。目を閉じるが、その光の跡は瞼に焼き付いて消えない。
「まさか、よりによってお前がこんな終わり方をするなんてね。……やっぱり、馬鹿だ」
悪態をつきながらも、その表情は柔らかなものだった。
「見ててくれたか、俺の……いや、何だったんだろうな」
答えの得られない問い。タクヤは俯き、微かに口角を上げる。その顔は曇ってこそいなかったが、晴れやかと言うには暗すぎた。
「タクヤ?」
「はいはーい。今行くよー」
岩越しに聞こえたユウヤの声に返答し、自らも登っていく。
「あと一つだから、もう少しだけ待っててね」
その一言を残し、岩の天辺から飛び降りた。




