5.知りたくなかった
当たって欲しくなかった予想が的中してしまう。頭をぶん殴られたような、横っ面に張り手をくらったような衝撃が体中を駆け巡った。
「そ、そんなわけ……ただ、たまたま体術が使えたってだけかもしれないだろ。どうして……」
そう、たまたま。体術が使えたからと言って、裏の人間だと決めつけるのはおかしな話だ。現に、ユウヤは裏の人間ではない。
「……今度にしない? 俺はあの時、ユウヤのおかげで命拾いした。そのお礼で一応知らせておこうと思っただけなんだ。ここでするのは、ちょっと」
「それでもいい」
躊躇するタクヤに話をするよう促す。
アレンは裏の人間ではない。ユウヤは、アレンを信じている。
しかし、アレンについての情報がほとんどないのも事実。想像だとしても、聞いておきたかった。
不安を取り除きたかったのだ。
「……たまたま体術が使えます、なんてことはそうそうあり得る話じゃない。それを抜きにしても不自然な点が多いんだ」
「不自然……?」
一瞬の逡巡の後、重たげに口を開いたタクヤは腹を決めてユウヤと向かい合う。
「一つ目。残したものがあまりにも少ない。自分の痕跡がほとんど無い。多分、そのペンダントとナイフだけだよね?」
「それは、そうだが。そんなの証拠にはならない」
たかがものが少ない程度で決めつけるのはおかしな話だ。ユウヤは否定を重ねた。
「ナイフをあげたって時点で普通ではないよ。……二つ目。写真が無い。この世界では写真を撮られたら致命的、それで人生が終わることもある」
「あいつは写真が嫌いだった。それだけであいつが裏の人間だなんて決めつけることはできねぇだろ」
ユウヤはどこにでもあるような、誰にでも当てはまるような理由でアレンを人殺し扱いするタクヤに口調を強める。
タクヤはそれを気にする様子もなく、淡々と、アレンが裏の人間である証拠を提示する。
ーー嫌な感覚だ。
ユウヤは気づいていた。
タクヤの示した可能性。それぞれに大した意味はなくとも、重なれば十分な証拠足り得るものだということを。
一枚一枚カードをめくられ、道が狭まっていく。カードはめくればめくるほど、決定的なものに繋がってしまう。
それでも。それでも、ユウヤは信じたくなかった。
あのアレンが、人殺しをしていたことなんて。
認めたく、なかったのに。
ユウヤが追い詰められていく様子を黙って見つめていたタクヤ。しかし、当初のユウヤの望み通りに追求は続く。
「三つ目。決定的なのはユウヤ。君のその考え方だ」
「オレ、の……?」
ユウヤは呆けてしまう。どうして、ユウヤが決定的な証拠となるのか。
「ユウヤ、赤の時だ。君は躊躇わなかったよね? そしてこうも言った。たとえ殺しても、自分の身は自分で守れ。アレンにそう教わったって」
「それが何だよ。普通のことだろ」
「嘘……」
ユアが息を呑み、リズも目を見開いてユウヤを見つめる。
「な、何だよ。何がおかしいんだよ」
アレンからの教え。何もおかしくない。何も間違っていない。そう叫び出したいが、この状況の異質さに気がついたユウヤの乾き切った喉は震えもしない。
「……それだよ。完全にこっち側の考え方だ。普通の人間はそんなこと教わらないよ。そんな破綻寸前の価値観を持つのは裏の人間だけだ」
「アレンさんは、ユウヤに人を殺せって教えてたの……?」
「違う! やらなきゃ殺される時だけだ! 意味のない殺しはするなって散々言われてきた!」
アレンを恐怖の対象としたユアを遮って否定する。
何度も口を酸っぱくして言われた。
ユウヤがただの人殺しにはならないように、何度も、何度も、何度も。
「人を殺すのはどんな理由があれ、罪になる。だから俺たちが居るんだ。自分の手を汚さずに片付けるためにね」
それは興奮するユウヤを鎮めるように、そして諭すように静かな声だった。
ユウヤは理解する。
それはきっと、裏の世界で生きてきた人間が見つけた答え。
この世界から外れた者が辿り着いた、正解なのだと。
「きっと、分からなかったんだよ。普通の子どもの育て方を。普通の親はどんなことを教えるのかを。だからできる限りで自分とは同じにならないように、普通になれるように、そう教えたんじゃないかな。ただ、やっぱり価値観が違う。だから多少、間違えてしまったんだろうね」
「そんな……」
皮肉なことに、誰よりも信じていたはずのユウヤによって、アレンが裏の人間であることがほぼ確実なものとなってしまった。
あれだけ無意味に人を殺すなと口にしていたアレンが。ユウヤが少し指を切っただけで、慌てて救急箱を持ってきて包帯でぐるぐる巻きにするような男が。
ユウヤがおぞましさを覚えたあの行為。それを日常的に行い、生計を立てていたというのか。
「嘘だ」
すとんと腰を下ろし、口元を押さえて力なく呟いたユウヤ。
「そんなこと、あるかよ……」
「だから言ったんだ。今度にしようって」
タクヤは頭を乱暴にかき、うなだれるユウヤの視界に入るように屈んだ。
「でもね、ユウヤ。人を殺すことを楽しむ奴だって居る。まさに天職って感じのね。その中で理由もなしに人を殺すなって教えたアレンは、相当まともだと思うよ。……いい人だったんだね」
ユウヤの頭をかき回すように撫でるタクヤ。力加減ができていないのは慣れていないからだろうか。
その不器用さは、どこかアレンと似ていた。アレンもよくユウヤの頭を撫でていたが、いつまで経っても、痛いままで。
ユウヤは込み上げてくる何かを、唇を噛んでぐっと堪える。
あの教えは、自分を反面教師としたものだったのだろうか。自分と同じにならないように、自分とは反対の道に進ませるように。
自分と同じ最期を迎えることにならないように。
そろそろ限界だと、ユウヤの涙腺が、喉が訴えかけてくる。
「水差すようで悪いけど。一ついいかしら」
それを止め、沈黙を破ったのはリズだった。
「この話と赤って何の関係があるわけ?」
「そのままだけど。虹の赤が死んだのは知ってるでしょ?」
「う、嘘……虹が!?」
話題が方向転換し、諸々引っ込んだユウヤ。この状況、前も見たなとぼんやり考える。
「君は情報に疎すぎるんだ。もう何日も経ってるよ」
「……それで?」
『情報に疎い』については否定しない。本人の自覚はあるようだ。
「殺したの、俺とユウヤなんだ」
タクヤは無理矢理ユウヤと肩を組み、引き寄せる。不意打ちだったのでそのまま体が持っていかれた。
リズの冷ややかなそれはタクヤに向けられたものだが、確かな迫力を感じる。相対するものを縫い止めてしまうような、そんな迫力。
その視線を独り占めしているタクヤは余裕綽々といった様子だ。
「ふざけないでもらえる?」
「ふざけてなんかないよ。何ならユウヤにも聞いてみなよ」
「本当なの?」
リズが身を乗り出す。
浅葱色の瞳がユウヤを捉え、射抜きそうなほどの強さを放っていた。
「あ、ああ」
その眼の力強さに圧倒されるが、事実は事実。そう返すと少し思案した様子を見せた。
「まあ、あなたまで嘘をつく必要はないわね……」
どうやら納得してくれたようで、腰を下ろしたリズ。
「赤の招待状の話は知ってるよね? それが届いちゃって行かざるを得なくてさ。死ぬかと思った」
「信じられないけど、その子が言うなら……まあ」
ユウヤは最低限の信用を得ているようだ。ほっとしていると、タクヤが不服だというように言い返す。
「俺を信じて? 会ったばかりのユウヤを信じるってどうなの?」
「これまで聞いた評判から、あんたは信用できないって学んだのよ」
「ひっでぇ」
タクヤはリズが抱く大分失礼なイメージに一言だけ返し、しかし特に異議を唱えることはなかった。
そして、腰に手を当て立ち上がる。
「はい聞いて。この話に関連して非常に悪いお知らせがあります」
聞きたくないが、耳を塞ぐ訳にもいかない。一番深く関わっているのはユウヤなのだから。
「そうだ。ユア、もうイヤリング取ってもいいよ」
タクヤは思い出したようにユアへ伝える。
「ああ、そうだね」
「何でつけてたんだ?」
ふふん、となぜかタクヤが自慢げに鼻を鳴らした。
「実はこれね、通信機なんだよ」
タクヤはポケットからイヤリングを取り出す。
ユアのものと色違いだ。
「これは魔力を込めるともう一対の方に接続される魔導具。最初にあの女に声をかけられた時、ユウヤ怒っててこっちのこと見てなかったから。つけるように頼んでおいたんだ」
露店で手に入れたイヤリングにそんな機能があったとは。……手に入れたというか、半ば強制的に奪ったというか。それは良いとして。
「じゃあ、あの時ユアの声が聞こえたのは空耳じゃなかったんだな」
「ああ、俺が繋いだ時だね。ユア、声出しちゃったでしょ? ばれないかひやひやしたよ」
「何の前触れもなかったからだよ。びっくりしたんだから」
タクヤの言葉にユアは唇を尖らせて答える。ユアが尖らせてもその綺麗な顔が崩れることはないので不思議だ。
「何で黙ってたんだ。言ってくれればオレだってあんな態度取らなかったのに」
水面下で二人が動いていたなんて。タクヤにひどく当たってしまったユウヤは少なくない罪悪感を抱く。
「だってユウヤすぐ顔に出そうだし。もし知らせてたら、行動が不自然になってたと思うよ。見張られている可能性だってあったからね。そんな危ない真似はできなかった」
「そんなこと、ないと思うが……」
「いいや、あるね。ユウヤ、絶対隠し事できないタイプだよ」
タクヤはびしっとユウヤを指差した。
そうなのだろうか。今までは特に隠す相手など居なかったため、よく分からない。
「それでね。ちょっと殺されそうになったわけなんだけど」
「…………」
とても反応に困る。
何が『それでね』だ。『ちょっと殺されそうになった』とはどういう意味だ。まるで道端で転んじゃったとでも言うような軽い口調だが、一体。
何から聞けばいいのかわからず、微妙な反応をするユウヤを気にした様子はない。
「怪しいとは思ってたんだけどね。いやー、危ない危ない。どうせなら普通に声かけられたかったなぁ」
この期に及んでまだ言うか。そんな三人分の冷たい視線がタクヤに突き刺さった。
「その目やめてよ。男なら誰でもそうなんだって。ねえ、ユウヤ」
「知らねぇよ。一緒にすんな」
助太刀を期待してか、ユウヤの肩に手を置いたタクヤ。
すげなく返され居心地が悪くなったのか、手をユウヤの頭頂部に移動させて揺らす。酔いそうだからやめてほしい。
そもそもユウヤの周りに女性がほとんど居なかったのだから返答しようがない。
味方の居ないタクヤはわざとらしい咳払いで軌道修正を図る。
「そいつにいくつか質問をしたんだけど全然答えなくてさ。どうしよっかなーって考えてたら急に魔術使いやがってね。女と目が合ったんだよ。そしたら、目が光ったんだ」
「目が……おい、それって」
光る目。それを見たのはつい最近のことだ。嫌な予感がする。
「そのまさか。始めは斡旋屋としての俺が狙われたんだと思ってたんだけどね。時期的に考えて、どうやら俺たちは虹に目をつけられたみたい。ーー今度は橙だよ」
「橙……地属性か?」
「順当に行けばそうなるね。地属性は炎属性と比べて地味だけど、それは一般論だ。虹となれば話は変わる」
頷いたタクヤは顎に手を当て、置かれている状況の整理をする。
「あっち側に全員の顔が知られているってことはないと思う。俺は橙と会ったことがないし、例によって写真も無い。ということは全てを把握しているわけではないはず。俺は裏で知られてる方だから、わかりやすかったんだろうね」
一瞬の思案の後、顔を上げたタクヤと目が合った。
「ユウヤ、君は一般人で無名だ。何もしなければばれない可能性もある。ただ俺と行動していたら十中八九、君も襲撃される」
「ここで別れろってことか」
タクヤの言わんとするところを理解し、先制して封じる。
あまりに早すぎる。元はと言えばユウヤも原因ではあるのだ。それに気づきながら目を背けることはしたくない。
「怖い顔しないで。そう言うと思ってた。だからリズを呼んだんだ」
「……聞きたくないんだけど、まさか」
ぎこちなく首を動かしたリズはタクヤの思惑に気がつき、顔色を変える。
「このためだよ。襲撃の時、対応できる人間は多いに越したことないでしょ?」
「……自殺行為じゃない」
呆気にとられること、幾秒か。リズは諦めの表情でこめかみを押さえた。
「大丈夫。ユウヤかなり強いから。ユアは魔術使えるし」
タクヤ自身が頭数に入っていない。赤との戦いで魔力切れとはなったものの、怪我を負わなかったタクヤもそれなりの実力者のはずだが。
「人任せね。あんたらしい」
「仕事柄ね。それより喉乾いたなー。下で何か飲まない?」
またわかりやすく誤魔化したタクヤだが、それに助け舟を入れたのは思わぬ人物だった。
「そうだね。私もお茶したい気分だったし」
ユアはベッドから立ち上がり、三人が思い思いに伸ばしていた足を跨ぎながら扉へと近づく。
「じゃあ準備するから、二人は先に行ってて」
「分かった。行こ、ユウヤ」
当然のように同時に行くのだろうと立ち上がったが、ベッドに腰掛けたままの二人を見て動きを止めた。
しかし、固まったユウヤは背中を押され、二人を残したまま部屋を出ることとなった。
◆◇◆◇◆
「ほんと、純粋に仲良いよね。あの二人」
閉じた扉の向こうを眩しそうに見つめるタクヤに、向かい側へ移動したリズは嘆息して口を開いた。
「あんた、わざとね」
「何が? ……なんてね。さすがに分かるか。いや、多分ユアも分かってたな。あの子、かなり頭良いから」
「珍しいわね、あんたが褒めるなんて」
「そうかな? それより話があるのは俺じゃない、君だろ?」
首を捻る仕草を上書きし、不敵な笑みを浮かべたタクヤに、リズは顔を顰めた。
「お見通しってわけ。……あの子、どうなってるのよ。私でもあそこまで極端な考え、持ってないわよ」
リズの指す『あの子』はタクヤの言った人物とは違う。しかし、すぐに理解した。
「君はまともだから。……ちょっとやりすぎたかな」
「裏の人間に育てられた子を普通に生活させようっていうんだから、それくらいはしなきゃいけないでしょう」
あの価値観を実行可能にさせてしまう類稀な才能。
今、ユウヤは狭間でこちらを向いて立ってしまっている、限りなく危うい一般人だ。足場はとても不安定で、何か一押しあればあっという間に落ちてくる。
それは恐らく、普通に生きていく道を選ぶならば後まで尾を引く悩みとなるだろう。
珍しく賛同するリズも、同じことを考えていたらしい。
「それにしても、ユウヤにあそこまでの影響を与えたアレンという人物は一体何者なのか。調べてみる価値はあると思う」
「あんたが言うなんて、よっぽどね」
「『あんた』じゃなくて『タクヤ』って呼んでよ。仲間じゃん?」
リズはタクヤを一瞥して顔を逸らした。
「名前、タクヤっていうの。知らなかったわ。……どうせ偽名でしょう?」
「違う、と言っておくよ。そもそも俺、本当の名前知らないし。名前つけられる前に捨てられたのかもね」
リズは一旦固まり、何か考えたようだが口に出す気は無いらしい。
「そう。それよりもあんたから『仲間』なんて言葉が出るとは思わなかったわ。……本気じゃないでしょうね」
「……さあ、どうかな。君は本気じゃないんだろうね。君の仲間は一人だけだ。そうだろう?」
次の瞬間、タクヤは距離を詰めたリズによってベッドに倒される。
耳を掠って叩きつけられた拳は、ぎしりとベッドを軋ませた。
「黙れ」
リズの髪が顔をくすぐるように滑る。
その目には少し余計な感情が入りこんではいるが、仕事の時と同じ。
表で生きることが許されない、こちら側の人間の目。
一線を超えたものだけが操る、殺気を纏った目。
「怖いなぁ。仲良くしようよ、リズ」
「誰があんたなんかと。さっさと死ね」
ぴくりとも動かず、静かに見上げるタクヤに苛立ちを隠さないまま、リズは体の上から退いた。
寝転んだまま頬をかき、その悪態のあまりの率直さに苦笑いを見せる。
「はは、手厳しいな。でも、俺が死んだら困るのは君だよ。現時点で俺以上に有力な情報を持っている人間は居ないってこと、忘れないでね」
釘を刺すように付け加えられたタクヤの言葉に、リズは肩を揺らして反応した。
「……本当にあんたのこと嫌いよ」
振り絞るようなその声に力は無い。
「それで良いよ。力さえ貸してくれるなら。あの子たちを守ってくれるならね」
「妙に肩入れするのね。何かあるの?」
「いや、まあ。面白いから」
大きくため息を吐いたリズ。ため息ばかり吐いているな、と原因であるタクヤは他人事のように考える。
「そんなことだろうと思った。休業してまで必要なことなの? あんたが居なくなってこっちは大騒ぎよ。あの人が動かなかったら今でも収集つかなかったわ」
リズには落ち着くための時間が必要だ。殺気を僅かでも匂わせれば、ユウヤは即座に気がついてしまう。いくらリズが歴戦をかいくぐってきた猛者だとしても、今回におけるこの殺気はコントロールできないのだろう。
仕方ない、とタクヤはお詫びも兼ねて会話を続ける。
「やっぱり? ねえ、どのくらい大騒ぎ? 大混乱的な?」
「しつこい。言葉の通りよ」
ぴしゃり、と会話を切られる。リズのための会話なのだが、それに気がつけないほど取り乱していたのだろう。
「ま、当然か。斡旋業は俺だけで回ってるとこあったし。疲れてしょうがないんだ」
「現場に出ない分、疲労は少ないんじゃないの?」
本当に気になったのか、純粋に不思議そうな目を向けるリズに幼さを見たタクヤは、普段なら決して口にしないような話をする。
「これがそうでもないんだな。仕事外で狙われることも結構多いから。おちおち寝てられないんだよ」
だからベッドは久しぶり、とごろごろ転がるタクヤを視界に入れながら、リズは自分の膝を使って頬杖をついた。
「そんな感じなのね。良いものかと思っていたけど」
「情報屋の方がまだ平穏な暮らししてるよ」
その言葉を聞いたリズの顔は少し引き攣り、物理的に後ろに下がった。
「そこを引き合いに出してもまだあんたの方が危険なのは恐ろしいところね。あんたがそこの領分にまで手を出すから余計に狙われるんでしょうけど」
「いや、仕方ないんだよ。情報がないとどうしようもないからさ。本職に頼んでたら金ばっか飛んでく。……だから、じいさんが何か企んでたらしいんだけど、どうなることやら」
「あの人が?」
リズはタクヤよりその老人の方に興味を向けているらしく、首を傾けて尋ねる。
「力だけは持ってるからね。あの老人」
うわ、と声を上げたリズは不信の視線をタクヤに浴びせた。
「あの人を老人呼ばわりだなんて信じられない。あんた、大物にもほどがあるわよ」
「俺からすればただの血も涙もない、冷血老人だよ」
「血も涙もない老人はただの老人じゃないわよ。まったく、恩を感じないわけ?」
「しごかれまくっていやーな思い出しかないよ」
舌を出して心底嫌そうに話すタクヤにリズは呆れたような視線を向ける。
「あんた、誰のおかげで自由に動けると思ってるのよ。あの人がいなかったらもう殺されてもおかしくないんだから」
「いや、ちょくちょく襲撃受けてるんだけど。今回ほど大物ではないにしろさ。どうしてかな。今ならやれる、とか思ってんのかな」
様々な可能性を巡らせるタクヤだが、リズの答えは随分とあっさりしたものだった。
「誰も事情を知らないからよ。怪我でもしたと思ってるんじゃないの」
「……まあ、誰にも教えてないしね。仕方ないかなぁ」
伸びによって語尾を跳ね上げたタクヤは立ち上がり、座ったままのリズと目を合わせる。
「秘密の会話も終わりにして、そろそろ行こうか。二人が待ってる」
「何が秘密の会話よ。殺すわよ」
割と本気の目を向け、準備をするリズ。
しかし、数分前とは段違いの落ち着きを見せている。
「やめてよ。君、強いんだから。俺ほんとに死んじゃう」
けらけら笑いながら扉に手をかけたタクヤは、冗談まじりに殺伐とした会話を楽しむ。
「俺はともかく、あの二人は信じていいと思うよ。きっと信じたら信じた分、返してくれるから」
「…………」
リズに背中を向けて手を振るタクヤは無防備そのもの。やろうと思えばその行為に出ることは容易だ。しかし、手を出しては全てが水の泡。
扉が閉められた後も、リズの頭にはタクヤの言葉が繰り返される。リズは自分の髪を軽くすき、その名残が消えない拳を強く握りしめた。
「……簡単に信じられたら、こんなところに居ないわよ」
その呟きを知るのは、扉に背を預けていたタクヤだけだった。
「ほんと、面倒臭いこと言ってくれたよね。ーーエル」
辛かった回本番です。
この下書きを書いている時、あまりの辛さに気分がだだ下がりに。午後に支障をきたしました。




